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イヴ・ジャバヴォックと遭遇してから一週間がたった。王都への旅路は順調だ。舗装もされていなかった雑な造りの街道が、道幅が大きくなり岩のタイルで舗装されるようになって歩きやすくなった。森を抜けてからの景色はただっぴろい草原が永遠と続いていて景色には飽きてしまった。
ただ変わった点は、魔物との遭遇率だろう。朝昼晩問わず、鬱陶しいぐらいに襲撃してくるようになった。いちいち相手をしていたら王都への到着が遅れてしまうので、基本はスルーして逃げていたのだ。
以前に遭遇した、緑の先住民の集団、顔が豚で身体がデブ人間、赤色のムキムキの鬼、ゼリーみたいな奴、狼の群れ、巨大化した昆虫、動く木の化け物、etc いい加減にしてくれ! うかうか昼寝もできない状況になってる。どうもこいつ等は街道を人間が通ることを学んでいるのだろう。
「あああああああああああ! 鬱陶しい! うじゃうじゃ出てきやがって!」
野営をするためにテントの準備をしていたら、緑の先住民の集団が「ゴブゴブ!」とか言ってお粗末な武器を手に襲い掛かってきたのだ。
「・・・もう無理ね。いい加減にして欲しいよ」
俺だけでなくアルナもキレた。いままで相手をしてこなかったが、今日はもう許さない。泣こうが喚こうが塵も残さず根絶やしにしてやる。
俺とアルナは言葉を交わすまでも無く、お互いに頷き合った。そして、緑の先住民、並びに近隣に生息する魔物の蹂躙作戦を決行した。
俺がホルスターから短剣を抜くよりも早く、アルナが飛び出した。
アルナはギルドマスターのオルガと同じ戦闘スタイルだ。オルガの右腕いっぱいに刺青と同じような鬼を思わせる黒い刻印が、アルナの魔力に反応して全身に浮かび上がる。【無属性魔方陣】と呼ばれる魔方陣型の魔法だ。魔方陣はなにも紙や物体だけでなく他の、生き物にも刻むことができる。そして無属性の魔法は他のものと違って火の球を出したりはしない、ただ単純に身体能力を上昇させるらしい。詠唱するぐらいなら、身体に魔方陣を描き込んだ方が魔力を流すだけで簡単に魔法が発動できるのがメリットだ。俺は習得できなかったので、詳しくは分からないが、筋肉の動きだけでなく、骨格の強度、運動神経や感覚神経までも反応速度を上昇できるんだとか。
破裂のような音が聞こえたかと思うと、黒い刺青のような魔方陣を浮かび上がらせたアルナの拳が緑の先住民を木端微塵の肉片にしていた。次々と緑の先住民を葬る少女のすがたは親のオルガにも引けを取らない。
アルナが暴れまわっている間に、俺は大規模な魔法を発動する準備に入る。一つは近隣の魔物を呼び寄せる魔法。もう一つは集まってきた魔物を根絶やしにする魔法だ。一匹一匹を短剣で相手にしていては時間がかかり過ぎるし、蹂躙するなら魔法で大々的にしてしまった方がスカっとするだろうと思っただけだ。
ホルスターから短剣を抜き出して、しゃがむと地面へと突き刺す。短剣の柄をにぎったまま魔力を循環させていく。発動する二つの魔法の構成を思い浮かべて、魔力と共に短剣から地面へと流していく。すると赤く輝く幾何学的な模様の魔方陣が円を描くように地面へと広がっていった。アルナや緑の先住民の居る位置も魔方陣の影響下に入り、さらに広がっていく。構成したのは半径一キロぐらいの大きさのものだ。【炎魔方陣1】でヴォルの魔法を見て盗んだものの一つだ。
続いて魔方陣をもう一つ重ね掛けする。今度の魔方陣は近隣のモンスターを呼び寄せるものなので、より大きな影響範囲で構成した。緑色に淡く光る魔方陣がどんどん広がり半径10キロ程度の巨大な円を作り上げた。これはテリアが教えてくれた【風魔方陣2】で使えるようになる魔方陣で、魔方陣の影響下にいる魔物を血に模した魔物が興奮する臭いを風に載せて散布する魔法だ。実は使ってはいけないと念を押して言われたが、知るか!
見える範囲にいた緑の先住民を蹴散らして返り血を浴びたアルナは、まさに鬼に見える。そう言うと怒るので絶対に言わないがな。
「アルナ!」
「準備早すぎ」
魔方陣の準備ができたことを伝えると、アルナは暴れたりないのかしぶしぶ、しゃがんでいる俺の横で体育座りをする。魔法の影響下でない中心に呼び寄せたのには理由がある。鬼族の血が混ざっているアルナは、【風魔方陣2】で発動する魔法の影響を受けるかもしれないからだ。テリアが使うなと言ったのはそう言うことだろう。人間よりも半人半獣が多いこの世界でこの魔法は巻き込む恐れがあるからだ。かくいう俺もアルナに暴れられるのはごめんだがな。
「さて準備完了だ。蹂躙を始めようじゃないか」