5話 人質なんだけど敬われています
魔王軍の最上階一つ下にある牢屋……
「おーい、姫さん」
「あらあら、アークデーモンさんじゃないですか」
「これ、今日の飯な」
「いつもありがとうございます」
「今日は焼き魚がメインだ。あとは根菜の煮物と野菜のサラダ。ちょっとした変わり種で、茶碗蒸しも用意したぜ」
「茶碗蒸しですか? 魔界で作るのは大変じゃないんですか?」
「卵がなかなか手に入らないからなあ……ニワトリじゃなくて、ワイバーンの卵で妥協したんだが……でも、味はいけるぜ。ちゃんと味見したからな。あ、これは姫さんだけの特別メニューだから、他のヤツには秘密にしといてくれ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「なーに。この魔王城の危機を救ってくれた恩人に対して、なにかできるとあれば俺もうれしいものさ」
「いえいえ、私なんて大したことはしていませんよ」
「はー、あれだけのことをしておいて謙遜できるなんて、大したもんだな。王女さまだから、なのか?」
「さあ、どうなんでしょう? ですが、アークデーモンさんも活躍していたじゃないですか。ずいぶんと強力な魔法を使えるみたいですね」
「ははっ、姫さんにそう言ってもらえるとうれしいな。今度、教えてやろうか?」
「あらまあ。それはぜひとも……」
「って、何を和んでいるだてめぇらはぁあああああっ!!!!!?」
サタンが乱入してきました。
せっかく、楽しく談笑していたというのに……
この人は空気が読めないんでしょうか?
だから、ぼっちなんでしょうね。
ぼっち魔王……
うわ、想像すると、思った以上に寂しい光景が思い浮かびました。
玉座に座りながら、誰にも気づかれることなく孤独死……
大変です、哀れすぎて泣いてしまいそうです。
「だから口に出てるんだよぉっ!!!? それと、勝手に人をかわいそうな子に認定するんじゃねぇ!!!」
「あらまあ」
「くそっ。お前もお前だ! 人質相手に和やかに話をしてどうする!?」
「はっ……す、すみません」
「私から話をしたんですよ。アークデーモンさんに罪はありません。手を上げるのならば、私にしてください!」
「ほう……こいつの代わりに、お前が罰を受けるとでも?」
「ひどいことしたら、しっかりと反撃しますけどね。全力で♪」
「笑顔でおそろしいことを言うな!」
「あらまあ」
「くっ……殴りたい、めっちゃ殴りたいコイツ……」
サタンが現れて気まずくなったらしく、アークデーモンさんがそそくさと立ち去ります。
ただ、その際、私にぺこりと頭を下げてくれました。
お返しに手をふりふり。
「だから、なんで和んでるんだよっ!?」
「なにかいけないんですか?」
「悪いってことはないが、なんかこう、違うだろ!? お前は、人間界から魔界にさらわれてきた姫なんだぞ!? それなのに、俺たち魔族と仲良くしてどうする!? 色々とおかしいだろ!」
「仲良くしているのは、アークデーモンさんだけじゃありませんよ? ダークエンジェルさんにディープストライカーさん。モスキングさんとバッファローホーンさんとデスメイルさん。あ、それからこの前、ロードリザードさんと友達になりました」
「多すぎだろ!? コミュ力高すぎかっ」
イフリートを倒してからというものの、みなさん、私に優しくしてくれるんですよね。
なんていうか、こう……敬うような感じで接してくれています。
後から聞いた話ですが、魔王軍、けっこう危なかったみたいですね。
私がその危機を救ったから、みなさん、敬ってくれるようになったみたいです。
義理堅い人たちですね。
よきかなよきかな。
「様子を見に来てみれば、こんなことになってるし……いったいどうなってるんだ、俺の軍は」
「あなたがだらしないのがいけないんでしょう」
「うぐっ」
「四天王の一人ぐらい、ちゃちゃっと倒してもらわないと困りますね。他国の、しかもさらってきた王女を頼りにしてどうするんですか? はぁ、やれやれ。情けない情けない」
「てめぇが勝手にでしゃばってきたんだろうが!!!」
「あらあら。そんなことを言っていいんですか? イフリートに押されていたように見えましたが」
「そ、それは……」
「そんなことだから、反逆なんてされるんですよ。ダメな魔王ですね。ほんと、ダメダメです。私が王国に戻った時は、あなたの情けない伝説を語り継いであげますね」
「地味ないやがらせやめろっ。っていうか、傷口に塩を塗り込むような真似をして楽しいか!?」
「ものすごく」
「ちくしょおおおおおっ!!!!!」
最高の笑顔で応えると、サタンは泣きながらどこかへ走り去ってしまいました。
いけません。
少しからかいすぎました。
四天王の反逆のこと。
サタンの力が衰えていること。
このまま人質として滞在する以上、色々と話しておきたいことがあったのですが……
「まあ、また今度でいいですか」
今は、ゆっくりと食事を楽しみましょう。
「お姉さまー!」
「あら、ユニちゃん」
おいしい食事を堪能していると、ユニちゃんがとてとてと駆けてきました。
「あっ、ごはんの最中だった……ごめんなさい、ユニ、邪魔しちゃった……お姉さまが、まだとろとろとご飯を食べているなんて、思ってなくて……」
「いえ、そんなことありませんよ」
牢屋の隙間から手を伸ばして、ユニちゃんの頭をなでます。
たちまち、笑顔が戻りました。
うん。
この子は笑顔が一番似合っていますね。
イフリートの戦いの後……
やたらとユニちゃんになつかれてしまい、しまいには、『お姉さま』と呼ばれるようになりました。
困ってなんていませんよ?
むしろ、大好物です!
こんなに小さくてかわいい子に好かれるなんて、お姉さま冥利に尽きますからねー。
無自覚で言葉の刃を撒き散らす、毒舌少女ですが……
それはそれで面白いですからね!
アリです♪
「ところで、どうしたんですか?」
「お姉さまのために、ベッドを持ってきたの!」
ユニちゃんは、一度姿を消して、大きなベッドを担いで戻ってきました。
小さくてかわいいけれど、竜人族だから、とても力持ちなんですよね。
「寝心地がよくない、みたいな話をしていたから……だから、みんなにお願いしてベッドを作ってもらって、持ってきたんだよ。人間はベッドがないと眠れないくらいわがままなんだよね?」
「あらまあ」
天蓋つきの豪華なベッドでした。
マットレスはふかふかで、寝心地が良さそうです。
牢屋のベッドはボロボロなので、とてもありがたいです。
「さっそく交換するねー……って……あぅ、入らない……」
ベッドが大きすぎて、牢屋の入り口でつかえてしまいました。
「ど、どうしよう……? 魔王城、狭すぎだよぉ……ベッド一つも搬入できないなんて、この城を設計した人の頭を疑うよ」
「たぶん、設計したのは魔王ですよ」
「わわわ、魔王さま、頭がダメダメだったんだ。残念な魔王さま……でもでも、かわいそうだから、ユニは離反とかしないよ」
「それはともかく。そういう時は、こうすればいいんですよ」
私は牢屋の鉄格子を掴み、
ぐにゅ。
と、おもいきり曲げました。
他の鉄格子もどんどん曲げて、ベッドを搬入できる穴を開けます。
「わぁー、お姉さま、力持ち♪ とてもひ弱な人間とは思えないの」
「ふふっ、そうなんですよー。お姉さまは力持ちなんですよー」
ユニちゃんがキラキラと目を輝かせます。
いいですね、この感覚。
小さい子に憧れられるというのは、心地いいです。
なんだか、勇者さまになったような気分。
「でもでも、いいのかな……? 牢屋、こんなことになっちゃって……後で、魔王さまに怒られるかも……魔王さま、こういうことは口うるさいの。歳かな?」
「私がしたことなので、ユニちゃんが気にすることないですよ。もしも、何か言われるようだったら、私に言ってください。きっちりとシメておきますから」
「しめる……?」
「ユニちゃんはわからなくてもいいんですよー」
「? よくわからないけど……うん、お姉さまがそう言うのなら!」
ユニちゃんは笑顔でベッドを搬入します。
通りかかったスケルトンさんも、笑顔で手伝ってくれました。
「ユニちゃん。せっかくだから、一緒にお昼寝しませんか?」
「ふぇ? い、いいのかな……?」
「いいんですよ。それとも、ユニちゃんはいやですか?」
「ううんっ、お姉さまと一緒にお昼寝したい! 昼間から惰眠を貪り、ゴロゴロと堕落したいの!」
「なら、決まりですね」
運び込まれたばかりのベッドで、ユニちゃんと一緒にお昼寝。
素敵な時間ですね♪
……この後、再び様子を見に来たサタンが、めちゃくちゃになった牢屋を見てあれこれと言ってきますが、それはまた別の話です。
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