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エピローグ

 今日は本当に疲れた。


 昨日は昨日で普段あまり体験することのない緊張の連続で身体が妙にこわばってしまって、朝起きたら身体の節々が筋肉痛になり、悲鳴を上げていた。それなのに今日は朝五時起きで、学校に行き、パソコンやらプリンタやらに向かってかなり事務的な仕事をこなしていた。なぜこんな朝っぱらから働かなきゃいかんのだ。どう考えてもつらすぎる。どの会社の会社員だってまだ仕事を始めていないだろうよ。


 昨日言ったとおり、今日は総仕上げ的な作業をやらねばならなかったのだが、俺はまさかこここまでするとは思ってもみなかったね。適当なサイズのコピー用紙に手書きで適当に事実だけを書いて、クラスの人数分コピーするだけでよかったんじゃないかと思うね。やりすぎだろ。いろんな意味で。


 もし、自分の名誉とかプライドとか捨てて、山内が民事訴訟を仕掛けてきたら、かなり面倒なことになっていたかもしれない。まあ結局山内は名誉やプライドのほうが大切だったみたいだかよかったが。


 写真などを載せるとはね。カラーコピーで。近年の進みすぎる技術について、深く考えたくなる今日この頃である。涙や鼻水までしっかり見て取れるほど、コピーの洗練化が進んでいるとは。驚きだ。


 あのとき、岩崎のかばんの中には、手のひらサイズのビデオカメラが入っていた。そしてポケットには音声レコーダー。罪の自白の場面では、音声レコーダーを使い、謝罪の場面では、かばんの隙間からビデオカメラを使い、動画として撮っていたのだ。例のプリントに載っている土下座シーン等の写真はビデオの一部を抜き出して載せたものだ。


 動画のほうは、TCCの部室に大切に保管してある。自白の音声は、記憶デバイスにコピーして、山内に送っておいた。何かおかしな行動をとったらこいつを警察に送ってやるからな、という脅しの意味をこめて。


 結局俺たちはあの場で事件を終わらせ、この事件を警察に通報しなかった。大きな事件にするのは日向も本意ではないだろうし、実際さすがに警察に通報するのは気が引けた。あいつの場合、保護者の育て方が悪かったんだ。そんなやつを警察の通報するのは何だか悪い。


 まあ、ここまで大規模にやったのは初めてみたいだったし、要はしっかり反省させて、二度とこういうことをやらせないようにすれば良いわけだ。だったら他の方法で事足りる。


 あのクラスに新聞として、この情報を配ったのは、またあいつが似たようなことをしたときに、対抗する武器としてこいつが必要になるだろうと思ったからだ。


 さらにそれでも対抗できなかったときに限り、俺たちが動画やら、自白の音声やらを使って事を収めようと考えてこういうことをしたのだ。


 実際、これで何とかなるかどうかなんて、はっきり言って俺には解らないことなのだが、どうや今のところ何とかなりそうである。ほっとした。


 今日は疲れた一日だったが、ようやく放課後である。早く終わってほしいが、まだやらねばいけないことがあった。


「いやー我々のTCC新聞、結構評判良いみたいですよ!これで相談者もガンガン増えるかもしれないですね。これから忙しくなりそうです!こりゃ大変そうですねー」


 何だか、とても嬉しそうな岩崎を横目で見ながら、俺は窓から眼下に広がる平和な日常を見ていた。関係ない人たちにしたら、昨日までと今日は何ら変わりないと思うのだが、俺にはなぜか久しぶりに平和な光景を見ているような気がしていた。


 岩崎はいつものハイテンションガールに元どおりで、やはり昨日は少しおかしかったということを実感しながらも、昨日くらいのテンションのほうがよかったのでは?と思ってしまう。


「何ですか?さっきからちらちら見て。何だかいやらしいですねぇ」


 憎まれ口もいつもどおり営業中である。


「別に。それで横山や斉藤はどうなっているんだ?」

「二人ともいい感じですよ。横山さんは無罪放免が決まりました。不起訴処分みたいですよ。どうやら昨日の間に阪中さんが証言を撤回しに行っていたらしく、その新たな証言を元に、被害者の方に問い詰めたところ、とうとう自白したそうです。そしてめでたく横山さんの行為が正当であると証明されたわけです!よかったですね!」

「そうか。それで斉藤のほうは?」

「斉藤さんは意識を取り戻したようです。詳しくは聞いていないんですけど、目が覚めてからは見る見るうちに回復しているそうで、面会謝絶が解除されるのも時間の問題らしいですよ!こちらもよかったです!」


 全てがうまくいったわけではない。日向はいじめを受けていたし、その影響として、斉藤は怪我じゃすまないレベルで痛めつけられ、横山は冤罪ながら勾留されていた。事実としてそれらは確実に存在していて、犯罪と呼ばれる行為が起こった。だが、事件は終わり、最悪の結果だけは避けることはできたようだ。


「どうしたんですか?成瀬さん。まだ情緒不安定なんですか?難しい顔したり、若干微笑んだりして」


 こいつに言われるとどうも腹が立つな。お前のほうがよっぽど情緒不安定率高いだろうが!


「俺が情緒不安定だろうとあんたには関係ないだろ。迷惑をかけた覚えはないぞ」

「あります!昨日なんてどんなに私が迷惑だったか、成瀬さんには解らないでしょう!」

「解らないな。いったい俺が何をしてあんたに迷惑をかけた?」

「それは・・・」

「何だよ?」

「何でもありません!とにかく成瀬さんが情緒不安定になると私はいろいろ大変なんです!これ以上私を混乱させるようなことを言わないで下さい!もうっ、昨日の成瀬さんのセリフで、勘違いしてしまったじゃないですか・・・。私はてっきり・・・」

「はいはい。すみませんでしたね。これからはならないように努力しますよ」


 岩崎の言っていることは全然理解できなかったが、こいつが時々理解不能なことを言うのは、以前から普遍的なことであり、深く考える必要はないのだ。


 岩崎はしばらくぶつぶつと独り言をもらしていたが、落ち着いたのか、ふうと息を吐き、


「日向さん遅いですねぇ」

「そうだな」

「来ないんでしょうか?」

「そうかもな」


 俺の生返事をどう思ったか、やる気のない年下の男を優しく諭すような口調で、


「成瀬さんは来てほしくないんですか?」 


 と言った。


「どうかな。来たら来たでめんどくさそうだしな」

「それは本当にそう思っているんですか?全く、日向さんには言っちゃだめですよ?」


 こいつは本当に年上気取りで話しかけてくるな。何かむかつく。


 しかし俺は正直本当に来てほしくなかった。俺がやったことは実に中途半端で、微妙なものだったからだ。日向は一番最初に屋上で会ったときから助けを求めていた。誰かに救ってほしいと思っていたのだ。結局俺が動き出したのはその約一ヵ月後。とても速やかな行動とは言えない。もっと早い段階で救うことができたはずだった。そしたら、もっといろんなものを守ることができたかもしれない。


「なんでそんなに自分のことが嫌いなんですか?」


 変なとこだけ、鋭い女、岩崎がエスパーでも使ったのか、俺の考えていたことを正確に読んでこんなことを言った。


 正直返答に困った。俺だって好きになれるもんならなりたい。だが、どうしても無理なんだ。


「成瀬さんが思っている以上に周りの方は、成瀬さんに感謝していると思いますよ!もっと自分に自信を持って下さい」

「余計なお世話だ。そう簡単に割り切れないからこんな状態なんだろうが」

「またマイナス思考な意見ですね!」


 どうやら怒っているらしい。情緒不安定なのはやはり岩崎のほうだった。そのまま俺のほうを睨んでいたようだが、俺の全く気にしていない態度に、呆れたようにため息をついた。


「一つだけ言わせてもらいますけど、」

「何だ?まだあるのか。説教ならお断りだ」


 もうたくさんだった。他人にどうこう言われてもどうにもないということは俺自身が一番よく理解している。


「これだけは言わせてもらいますけど!成瀬さんが、わ、私を頼りにして下さっているように、私も成瀬さんを頼りにしてるんですからね!だからあまり後ろ向きなことばかり言わないで下さい!いいですね!じゃあ私はこれから一ノ瀬さんと待ち合わせがあるのでこれで」


 一気にまくし立て、自分が言いたいことだけ言って、さっさと消えやがった。変なやつだ。だが、頭の中でこう考えているのとは裏腹に、俺はとてもいい気分だった。


 コンコン。


 ドアがノックされる。俺は専用のパイプイスから腰を上げ、訪問者を迎える。


「よう。久しぶりだな」

「そんなに久しぶりじゃないでしょ」


 その反応は間違いなく日向のものだった。


 さっさと中に入り、遠慮のかけらもなく、イスに座る。


 俺は少々呆れながら、日向に続き、イスに座った。


「岩崎さんは?」

「生徒会長に用があるって、ついさっき出かけた」


 この質問に対して興味がなかったのか、そう、と言って会話を終わらせた。


「で、今日は何の用だ?」


 手元にあった、シャーペンを無意味に触っている日向に向かって、俺は言った。


「大した理由も言わずに辞めてったのはあんただぞ。その部室に何で来たんだ?」


 日向は、しばらくうなっていた。そして出てきた答えは、


「そうだね、しいて言うなら文句を言いに」

「文句だと?」

「そう。あたしは関わるなって言ったよね?それに助けてくれとも言ってない」


 なるほどね。どこまでも日向らしいこの反応に、俺はこみ上げてくる笑いに耐えることができず、思わず噴出してしまった。


「なっ!何で笑うのよ!」

「いや悪い。確かにあんたの言うとおりだ」

「じゃ、なんであんなことしたのよ」

「この事件は、別にあんたのために解決したわけじゃないからな」


 日向は眉間にしわを寄せ、何が言いたいのか解らない、という顔をした。


「別にあんた個人のために動いたわけじゃない。あんたは俺たちが介入することを望まなかったかもしれないが、その他の、大多数のクラスメートが事件解決を望んだんだ。実際、依頼が来たしな。言うなれば、俺たちは社会秩序のために、この事件を解決したって訳だ」


 この発言は予想外だったようで、日向は何か言い返したそうだったが結局何も文句を言えずに、どこか不満そうに、


「じゃあ、あたしのために動いてくれたって訳じゃないんだ」

「そういうことだ、がっかりしたか?」


 図星をつかれたようで、急いで否定し出した。


「別に、そんなことないわよ!あたしはただ、人の力を借りずに自分で解決したかっただけなんだから!あんたこそ、調子に乗らないでよね、実際あたしはもう少しで解決できたんだから!」


 確かに、と俺は思った。俺がしたことは、実際、余計なことだったのかもしれない。

日向ほどの能力があれば、どうにでもできるような、単純な事件だったし、山内もそんなに手ごわい相手ではなかった。俺なんかがしゃしゃり出てこなくても、事件は近いうちに解決できていただろう。いや、下手したら、俺が何かをしたせいで返って、事件解決が遅れたかもしれない。そういう意味では、俺のしたことは決して誇れるものではない。


「でもまあ、結局事件は解決したわけだし、みんなも喜んでたし、だからあんたのしたことは、そんなに悪いことじゃなかったよ!」


 日向はあわてた様子で、唐突に、こう言った。どうやら黙り込んだことで、日向に気を使わせてしまったようだ。


「そりゃどうも」


 この日向の言葉には、苦笑しながらこう言うしかなかった。


「それで、クラスのほうはどうだ?」

「ああ、うん。やっぱたどたどしいね。いじめ自体は終わったけど、事実として存在したわけだから、いきなり仲良くすることはできないね。あたしもつらかったけど、みんなもつらかったみたいだし。そう考えると、気を使っちゃうね、お互い」


 日向は若干照れながら、さらっと言ったが、やはり相当つらかったみたいだ。この前教室で、山内を交えて話をしたときには気が付かなかったが、最初に会ったときに比べて、少しやせたように見える。吹き出物も少なからずあるし、想像できないくらいのストレスを感じていたんじゃないだろうか。夜もよく眠れなかっただろう。だが、


「でも、すぐ仲良くなれると思う。今日も朝、学校来てすぐ挨拶してくれる人も多かったし、半分くらいは後ろめたさからかもしれないけど。そのうち何とかなると思う」


 日向は明るかった。疲れやストレスを感じさせないくらい、明るく話してくれた。無理をしているような気もするが、過去は過去のもとして、すでに前に歩き始めていた。


「そりゃ、よかったな」


 心からそう思う。俺のしたことは、結局余計なことだったかもしれないが、日向が元気になって、未来に向かって歩き始めることができているのだから、結果オーライということにしてもいいんじゃないだろうか。


「全部あんたの力だ。運がよかったのもあったかもな」


 俺は当然のことを言ったと思っていたのだが、日向にとっては予想外の言葉だったようで、何だが変な顔をしている。


「どうかしたか?」

「あんた、それわざと言ってない?」

「どういう意味だ?」


 俺には、それ、が何をさしているのか、そもそもどうしてそんな疑問が出てくるのかすら解らなかった。


 日向は、何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに、


「まあいいわ。あんたは変なやつだからそう言うんだよね」


 とてもバカにされたような気がした。


 日向は急に話を変え、


「ところで、ずっと聞きたかったんだけど、」


 と何だか、意味深なことを言い出した。


「何だ?」

「岩崎さんと付き合ってるの?」


 突然何を言いやかがる。いったいどんな大脳をしていたらそんな考えが出てくるのか、さっぱり解らん。一度CTスキャンかMRIでも撮ったほうがいい。きっと、うねうね動き、たくさん足のある気味の悪い虫が、蠢いているに違いない。


「断じて違う」


 仕方がないから、はっきり言っておいてやる。


「いったいどんな勘違いがあってそんな考えに辿り着いたのか、俺にはさっぱり解らんが、断じて違う」


 そこまで言うか、こいつ。みたいな目で見られた。


「じゃあ誰か他に好きな人とか、付き合っている人とかいないの?」

「いないな。というか興味ない」


 いったいこれは何のアンケートだろうか。


「そっかぁ」


 日向はよっぽど窓の外が気になるようで、俺の方を見ずに、そう答えた。日向が聞いてきたから答えたのに、まったく興味なさげに、返事をされるととても不快である。


「あんたはどうなんだよ」

「えっ?」

「誰か付き合っているやつでもいるのか?」

「あたしはいないよ!」


 言ってから気付いたが、聞かなきゃよかった。正直言って、俺は無神経すぎた。


 気分を害して絶対怒鳴られると思って、恐る恐る日向のほうを見たら、また変な顔をしていた。俺が日向のほうを見ると、日向は表情見られたくないようで、相変わらず窓の外を見ていたが、ちらちら俺の方を見ているような気もする。顔もほんのり赤らんでいる。少なくとも怒ってはいないようだ。


「もし、もしあたしが、あんたに、えっと、その、」


 何が言いたいんだろうか?俺は日向が言い終わるまで待っていたのだが、しどろもどろしていて、全く進まなかった。


 すると、


「成瀬さん!今すぐ帰る準備をして下さい!今から、ってあああああああ!」


 という感じで慌しく、岩崎が帰ってきた。うるさい。


 岩崎は、俺と日向を交互に見たあと、日向の顔をまじまじと見ていた。日向は困った様子で、明後日の方向を見て、決して岩崎と眼をあわせようとしなかった。


 そして、矛先を俺に戻して、


「お二人はいったい何をしていたんですか?こんな時間に年頃の男女二人きりが密室でいったい何をしていたんですか!」


 帰ってきて早々、うるさすぎる。何がそんなに気になるんだ。


「しゃべっていただけだ。他には何もない!」

「じゃあ何をしゃべっていたんですか?」

「他愛もないことだ」

「嘘つかないで下さい!他愛のないことなら、こんなピンク色の雰囲気にはなりません。日向さんが頬を赤らめたりはしません!またどうせ成瀬さんが情緒不安定になって、恥ずかしいセリフを連発していたに違いありません!」


 この状況を打開するのにはかなりの時間を要したのは言うまでもない。何度弁解しても岩崎は俺の言うことなど、全く聞かないし、日向はなぜか会話に入ってこないし、第三者がこの部室に来て何とか状況を収集することに成功したが、如何せん疲れた。このタイミングで来てくれた生徒会長に、とても感謝したい。


 岩崎が急いで帰ってきた理由は、生徒会長とともに横山を迎えに行って、その流れで斉藤の見舞いに行こうということだったようで、状況を収集した後に、すぐさま出発することになった。


 いろいろ大変だったが、こうしてTCC初の事件は終わりを告げた。最終的に、悪くないエンディングを迎えることができたが、当分面倒ごとに巻き込まれませんように、と人知れず願わずにはいられない俺であった。



これでこの話は終わりです。前回に比べて、二倍くらいの量になりそこそこ長くなってしまいました。最後まで読んでいただいてありがとうございました。この程度の文章にみなさまの貴重な時間を割いていただいたと思うと恐縮です。今のところ、続編については未定ですが、もしよろしければまたお願いします。

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