天国と地獄とスープ。
暗い。
何か見える訳でも無い、何か聞こえる訳でも無い暗闇の中を漂っている。
暗闇の中で必死にもがいてる自分さえ感じない。
どこだここは。
なんで俺こんな所にいるんだろうか。
少しばかりハッピーな1日を思い返す。
そしてラストにとんでもないアンハッピーな締めくくりを思い出した。
「あれ。俺死んだのか?」
ふとそういった考えに至る。
目の前には広いのか狭いのかさえ分からない黒が広がり感覚も麻痺している。
いや麻痺というよりは0。何も感じないのだ。
恐らくここは地獄。
つまり自分は死んでしまったのだろうと結論付けた。
「あーあ…父さん、母さん俺が先に死んじまって泣いてんだろうな。」
真っ先に両親への申し訳の無さが滲んできた。
色々迷惑もかけてきたし、どんな時だって暖かい目で見守ってくれた父親や、いつも笑顔で笑って、悪い事した時は鬼の様な形相で叱ってくれた母親の顔が浮かんでくる。
「それに、あいつらもびっくりすんだろうな。…最後に焼きそばパン奢ってくれたのはフラグだったってか…ははっ。」
次に友人達の顔が浮かぶ。
それなりの馬鹿をやり、それなりに恋の話をして茶化しあい、くだらない理由で喧嘩もしたけれど大事な友達との思い出。
「死んでからも走馬灯って見れるのね。」
色々な思い出を掘り返しながら、しばらく暗闇の中を漂っていると微かな暖かさを感じる。
「 …?何か…暖かい…。」
周りを見回すと前方に小さな光が見える。
普通なら多少なりとも警戒するのだろうが、警戒なんて言葉すら出てこない。
今の状況よりは悪い事にはならないだろう。
何せ死んでいるのだから。
少年はすぐさま光に向かって進んだ。
割と距離があるのか、思いの外近づけない。近付いているのかさえ疑わしい。
だが着実に進めていると確信するのは光に近づく程、鼻先から胃袋へ直球ストレートで突き刺さる、香ばしい香りを強く感じる。
何も感じなかった暗闇で初めて『何か』を感じるのと同時に『空腹』を感じる。
この先が地獄だろうと天国だろうと、希望に向かい、もがき進んでる今この瞬間は幸せな一瞬だろう。そう思わせる程の空腹感。
その空腹感は今の少年の原動力となる。
無我夢中で光に向かって走っている。
水の中にいる様な感覚だったがいつの間にか走って近付いている感覚。
だが今はその感覚の変化にすら気付かずひたすら走っていた。
「もう少しっ!…後ちょっとぉぉあああ!」
届きそうで届かない距離にある光は少年と同じスピードで逃げていく様に動いている。
無我夢中とはこの事で空腹も忘れ、ひたすら腕を振る。
そして手を伸ばせば届く距離まで近付くと少年は
叫び声をあげ、光の中に身体を投げ入れた。
光に飛び込むと同時に色が代わり景色も変わるのが微かに見えた。
深い闇の中にいた少年は明暗のギャップで目が眩む。しばらく目を瞑り少しずつ慣らし、ゆっくり目を開ける。
微かに見えてきたのは窓とそこから差す陽の光。
眩しさと一緒に暖かさを感じる。
もう少し目を明るさに慣れさせるのと、久々の陽の光を少しの間、堪能する。
目も慣れ、周りを見渡すと木製の椅子や木製のテーブル、しまいにはドアまで木製の古めかしい部屋が目に飛び込んできた。
天国とは大層立派な所だと勝手に思い込んでいたが、かなり庶民的な物だなと、自分の想像とのギャップに少し残念そうに顔を下に向ける。
下を向くと自分の身体がベッドの上にあることに気付く。
「あれ。ベッド?俺ベッドに寝てんのかよ。」
訳の分からない空間の次は意味の分からない状況に少年は頭をかく。
恐らく彼の思考回路は目まぐるしい環境の変化に追い付いていない。
そして追いつこうとするのを止め、深い溜め息を吐いた。そうすると不思議と落ち着いてくる物だ。
頭の思考スピードを平常に戻すと、彼の鼻の中には、暗闇の中、光に近づくのと比例して香ってきた美味しそうな匂いが再び鼻を刺激し、空腹を呼び覚ました。
「腹減ったぁ……。」
のそりとベッドから降り、ゆっくりと匂いをたどり、その匂いの元へと歩く。
部屋の扉を開け廊下に出ると、古めかしさと暖かさを感じる木材の壁や廊下が目に入る。
よく見れば壁の木材は比較的新しい物の様だ。
古い建物ではないと分かる。
感じる違和感は何なのだろうか。
古い建物ではないが今時の木造建築という感じでも無く、どことなく時代が違うような建物だと感じる。
そしてその違和感は更に訳の分からない物になる。
壁に二本の剣が交差して飾られているのだ。
何故に剣が飾られているのか分からない。
少年の頭の上には?マークが飛んでいる。
しかし全く飲み込めないこの状況だが、とにかく今はこの美味そうな香りの元へたどり着かねばと足は前に進んでいく。
「ていうか死んでるのに腹減るとかね。よくわかんねえなこれ。ははっ。」
死んだのに空腹を感じるという摩訶不思議な状況に乾いた笑いが漏れる。
そして香りの元であろう部屋のドアが見えてきた。
静かに中を覗き込むと、恐らくキッチンであろう景色が目に入ってくる。恐らくと言ったのは、作りがあまりにも古いがどこかで見たような造りであったためだ。
そしてキッチン内を見渡すと、かまどを見つけた。
実際にはかまどなんて見たこと無いが、火が見え、その上には鍋がコトコト音を立てながら匂いを振りまいていたので、かまどだろうと判断した。
ことことと音を立てながら動く鍋の蓋は今の少年には裸で腰を振り誘惑してくる美女にも相当する。
そろりそろりと、忍び足で魅惑の香りを放つ鍋に近づく。
何となく見つかったら怒られそうだと思ったのだろう、盗人の様に鍋に近付く少年。
もう少し。後少し。
そして鍋の元までやってきた。
恐らくは今の自分にとって最上級の幸福をもたらす鍋の蓋に手をかける。
蓋を開けると中にはトマト、キノコなど野菜に加えチキンのような肉であろう食材達が煮込まれている。
そして煮込まれ続けた各食材達の旨味がトマトの酸味と混ざり合い香りとなり、鼻孔に侵入。
超特急で脳に空腹だ。食え。と指令を与えた。
鍋の横に置いてあるお玉を手にとりスープをすくう。
すくったスープを見つめ、いざ尋常に口の中へ誘おうとした瞬間。
「あら!ちょっと!」
手に取ったお玉は後ろからかけられた声によって動きを止める。
動きを止められたお玉の代わりに体が驚きの余り跳ね上がる。
「ぁああああ!すいませんすいません!本当に出来心で余りにも美味しそうな匂いがしたんで耐えきれずに!地獄には、戻さないでください!お願いしますぅうう!」
反射的に許しを乞う。
恐らくこの声の主は神で、盗み食いをしようとした自分をまたあの暗闇地獄に戻すのだろうという考えに至った結果だ。
「何訳分からない事言ってんのかしらねぇ。ちょっと!あんた 例の子目、覚ましたよ!」
「へ?神様じゃないんですか?」
どうやら神様では無いこの女性は、この問いに大笑いで返事をしてきた。
神様じゃない。
そうなれば一体この女性は誰なのか。天使……ではないだろう。
恰幅の良い近所のおばさんにいそうな見た目で即座にそう判断を下す。
予想もつかないこのおばさん。
いや違った。
この女性は一体何者なのだろうか。
もう本当に分からないが、とりあえずまだ手にあったお玉のスープをずずっと飲みこむ。
今の少年にとって確かな事はただ一つだろう。
「…美味い。」
~次回へ~




