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十八話

 ゴミがまばらに散らばって、落ち葉を踏むような乾いた音がする

 雲間は今は覗かず、このさびれたコンクリートジャングルは沈鬱とした表情をして元気がない。

 そんな街の中を歩くのは3つの影。彼らは足並みも揃えず、同じ道筋を進んでいた。

 その中で、汚れた足場をものともせずに先導しているのはムントだった。

「ふっふー、ふっー、ふっふっふー」

 鼻歌を奏で、子供みたいに大きく手を振って、ムントの気分は上々のようだ。それもそうだ。ここに来たのはムントのたっての希望だ。不貞腐れるなら来る必要もなかっただろう。

「まるで犬の散歩じゃねえか」

「それはきっと、狼の間違いだな」

 その後ろからついてくるのは幾多とミタカだ。

 ミタカはこんな時にも構わずのんびりとしている。その一方、幾多は軽口と違って緊張を張り詰め両目はムントに、手は拳銃にいつでも触れるように構えている。

 それもそうだ。今回は遊びに来たのではない。ムントを大人しくさせるために彼女の要求をのみ、気晴らしをさせてやっているのだ。いわゆる、護衛という名の監視だ。

 そうなった以上、幾多は特先として任務を全うする気だ。

「何にせよ。注意しなきゃならねえな」

 幾多がそう言うのも束の間、ムントが急に引き返して幾多の前で止まった。

「な、なんだ」

 幾多は焦るが、そんな態度も気にせずムントはあっさりと答えた。

「むーはひとりじゃつまらないぞ。ともだち、つくっていいか」

「ダメに決まってるだろうが!」

「だったら、むーのきをひけるぐらい。かまってくれたって、いいんだぞ。いくたのおにいさん」

 ムントがそう言うと、本当に犬みたいに尻尾はないけれども幾多の目の前で、反復横跳びで飛び跳ねまわり、構ってアピールを身体で示した。

「とーもだち。とーもだち。とーもだち」

「うるせえってんだよ! またぶん殴るぞ」

「わははは、おにさんがおこった」

 完全にからかわれている。幾多は、ムントのペースに乗せられるなと自分に言い聞かす。ここで安易に乗せられては、もしもの時にミスをするからだ。

 そのもしもとは、ムントの狙いだ。本当にただの気晴らしならば問題はないものの、これを機に逃走を図るのではないかと危惧しているからだ。

 今のところ、その様子はない。それでもいつ突然動き出すか分からない以上、警戒は怠れない。

 ところで散歩と言えども、闇雲に歩いているわけではない。ムントが先頭を行くけれども、道案内をしているのはミタカの方だ。

 ミタカが言うには、ただあてどもなく歩くのはつまらないという配慮らしい。

 それは半分嘘で、実際はミタカのなじみのある場所へ行くことで万が一ムントに逃げられても容易に追跡を行えるという利点があるからだった。

 そのたくらみを知らないのか、ムントはムントでその申し出に快諾してくれた。

 しばらく歩いていると、目的地が見えてきた。

 そこは近くのビルよりもいっそう高い高層ビルの建築現場だ。残されてエンジンが腐ってしまった重機は堆積した埃が示すように長年工事を中止されたままであることを物語っている。

 ミタカは入るのに躊躇することもなく、慣れた足取りで建築現場に入り込む。そこからまだ生きている発電機を見つけると始動させた。

 重低音の駆動音を背景に、壁が金網で作られた簡素な作業用エレベーターの扉が開いた。

「早く乗り込め、ふたりとも」

 ミタカに勧められるままに乗ると困ったことに気づいた。エレベーターの中は案外狭いのだ。本来は2人で乗るのがちょうどいいくらいのもので、重量オーバーではないものの、定員オーバーな状態なのだ。

 3人は緊張した関係とは裏腹に仲良くおしくらまんじゅうをしてしまっている。

「おい、近すぎるぞ。ムント、間違って歯が当たったら冗談で済まねえぞ」

「そういいながら、むーにおさわりするつもりだな。おとしごろめ」

「何故!?」

 そんな2人のやり取りを、ミタカはにたにたと笑って見ていた。

「気をつけろ。幾多は突然意味不明な口説き文句で乙女にお触りするような変態だからな」

「言い方! 俺は単にミタカを、褒めてやっていたつもりだぜ。冤罪にもほどがある」

「ちかんは、いつもそうやっていいわけをする。おとこらしくないぞ」

 危険と背中合わせしながら、幾多は自分に襲い来る誹謗中傷に果敢に挑み苦しめられる。

 ここには味方がいないのか、万事休す。と、ふざけあっているうちにエレベーターは最上階にたどり着いた。

「もう少し歩くぞ」

 最上階はコンクリートむき出しの壁と天井が並び、階段を上がっていくと窓がついていないのでふきっさらしの風が防護服の上から肌を撫でる。

 数階上がるうちに壁も天井もない、本当の意味で最上に位置する場所へ到着した。そこは完全にビルの外とを隔てる遮蔽物はなく、手すりはないので非常に危険ともいえた。

 ただ、それ以上に眺めは格別だった。

「あれが、そとのせかい」

 ムントから感嘆の声が上がる。それもそのはず、ビルからは汚染地区を完全に一望できるだけではなく、汚染地区と外とを隔てる壁を上から見ることができた。

 遠目であるけれども外の世界の細々とした街並みが眼下に広がっている。

「きがみえるぞ、かべがないまちがある。そして、ひろいぞー」

 ムントは初めて壁の外側を見たのか興奮している。おそらく閉じ込められて育った環境が長かったせいで、外へのあこがれも強いのか。感動もひとしおのようだ。

「あそこに行ってみたいのか、ムント」

 ミタカが意外なことを聞いた。

「それは、できることなら、したい。でも… …」

「なら、私が連れてってやろうか」

 ミタカがそんな突拍子のないことを言い出したので、もちろん幾多は慌てた。

「おいおい、ミタカ。ありえねえこと言い出すんじゃねえよ。監視役の意味がねえじゃねえか」

「私がいるのはムントを逃がさないため、ってのは分かっている。でも、ムントはおそらくこの先、文字通り日の当たるところで暮らせない。私は違うけど、ムントの場合は殺したくて殺したんじゃない。アーヴィタ因子に操られた被害者だ。一方的に責任だけ押し付けて保護も情状酌量もないのは人間でいうところの民主主義に反するんじゃないか」

「たとえ本位じゃなくとも、ムントがやったのは殺人だ。それを無罪放免で逃がせと、本気で言うのか。逃げたところで抑制剤もない、手助けする奴もいない。助かるとでも思っているのか」

「壁の外だって邪魔さえなければ抑制剤を受け取れる。幾多も汚染地区を作った頭の固い上役みたいに壁の内側でなければ媒介者を管理できないなんて本当に思っているのか。権利を放棄させて、責任を放任して、それが人間らしさなのか」

「うるせえぞ」

 幾多は銃に手をかける。ミタカは殺人的に間の悪いジョークを何度か言ったことはあるけれども、ここまで真に迫るものは今までになかった。

 これがミタカ個人の本音なのか。媒介者ではなく、個人の意思で反抗する気なのか。

 そうなれば媒介者2体に特先ひとり、勝てるわけがない。

「かってにはなしをすすめるな。みたか」

 ミタカと幾多の緊張状態を解いたのは、話の話題の中心となっていたムントだった。

「いくたのいうとおり、わたしはつみをおかした。つみは、つぐわれないといけない。だからそのまえに、このこうけいをおもいでにできるよう、めにやきつけさせてほしい」

 ムントはそう、けなげなことを言うのであった。

 贅沢は言わない。できうる限りのこと、やれることを精一杯受け取ろうとする、真摯な願い。ミタカも幾多も、ムントの意思を尊重せざるを得なかった。

「まるで、俺が悪役みたいじゃねえか」

 それでもひとり不貞腐れているのは幾多だった。

 高層ビル独特の風が吹き、ムントの短い髪を寂しそうに撫でる。

 口が1つしかない白い相貌は今生の別れを思うかのように目を細め、雄大な外の世界を堪能した。

 この光景がおそらく、暗い監獄に入るムントにとって最後の希望になるのだろう。


 山城の施設に戻ると、ムントはおとなしく特別収容治療室へ戻った。

 ミタカも自室に引きこもり、今は静かにしている。先ほど歯向かってきたのが嘘のようだ。

 幾多はクリーンルームを抜け、アポックを脱ぎ、山城に報告を終えると、また暇を出された。

 どうにも先のコミューン襲撃におけるアイオスの解析結果でできた資料の山を分析するのに忙しく、幾多に指示を出している暇もないようだ。

 幾多は所長室とは別室の休憩室でコーヒーをいただき、これまであった色々を頭の中で反芻させていた。

「どーした、未来の大統領。疲れているのか?」

 のんきというか、元気というか、見知った声が幾多を呼んだ。

 いつの間に来ていたのだろうか。それはちとせだった。

「ムントの捕獲、大手柄じゃないの。やっぱ私の見立ては間違いなかったようだねえ」

「その節はどうも。ちとせの助けがなければ何もできなかった。感謝してます」

「やーねー、畏まらないで。堂々としてないさいよ」

 前に会った時と同じけばけばしい毛皮の服装、パープルな頭髪をボブカットに刈り上げて、かかとの高いブーツでステップを踏み、ちとせは意気揚々としている。

 幾多のことをまるで自分のことのように、楽しんでいるようだった。

 ちとせは幾多に顔を近づけると、その表情をまじまじと見た。

「なになに。悩み事かね。それなら、このちとせ長年の経験を生かしてアドバイスをしてあげようじゃないの」

「… …いいのか。あまり楽しい話じゃないぞ」

「もーんだーいナシ!」

 幾多はこれまでムントであったこと、ミタカにあったことを話すことにした。

 まずは<毒の意思>のこと、抑制剤のこと、そして抑制剤では個人の意思までは抑圧できないこと、媒介者の権利と自由のこと、など様々な悩みとも問題ともつかない話を吐き出した。

 そのすべてを、ちとせは年齢よりも大人びて黙って話を聞き、幾多が言葉を吐き出したのを待って口にした。

「楽になった?」

「―――少しは」

 まるで子供をあやすお姉さんと悩み多き少年みたいな構図だった。

「ちとせは、どう思う」

 聞かれた疑問は、ちとせを考えさせるには十分な議題だった。それをちとせは、自分の短くも苛烈な経験からひも解いてくれた。

「私の場合、媒介者を雇ってないから詳しくはないけど、元々企業私設の対テロ部門を率いていたの。ほんの数年前だけど、そのころの部下は今でも働いてくれているし、優秀よ」

 ともかく、そこでは壁の外側で活動するテロリストがほとんどの相手だったけどね。とちとせは言葉をつづけた。

「媒介者と出会うこともあったのよ。汚染地区から逃げ出したり、逃げ出そうとしていたり。その媒介者は例外なく、抑制剤が効いているはずの状態だった。それなのに個人の意思で企業の監視から抜け出そうとしていたの」

 ちとせは憎々しげに顔をゆがめた。

「でも抑制剤が切れればまた暴れだす。そうでなくても危険な存在に変わりない。実際、抑制剤が効いている中、私の部下に襲い掛かってくれたわ。私が悟ったのは、媒介者は世界に害悪を及ぼすとわかっているくせに自分の心情を通そうとする。それこそ個人の意思で動こうと<毒の意思>で動こうと、世界の敵であることに変わりはないの」

 だから、抑制剤だけでは隔離は不十分。媒介者は様々な方法で抑圧されるべき。と、いうのがちとせの経験上の結論だった。

「ただ、私の場合。恨みとかがついて回っちゃうんだけどねー」

 最後に、ちとせは気になることをそう嘯いた。

 幾多は何が、と聞こうかと思った。しかし、そこまで内情を話し合う間柄でもない。なので遠慮しておくことにした。

 ちとせの話を聞いて、幾多は考える。本当にそうなのか、と。

 山城は本質的に媒介者は世界の敵だと言い。ちとせは抑制されるべきだと言った。

 ではなぜ、俺は媒介者と会話をし意思疎通をし、果ては共に任務に就いている。それは単なる損得勘定だけで割り切れない。共有できるもの、共通するものがあるからではないか。

 国と国とが争いあっていてもあらゆる外交を閉ざさないのと同じで、協調を模索することができる関係ではないのか。

 本当の意味で敵とは、和解も可能な存在ではないのか。戦争が永遠に終わらないなどあり得ぬように、紛争もいつか終わる。

 例えまた同じ争いが起きるのだとしてもだ。

「それでも、俺は媒介者を信じてみたい。好奇心にも近いけど、少しは許されると思うんだ」

 そう返した幾多を、ちとせは否定も肯定もしなかった。

「そう。けど忠告、あまり過度に期待しすぎると自分を傷つけかねないよ」

 ただ、幾多の身を案じたのだった。


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