9話 四天王がやってきました
「……」
「聞こえません。もう一度」
「……ゼ……」
「だから、聞こえまえんってば。はい、もう一度」
「り……リー……ゼ……」
「惜しい、もうちょっとですね。ではでは、もう一度」
「……リーゼ」
「まあ、この辺で勘弁してあげますね。寛大な心を持つ私に感謝してくださいね」
「ぐぅっっっ」
サタンがにが虫を噛み潰したような顔をしました。
手はぷるぷると震えています。
そんなに、私のことを名前で呼ぶのがイヤなんでしょうか?
でも、ダメでしょう。
勝負に勝ったのは私ですからね。
これからは『お前』とか『おい』ではなくて、ちゃんと『リーゼ』と呼んでもらいます。
本当なら、1000歳を越えたおじさんなんかに名前で呼ばれたくありませんが……
これも、サタンと仲良くなるためですからね。
全ては、人間界と魔界の和平のため。
そのために、私は、1000歳を超えるおじさんに、あえて名前で呼ばれましょう。
「1000歳1000歳うるせぇんだよっ!!!」
「あらまあ」
「くそっ、ホントに殴りたい! 誰かコイツを殴らせてくれ!」
「『コイツ』ではなくて、『リーゼ』ですよ? さっき言ったことなのに、もう忘れたんですか? 鳥あたまですか? ぽっぽー」
「くうううっ」
サタンは顔を赤くして、次いで青くして……
「……仕事があるから帰る。いいか、おとなしくしてろよ?」
最終的に、牢屋を後にしました。
たぶん、私と関わらない方が得策、とか考えたんでしょうね。
なんで、そこまで嫌われているんでしょうか?
謎です。
心底、サタンに嫌われている理由がわかりません。
「アレでしょうか? ツンデレというやつでしょうか?」
実は私のことが好きだけど、素直になれないとか?
だとしたら、かわいいものですね。
いえ。
1000歳のおじさんがツンデレとか、それはそれで微妙かもしれませんね。
訂正。
やっぱりかわいくないです。
「たのもーっ!」
見知らぬ女の子がやってきました。
……いえ、見知らぬわけではなくて、見覚えがありますね?
そう、つい最近、見かけた覚えが……
「……ああ、そうだ。確か、四天王のシルフさん?」
「おっ、あたしのことを知ってるんですか? 光栄ですねー」
見た目は、大人の一歩手前……18歳くらいでしょうか?
足元まで届きそうなとても長い髪が特徴的ですね。
すごく長いのに、手入れはバッチリ行き届いているみたいで、とてもサラサラしています。
服は、たくさんのフリルがついていて、かわいらしいです。
とても少女趣味な感じですが、不思議と本人の雰囲気と合っていて、よく似合っています。
綺麗なのにかわいい。
そんな矛盾した魅力を持つ女の子でした。
「勝負の時、司会をやっていたじゃないですか。すごく目立っていましたよ」
「ああいうの好きなんですよねー。魔界って、娯楽が少ないじゃないですか? だから、ついつい騒いじゃうというか、血がたぎるというか……わかりません?」
「わかります。私も、さらわれた当初は娯楽がなくて、退屈で死にそうでしたからね。今は、手頃なところで娯楽を見つけたからいいものの、もしも、なにもないままだったら……ぞっとしますね」
「おっ、さすが姫さま! 同士を発見してうれしいですよ」
「ところで、今日はどうしたんですか?」
「実は、姫さまと手合わせがしたくて」
「手合わせ?」
「この前のイフリート戦の時、あたし、姫さまが戦うところを観てたんですよ。あのイフリートがまるで子供扱い……姫さま、すっごい強いですよね?」
「まあ、それなりには」
「あたし、強い人と戦うことが好きなんですよねー。鍛える、って意味もあるんですけど、ただ単純に楽しいっていうか……とにかく、あの日から、ずっと姫さまと戦いたいと思っていたんですよ! どうですか? 私と一戦、交えませんか!?」
サタンといいシルフさんといい……
魔界って、脳筋の人が多いんでしょうか?
私は別に、バトルマニアというわけではないのですが……
「ひょっとして、乗り気じゃないんですか?」
「ええ、まあ」
「あれぇ? おかしいですねー、戦うのがイヤなんておかしなことを言うなんて、思ってもなかったですよ」
喜んで戦う方がおかしいですからね?
私はここで、おもしろおかしく過ごせればそれでいいんですよ。
あ、もちろん、人間界と魔界の和平も目的の一つですよ?
「どっちが魔界で一番強い女の子か決めましょうっ!」
「そういうの、めんどくさいです。間に合っていますから。本日の営業は終了しました。ぴー、がしゃん」
「そんなこと言わないで勝負しましょうよー。あ、もしかして、姫さま怖いんですか? あたしに負けるのが怖いんですか?」
「はいはい、怖いですよー」
「うっわ、すごいやる気なさそう。むぅ、お願いしても挑発してもダメですか。困りましたね」
私の方が困っていますよ。
私、お姫さまですからね?
武闘派じゃありませんからね?
「姫さまが『うん』って言わないと、あたし、暴れちゃいますよー? 毎晩、遅くまでうるさくして、早朝から騒がしくしちゃいますよ?」
これは……断りきれないパターンですね。
子供みたいに駄々をこねる相手は苦手なんですよね、私。
「はぁ……仕方ないですね。一度だけですよ?」
「はいっ、それで構いませんよ! あっ、でも牢屋の鍵はどうしましょう?」
「こうすれば問題ありませんよ」
素手で牢屋の鍵を壊しました。
またサタンから文句を言われるでしょうが……シルフさんが悪いということにしておきましょう。
それから、私達は中庭に移動しました。
今回は事前に告知なんてしていないので、見物人は誰もいません。
「じゃあ、まずはあたしからいきますよーっ!」
シルフさんは、その場でステップを踏みました。
すると、二人、三人、四人と、シルフさんが次々と増えていきます。
「これぞ、あたしが編み出した必殺技、『分身殺法』ですよー!」
いきなり必殺技ですか!?
そういうのは、ゲージを貯めないと発動できないのでは?
色々とバグってませんかね、この世界。
「とうっ!」
数えきれないほどに分身をしたシルフさんがつっこんできました。
「「「エアカッター! 乱舞の舞!」」」
前後左右、さらに空からも風の刃が飛んできました。
私は魔法を習得していないので、防ぐ術はありません。
レベル1億のステータスなら、かすり傷くらいで済むかもしれませんが、衣服はそうはいきません。
この服、お気に入りなんですよね。
服が傷つかないように、大きくジャンプして魔法を避けました。
「な、なんと!? 今のを避けますか!? しかも、魔法を使わずに、わずかな気流の変化から安全なルートを導き出すなんて……さすが姫さま。イフリートを倒しただけはありますね」
適当に避けただけなんですが、どうも、誇大解釈されているみたいです。
「じゃあ、これならどうですか!? トリプル・テンペスト!!!」
シルフさんの分身体が集まり、一斉に魔法を解き放ちました。
巨大な竜巻が三つ。
ゴォオオオッ、とうねりをあげながら私に迫ります。
って……
「こんな魔法をこんなところで放ってどうするんですか!? これ、城が壊れますよ!?」
「……あっ」
「魔王軍は、頭の足りない人が多いんでしょうか……?」
「足りない言わないでくださいーっ! 傷つくじゃないですか!?」
「事実ですよね? 本当のことですよね? 反論できませんよね? 頭の足りないシルフさん?」
「私は頭が足りないなんてことありませんっ、ちょっと人より回転が遅いだけです!」
「それを足りないというのでは?」
「マジですか!?」
「明るく元気な人かと思いきや、実は残念な人だったんですね」
ユニちゃんみたいに、魔族は必ず裏の顔があるんでしょうか?
「残念言わないでくれます!?」
「すいません、つい、癖で」
「どんな癖なんですか!?」
それはともかく。
シルフさんをいじっている場合じゃありませんね。
この魔法をなんとかしないと。
サタンはどうなろうと構いませんが、今は、ユニちゃんも城内にいるはず。
「えっと……よしっ」
荒れ狂う三つの竜巻は一つに合体して、巨大な竜巻に成長しました。
私はその前に立ち、拳を構えます。
魔法を使うことはできませんが、ステータスは誰よりも高いはずです。
その力なら……
「いきます!」
巨大竜巻に向かい、私は全力で拳を打ち抜きました。
ゴォオオオオオッ!!!
拳を放つ勢いで、衝撃波が生まれました。
バチバチバチィッ!!!
巨大竜巻と衝撃波が真正面から激突しました。
力が拮抗したのは一瞬。
私の拳圧が勝り、衝撃波が竜巻をバラバラに砕きました。
荒れ狂う嵐は天に帰り、後には静寂が残ります。
地面がえぐれて、色々なものがひっくり返っていますが、城は無事です。
「ふぅ、なんとかなりましたね。シルフさん。こういう魔法は……あら?」
今の衝撃に巻き込まれたらしく、シルフさんはひっくり返って気絶していました。
「……こんなことを言うのもアレですが、シルフさんが四天王で、魔界の未来は大丈夫なんでしょうか? これ、私達人間が何かしなくても、魔族は勝手に自滅しそうな気がしますね」