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素晴らしきルヴェリアへようこそ!  作者: 晴間雨一
『うまい話にはウラがある』後編
21/32

#021 哀れな新人、無知なる獲物


 脱出、もとい脱獄を果たしたことで、俺の心には定期テストを乗り越えたのと同じような晴れやかさがあったのだが、シャバに出て五分もすると楽観的な気持ちは夏の風にさらわれてどこかへ消えた。

 

 公衆の面前で器物損壊をやらかした手前、俺の所業が人の口から口へと伝わり、今じゃこの街の連中全員が内容を知っているんじゃないかと思えて仕方がない。

 いわゆる疑心暗鬼だ。

 

 一歩を進むたびに気が滅入ってくる。

 

 あどけない顏で観光気分に舞い戻っているシャーリーの影を俺は歩き、通りの端も端をまるでネズミのようにそそくさと歩いていた。

 

「で、これからどうするの?」

「まるでノープランだ」


 俺は亜人娘の肩の後ろに隠れつつ、正直に言った。

 

「一銭も無い状態からどうにか生活を安定させるんなら、冒険者にでもなって仕事を頂戴するのが安定な作戦だと思ったんだが、今となっちゃこの手はもう使えん」

「なんで?」


 なんで、と来たもんだ。


「逆に聞きたいんだが、ギルドの施設で騒動を起こし、牢屋に叩き込まれ、その日のうちに脱獄をかました直後に何食わぬ顏をしてギルドに現れ、『冒険者登録に来ました!』なんて言う奴が居ると思うか?」


 居たとしたらそいつは相当のパーだ。

 頭の良し悪しは別として、シャーリーは持ち前の素直さからマジに実行しそうで少々恐ろしいが。

 

「ともかく何よりも金が必要だ。宿に泊まるにも金が要るし、飯を食うのにも金は要る。どうしたもんかな」

「急に金の亡者になりましたね。生の素晴らしさとお金はそれぞれ別のものですよ」


 眉を吊り上げた得意顔でガフが釈迦のようなことを言う。


 牢屋の中では体育座り姿勢で負のオーラを放つ暗黒物質と化していたというのに、太陽の下に出た途端にこれだ。

 身の切り替えが速いというか、こいつらしいというか。

 

 待てよ。

 こいつ、一応は神様なんだよな?


「なんですか? どうして私を見るんです?」

「……」


 ならこの糸目の女を信仰している連中は多かれ少なかれ居るんじゃないか?

 ご神体どころか本人が目の前に現れればありがたがって金銭の千や二千は恵んでくれそうだ。


「ちょっと! 瞳がお金の形に変わってますよ。何考えてるんですか!」

「お前の信徒からかつあげをしようと考えている」

「すみません。それは……期待しない方が……良いかと……」

「どうしてだ。実は(かた)りだったのか?」

「いえ! そういうことではないのですが、その、私は……あまりネームバリューが無いといいますか、ビッグネームではないといいますか」

 

 しどろもどろに答えるガフを俺はシャーリーと二人で囲み、問い詰める様はさながら貧民街のチンピラである。

 カツアゲを逃れんと懇願の面持ちでこちらを見上げたガフは、


「私が神の一人であることは間違いないのですが、実は下っ端も下っ端なんです。五柱の大神の一柱、愛神ルピス様の眷属で……言うなればルピス社の一業務員と表現すると分かりやすい、かと……」

「つまりお前の名前を前面に押し出して信者から金を取れる、というのは」

「……無理ですね」


 シャーリーがどう思っていたのかは分からんが、ガフの「無理です」の一言を聞いた俺は目の前が真っ暗になるような気持ちであった。


 どうするか。

 物乞いでもするか?

 

 自分のつま先をじっと見つめながらに、やはり履歴書書いて適当な店で働くか、なんて考えていると背後で俺を呼ぶ声がした。

 

「あんたら、ギルドの新人かい? 何やら困っているようじゃないか」


 また何ぞのイベントが発生でもしたのかと、警戒モードのままにゆらりと振り返る俺。するとこの両目が捉えたのはなんとも艶のある女の姿だった。

 

 黒い長髪に挑発的なくっきりとした目。

 丸みのあるボディラインを惜しげもなく晒す、レザータイツな衣装。

 腰のベルトには短剣の類がバレットベルトさながらにずらりと並んでおり、一般人でないのは見るに明らかであった。

 

 しかし何て格好だ。

 現代日本なら痴女として勇名を馳せること間違いなし。

 SNSなら祭りだな。

 

「新人というか、登録さえも出来なかったと言いますか」

「なんだいそりゃ?」

「簡単に言えば路頭に迷っているところです」

「ふーん……?」


 豊満な胸の下で腕を組む女。

 悩ましげに小首を傾げ、胸を強調するそのポーズは俺に効く。やめてくれ。

 

「鼻の下を伸ばしてんじゃないわよ。それで? あんたはどこの誰なわけ?」

「アタシは新人支援団体の人間さ。この街には<初心者の館>やギルド本部の他にも優しい組織が色々とあってね。アタシが所属する団体はその内のひとつなんだ」


 シャーリーにしては警戒心をあらわにした態度だな、とピンクの髪を見つつに思う。

 しかし支援団体ね。そいつが一体何の用なんだか。

 

「仕事が無くて困ってるんだろ? 安心しなよ。アタシたちが手取り足取り教えてやるから」

「仕事を請けようにもまだ登録が済んでないんですよ。ありがたいとは思うんですが、俺たちはここらで――」

「まあまあ。ギルドにはナシ付けとくから。とりあえずうちの本部で話だけでも聞いていきなって。そう時間は取らないからさ」


 こりゃ背景が真っ黒のヤバげな勧誘だ、と気付いたのは手遅れになった後だった。

 俺たちの背後には退路を塞ぐようにして屈強な二人の男が並び立ち、指をばきばき鳴らしながらに愛想ひとつない顏をしている。

 

「さ。ついておいで」


 そう言うグラマラスな名前不明の美女の背中と尻を見つつ、俺は自分の前途が暗闇に転がり込むのを感じていた。

 

………………

…………

……


 ドクロの中に立てられたロウソクの炎がゆらゆら揺れている。

 内部はやたらに薄暗く、手元の怪しい作業を他人に見られないようにする配慮のようにも思えた。

 

 ここが新人支援団体の本部だと? ウソをつけ。

 ここには冒険者の活力的かつ精力的なイメージなんぞは皆無である。

 むしろ真逆、アウトローの雰囲気があるばかりだ。

 

 喫茶店に入ったつもりが違法のバーに入っちまったような場違い感。

 ガフなんぞは小さく縮こまってしまって借りてきた猫のように押し黙っている。

 

 テーブルには血痕がいくつもこびりついていて、ヤバそうな針も転がっていた。


 こりゃもうどう見たってまともな場所ではない。

 だからと言って席を立って逃げ出せるような状況ではないということをここに明言しておこう。

 

「ようこそ、新人さんたち。ここは新人支援団体<ハッピーフレンズ>の本部兼バーだ。洒落てるだろ?」


 カウンターテーブルを挟んだ向かいに立つ男は熊のように巨大な体格をしており、ついでに顔面には三本の刀傷が走っていて屈強という字が人の身を得たかのような強面の男であった。

 シャーリー父ならばいざ知らず、俺のようなもやしが口答えをしようもんなら、二秒で殺されるな。

 

 何が支援団体だ。

 ギャングのたまり場の間違いだろ。

 

「それは……」


 俺は店内を横目で流し見、

 

「そうですね。趣きがあると言いますか……」


 どんなかっつーと、違法営業的な。

 暗がりの席で注射器に酷似した物体を握っていた連中が見えたが俺は黙っていた。


 ありゃ一体なんなんだ?

 あれこそハッピー(になってしまった)フレンズだろう。

 

 すると目の前の山男が俺の言わんとすることに気付いたのか、するりと注射器を取り出し、


「あれか? あれはな、最近流行の――……ポーション。回復薬だ。名前はヘヴンっつってな。めちゃめちゃキクんだ」

「へ、へえ」


 言うなり目の前の男は常用しているかのような慣れた手つきで一連の動作を終え、自分のたくましい二の腕にするりと突き刺し、それから「クゥゥ……これだぜ……」と恍惚の声をあげた。

 

 俺、絶句。

 

 どうやらリアクションを求めているらしい視線が俺を貫くが、正解と呼べる回答は俺の中には無いしどこにも見当たらない。

 少なくとも『気持ちよさそうッスね~!』と答えてはバッドエンド直行なのは間違いなさそうだ。


 人間的にも、人生的にも。


「親切なる我々がお宅らに紹介をするのはこの仕事だ」


 男が注射器片手に取り出したのは一枚のぺら紙。

 仕事の内容についての記述が長々と続き、最下部にはサイン用の白枠が空いている。


「何ですかこれ。採掘現場の作業員?」

「簡単な仕事だよ。現場に行って指定量を掘り、納めれば作業は終わり。成果が良けりゃあ即日解放。金だってたんまり稼げる。なにせ掘るのは装備に欠かせない鉄鉱石だからな」

「すっごーい! ハム、この人たちめちゃ親切じゃない!」

「あ、怪しくないですかねこれ。おハムさん、やめときましょう」


 言わずともめちゃくちゃに怪しい。

 これを怪しいと言わないのであれば、辞書の『怪しい』の項目を変更する必要さえある。


 俺は地方から上京をした人間が悪辣なスカウトマンに騙される事例を脳裏にまざまざと思い描いた。

 今の状況はまさしくそれだ。

 

「大丈夫。み~んなやってるから」


 やってるわけがねえ。


 しかして俺という人間には熊男を相手に大声で異議を申し立てるような度胸はなく、自信に満ちたライオンの『お前は獲物だぜ』と死刑宣告をする強烈な視線を浴びせられているうちにやがて敗北を認め、契約書にサインを走らせ、

 

 

 炭鉱行きが決まった。

 

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