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十九話

 山城の働きもあったのか、企業連合の会議の日取りは急に決まった。

 明日、電話会議などを交えて本当に早急に行われるそうだ。

 集まる場所はここより東。サイト21を西向く熱帯魚として尾の付け根あたりにある高層のビルの中で行われる。管理が行き届いている場所らしく、先日の建設途中のものと比べ物にならない、壁の外の建築物と同じくらい清潔で内装が遜色ない所らしい。

 弐部らレイダーの襲撃を警戒し、会場には各企業選りすぐりの警備が配置され、当日は幾多とミタカも護衛につくことになっている。

 もちろん護衛というのは山城とアイオスが採取し解析したデータのことだ。

 幾多は山城から上記のように説明されると、ミタカへの伝達も頼まれたため、彼女の自室に向かっているところだった。

「ミタカ、入るぞ」

 幾多はぶっきらぼうにそう言い。少し間を開けてから、入った。

 そこには比較的簡素な、言うなれば殺風景な光景が広がっていた。家具も寝具だけが置かれて、クローゼットもなく。服は脱ぎ散らかすか、綺麗なものと汚いものを分けただけで地面に散乱している。それも同じ緑色の病衣と黒いポンチョだけで、他の種類は見当たらなかった。

 明かりはLED光が煌々と輝いているものの、暗い印象を受けた。それはカーテンを閉め切り自然光が一切入ってきていないからだった。

 ミタカは何をしているかというと、自分の二の腕に注射を打っているところだった。押し付けるタイプの注射らしく、刺した後は中身の液体が自動的に空になっていく。

「そいつが抑制剤か」

 実は幾多が抑制剤を見るのはこれが初めてだった。それほど貴重な薬品なのだ。

「そうだな。ほらパッチを見てみろ」

 ミタカがそう言い左手のパッチをかざすと、しばらくして確かにイエロー色からグリーン色に変わった。どうやら今の注射で安全圏に入ったようだ。

「無知な幾多に教えると、パッチは緑、黄色、赤。赤は抑制剤が切れている状態で緑は安全。抑制剤は2週間のスパンがあるから、こうして接種すれば<毒の意思>に侵されずに済むんだな」

「説明どうも。ところで山城から言われたんだが―――」

 軽口をたたきあいついでに、幾多は山城からの伝言をミタカに伝える。

 ミタカはふーん、とそれを聞き流していた。

「聞きたいことがある。ミタカ」

「ムントを逃がそうとしたことの件なら、話さない」

「… …」

「冗談だ。半分な」

 幾多はどうしても聞く必要がある。あの時、ビルの屋上で、ムントを逃がそうとしたのは本気なのか。<毒の意思>によらないミタカ自身の意思なのか。

 別に責を問おうというのではない。ただ純粋に理由を聞きたいのだ。

「本気でムントを逃がそうとしたのか」

「… …冗談だ。半分な」

「あまりふざけた返し方するなよ」

 曖昧な返事を返され、回答をはぐらかされた。

 それでも、分かっている事実はある。

「散歩に行くとき、お前はあそこをお気に入りの場所といった。壁の外が見えるあの場所をだ。ミタカ、お前はムントと同じで外への憧れがあったんじゃないか」

 <毒の意思>にはない、本来生物に備わっている遠方への憧憬。旅をしたい、見たことないものを見に行きたい。流れる雲に乗って気ままに飛んでいきたい。あの町の向こう側に何があるかを見てみたい。

 山を越え、丘を越え、森を越え、向こう側の景色を知りたいと思う気持ちだ。

「私がサイト21出身の媒介者じゃないことは、何となく察しがついているだろ。それだけじゃない。こう見えてもここに来るまでは結構旅をしてきたんだな」

「それは阿原陽一が関係しているのか」

「あれ、察しがいいね。阿原とはあまり仲良くしなかったけど、色々連れててもらえた。イギリスのサイト0ではかつてのシンボルであるビックベンを見たし、アフリカでは未開のジャングルで名前も知らない動植物を見てきた。旅ならきっと、幾多よりもしてきた」

「あいにく俺はこの国から出たことなくてな。少し羨ましいくらいだ」

 ミタカは自慢げに幾多に向けて微笑した。しかしその笑顔はすぐに曇りだした。

「私は理屈や道徳だけで生きてるつもりはない。それを前提にしても、ムントの境遇は自分のことのように思えた。私は自分の意思で人を浸して殺してきた。なのに、私は仮初の自由を得られてムントは得られない。不公平に思えたんだ」

「殺しは、命令があったからだろ」

「そう。でもそれはごまかし、理性はあっても本音は殺人欲求にまみれている。矛盾しているんだな。その言い訳は」

 ミタカは言う。私は幾多が思うほど清純じゃない。薄々分かっているだろうけど、理性ある殺人者なんて無理がある。やっぱり私は化け物だ、と。

 私にもムントと同じように罪がある。だから罪があるなら永遠に解放されないというムントの状況に納得できない。化け物仲間として完全に見捨てることはできないのだ。

「見捨てるくらいなら、侵して浸して殺してしまった方がまだ楽だ」

「殺し殺された関係ならまだ責任負えるって? それこそ勝手だな。俺だってムントを見捨てたままにするつもりはねえよ。俺はムントに理解してくれと頼まれた。それが―――大切なことだ。それに俺はムントをまだ完全に赦したわけじゃない。ちゃんと謝意を証明してもらわなきゃならないしな」

「変に律儀な奴だな」

 ミタカはまた笑った。

「とどのつまり、俺はすぐに答えを出せないわけだ。だが、そいつは考えるのを止めることじゃない。少しでもお前らを理解するために努力はする。だから」

「もう少し時間をくれってか」

 幾多は無言でうなづいた。

「私だって今ムントを自由にできるとは思ってない。時間が解決してくれるかもしれないし、事態が好転することだってあり得る。長い目で見るよ」

「そうしてくれ。時間だけが誰にでも与えられた自由って奴だしな」

 珍しく幾多も釣られて笑い。ミタカも笑い返した。

 その時間だけでも永遠だと、思えるくらい。面白可笑しく、笑いあった。


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