#022 ダマされ男、再び
『住めば都とはよく言ったもので、慣れてしまえばここの生活も中々悪くない。
18時には必ず終業だし、三食はきっちり出るし、何と風呂まで用意されている。
日がな一日つるはしを振り続けるというのは、俺のような人間には中々キツい仕事の内容だったが、一週間も続けた今では慣れたものだった。
それもこれも老若男女の先輩方と連れのシャーリーとガフの二人、そして心優しい現場監督様のお陰だと言える。
さて、明日も早いからそろそろ眠るとする。
怪我だけはしないように気を付けないとな。
頑張れ、挫けるな、俺』
………………
…………
……
「挫けるな、じゃねーわよおお!?」
「うおおお!?」
ボロ机に向かってつらつら書いていた日記帳(チラシの寄せ集めだが)がおもむろに奪われ、俺の目の前で無残にも破り去られた。
むごい。あまりにもむごい。
人が心のよりどころにしているものをこうもあっさりと殺せるか?
「シャーリー! 何しやがる! ああ、何てこった……! これでもう日記帳は泣かない、笑わない……」
「こんなもん食堂のゴミ箱漁った紙切れでまた作ってやるわよ。それよりハム! 目え覚ましなさい!」
腰に手をあて、ふんぞり返るシャーリー。
声を張るのはやめろ、この集合住宅の壁はベニヤ並に薄いんだぞ。
「目を覚ますってなんだ。俺は起きてるだろうが」
「あたしたちはね……ダマされてんのよ!」
「ウソ!?」
「洗脳されきったあんたの清々しい顏を見て確信したわ。そもそも『俺たちはあれよあれよの間に運ばれてきちまったが、何、逃げ出せばいいだけのことだ。俺に任せておけ』と馬車の中で言ったのはあんたでしょ」
そんなことを言ったか……?
俺の記憶にはもはや炭鉱と汗臭い現場とヘッドライトの暗い明かりしか思い浮かばない。回想で聞こえるBGMはつるはしのカンカン音。
「そんなことはないだろう。親切なる支援団体のおっさんは指定量の鉄鉱石を掘れば解放してくれると言っていたじゃないか」
「んなこと言ってもう一週間じゃない。あたしはかかっても精々三日ぐらいだと思ってたわよ」
「おハムさん、契約書の写しを持ってますよね? 今更感が物凄いですが確認しましょう」
ベッドからもぞもぞと這いだしてガフが言う。
まるで巣箱から顏をのぞかせるハムスターみたいだ。
「しばし待て。ええとだな……」
悪筆でしたためられた契約書。
そこには『無期限。主任の許諾を得た上で契約満了とする』的なテキストが記されていた。
「……ダマされてますよ」
「そんなばかな! 最初は疑ってかかったが、衣食住の保証された職場を案内してもらったんだぞ!? 俺はしばらくここで暮らす。魔物も無いし安全だ」
「冒険者として生きるって熱い気持ちはどこに行ったのよ!?」
「金が貯まったら勿論旅に出るともよ。その頃にはやらかした騒ぎのほとぼりも冷めているだろうし、貯金もあるに違いない。俺は防御力皆無の布の服より、鉄の鎧を着込んでから冒険に出たいタイプなんだ」
「あんたねえ~~……!」
「おいっ! 何時だと思ってんだ!」
リアルに壁ドンを受けるとは思わなかった。
ガフがぴょんと飛び跳ね、埃まみれの壁に向かって「すみません!」と頭を下げる。
それから俺たちはベッドに腰をかけ、暗いカンテラを囲んで脱走をたくらむ死刑囚のように顏を突きあわせてヒソヒソ話。
「つるはし生活のことは忘れてよく聞いて下さい。やはりこの状況、私たちは採掘奴隷として送り込まれたと見て良いでしょう」
「何故そう言える」
「休憩時間に身の上話をすると、誰も彼もが借金で首が回らなくなっただの、騙されただの言ってるからですよ。私たちを含めた全員に共通しているのは、苦境の際にやってきた甘い話にほいほい釣られてこんな目に遭ったってことです」
脳裏にグラマラスな女と強面マスターの二人の姿が浮かぶ。
段々思い出してきた。
そうだ、俺はあれよこれよの内に契約書にサインを……。
「まさか……俺が……!? 本当に……!?」
「口を手で覆って悲劇の主人公っぽく言ってもダメですよ。そもそも私は、あなたがダブルメロンに視線を釘付けにしていた時から『こいつは怪しいぜ』と思っていたんです。困った時に親切にしてくるような人間はぜ~~~~ったいに下心があるんですよ! これ、世の真理です」
ご高説はありがたいが、あんまりデカい声を出すとまた壁ドンをかまされるぞ。
「ところでダブルメロンってなんだ?」
「最初に声を掛けてきた女性の方、ものすごい巨乳だったでしょう」
「なるほど、それでダブルメロンか。……すごかったよな」
「ええ。驚嘆に値します。私もいつかああなりたいものですね」
「二人ともバカ言ってんじゃないわよ! どうするか考えましょうよ」
どうすると言ってもな。
「ううむ……」
明日、現場監督に掛け合ってみようとは思うが、この手の話の常として、まず認められないだろうな。
いかに菩薩を身に下ろしたような温和な現場監督であろうと、貴重な労働力が逃げ出そうとするのを笑顔で見送るはずがない。
さて。
表から出られないのだとすりゃあ、こっちは裏をかいて逃げるしかないのだが……。
「脱走しちゃう? あたしの作戦なら成功率100パーセントよ」
自信満々の面をしてシャーリーはニシシ笑い。
先日の脱獄で、やっちゃいけないことをやっちまうという背徳感を気に入ってしまったのかも知れん。教育上よろしくない。
「悪くはないがなあ、ちと待てよ」
考える。
俺たちはとっくにやらかし済みなのだから、ダマサレ労働者を連れ込む違法炭鉱を脱走したところで社会的な信用の失墜は無いのだけどさ。
脱走を果たしたにしても、外をうろついていると思われる魔物にエンカウントして死んじまったら元も子もない。
「ここは出来れば正々堂々と出たい。監督に直談判をしよう。退職を申し出るんだ」
「出来ると思いますか?」
「ああ。あれだけニコヤカな笑顔の良いおっさんなんだ。話はきっと聞いてくれる!」
「……まあ、頑張ってください。ともかく私はもうタンクトップを着てつるはしを振るのには疲れました……」




