6話 名前で呼んでください
「そろそろ帰る気になったか?」
「あら、この紅茶おいしいですね。産地はどこなんですか?」
「魔界の北部のガルン産だよ。お姉さまのために、がんばってとってきたの。他のお茶はとてもまずいから、わざわざ北部まで行ってきたの」
「ありがとう、ユニちゃん。なら、大切に味わいますね」
「えへへ~♪ クッキーも焼いたんだよ。よかったらどうぞ」
「あらまあ。これは素敵ですね。ありがとう」
「話を聞けやぁああああああああああぁぁぁっ!!!!!」
「ぴゃあっ!?」
サタンが絶叫して、ユニちゃんが驚いて、その場で飛び跳ねました。
まったく、騒がしいですね。
おやつの時間は静かにしろと、両親から教わらなかったんでしょうか?
サタンには品性が足りませんね。
品性欠乏症です。
お薬を処方した方がいいでしょうか?
でも、サタンのことだから、薬が苦いとか文句を言いそうですね。
めんどくさい人ですね。
「めんどくさいのはお前だぁあああああっ!!!」
「どうして、私の考えていることを?」
「普通に口にしてたからな!? お前がいつもしてることだろ!? 天丼はもういいんだよっ」
「これは天丼ではなくて、定番ネタですよ? なので、これからもどんどん実行していきますね。やりましたね、うれしいでしょう?」
「ケンカ売ってんのか、お前……?」
「特売中です♪」
「よーし、買った。そのケンカ、買ったぞ? ボコボコにしてやるからな」
「女の子相手に本気になるなんて、器の小さい男……だからダメなんですよ。ダメダメ魔王の称号をさしあげますね」
「お・ま・え・はぁああああああああああっ!!!!!」
ガリガリとサタンが頭をかきむしり、叫びます。
この人、出会った時から叫んでばかりですね。
喉を痛めたりしないんでしょうか?
自分を誘拐した相手ですが、ついつい心配になってしまいます。
「えっと、えっと……お姉さま?」
「そこの変な人は気にしないでいいですよ。それよりも、紅茶とクッキー、ありがとう。おいしくいただきますね」
「あ、はい♪」
にっこりと笑うユニちゃん。
サタンと違い、かわいらしさ100%です。
「じゃあ、ユニは訓練をしてくるね。お姉さまを守るために、ユニ、強くなるのっ。お姉さまはひ弱な人間だから、ユニが守ってあげないといけないの。仕方ないの」
「あらまあ。頼りにしていますね」
「うんっ!」
牢屋を後にするユニちゃんを笑顔で見送ります。
それから、サタンに向き直ります。
「サタンも、もう戻っていいですよ」
「あ、そうか? 悪いな」
くるりと踵を返して、
「って、なんで俺が帰ることになってやがるっ!!!」
ぐぐっと詰め寄ってきて、再び絶叫。
「うーん、なかなかやりますね。今のタイミング、今のツッコミの仕方……さてはあなた、名のある芸人ですね?」
「お前というヤツは……!!!」
「あっ、それ」
「なに?」
「それ、どうにかなりませんか? 『お前』じゃなくて、私には『リーゼ』という名前があるのですが」
「んなこと知るか。いちいち人間なんぞの名前を呼んでられるわけないだろ」
「そういうの、よくありませんよ? まずは、相手の名前をきちんと覚えて、きちんと口にすること。それが、お互いを知る第一歩になるのですから」
「お前を知るつもりなんてない」
「共に和平を誓った仲じゃないですか」
「いつの間にそうなった!? お前っ、記憶の捏造も激しいな!」
「そんなに褒めないでください」
「褒めてねぇよっ!!!」
「そんなわけで、名前で呼んでくれませんか?」
「断る」
私のお願いを断るなんて……
もしかして、この魔王、ツンデレでしょうか?
内心で、『お、お前の願いなんて聞いてたまるもんか! でも、ちょっとなら……』とか思っているんでしょうか?
……普通に考えて、それはキモいですね。
男のツンデレは流行りません。
やっぱりツンデレは、ユニちゃんみたいなかわいい子に限りますね。
「お前、また変なことを考えてないか?」
「またお前言いましたね。名前で呼ぶ気ゼロですね」
「ふん。人間などを名前で呼ぶなんて、ありえないな」
「頑固ですねえ」
基本的に、サタンは人を下に見ているんでしょうね。
対等な相手と認めていない。
だから、名前で呼ばない。
これは問題ですね。
サタンがこんな調子では、私の目的である、人と魔族の和平を成立させることができません。
和平のため、サタンを改心させるため、まずは名前を呼び合うところから始めたいと思ったのですが……
さてはて。
どうしたものやら。
……よし、決めました。
まずは、言質を取るところから始めましょう。
「私を名前で呼んでくれないのは、私が人間だからですか?」
「そうだな」
「ツンデレというわけではなくて?」
「どうしてそういう発想に繋がる!?」
「なるほどなるほど。では、なぜ人間だとダメなんでしょうか? そこのところ、詳しく教えてくれませんか?」
「そんなことを教える義務も義理もないな」
「教えてくれたら、少しはおとなしくしますよ?」
「よしっ、いいだろう!」
いきなり態度を180度変えました。
私、そこまで迷惑かけていたんでしょうか……?
だとしたら、申し訳ない……なんてこと、欠片も思いませんけどね!
むしろ、それだけサタンをおちょくることができていたんだ、と喜びますね!
「人間は愚かな生き物だ、そう思わないか?」
「突然ですね」
私は自虐趣味はないので、サタンの意見に同意はしません。
自分で自分のことをバカにして、何が楽しいんでしょうか?
むしろ、私はこれ以上ないほどに立派な人だ、と胸を張りますね。
「他社を妬み、恨み、憎み……それしかできることがない。その上、同族で殺し合う……その刃は多種族にも向けられて、多数の種族が絶滅した。これほど愚かな種を、俺は見たことがない」
魔族も、ついこの前、内乱を起こしていましたよね?
あと、普通に動物などを乱獲していますよね?
それと、ハイエルフは、確か魔族に滅ぼされたような?
そんなことを思いましたが、サタンが自分に酔っている感じで演説しているので、とりあえず黙っておきます。
「愚行を繰り返しながら、己を省みることなく、未だにつまらない行為を繰り返す……そのような種族を、どうして尊敬できる? できるわけがない。そう思わないか?」
「なるほど、なるほど」
「我ら魔族と人間は対等ではない。人間のような野蛮人と対等であってたまるものか」
「そうですか、そうですか」
「人間は未熟な種族だ。ならば、より上位で完成された存在……俺たち魔族が管理してやるべきだろう。そうすることで、人間は真に正しい平和を手に入れることができる」
「ほうほう……ぷっ……くくく」
「……なんで笑っている?」
「いえ、だって……あまりにテンプレなことを言うものだから、逆におもしろくて……」
「俺の意見が間違っているとでも?」
「さあ、どうでしょう?」
サタンの言葉の全てを否定するつもりはありません。
世の中、どうしようもない人間がいることは事実ですからね。
王宮なんかで過ごしていたものだから、そういう人間は多数見てきました。
ですが、それは人の一面でしかありません。
サタンが、人間の全てを理解した上で、今の台詞を口にしていたのならば、和平は諦めないといけませんが……
どうやら、そういうわけではなさそうですね。
彼は、人間の一面しか知りません。
ならば、考えを変えることはできるでしょう。
そのための一歩として、私のことを名前で呼んでもらいましょう。
「勝負をしませんか?」
「なんだと?」
「サタンが人のことをどう見ているのか、それはよくわかりました。中二っぽ……とてもよく考えていたのですね。見た目に反して」
「色々と余計な言葉が多いよなぁ!?」
「ですが、私もここで退くつもりはありません。というか、これから先、ずっと『お前』と呼ばれるのはちょっと不快です。なので、ちょっとした勝負をしませんか? 私が勝ったら、サタンはちゃんと名前を呼ぶ。私が負けたら、そうですね……おとなしく人間界に帰りましょう」
「その勝負受けた!!!」
即答でした。
どれだけ私に帰ってほしいんでしょうか。
人間の小娘一人、手に負えないなんて……
やれやれ、情けない魔王ですね。
今度から、心の中では『駄王』と呼ぶことにしましょう。
「だからそういうことは心の中だけにしておけやぁあああああっ!!!?」
「あらまあ」
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