6
「マリーっ!?」
「あ、お姉ちゃん! この犬、お姉ちゃんの?」
「……は?」
扉を開けて入ると、そこにはいつも通りの妹の姿があった。
間の抜けた声を漏らしたまま目を丸くして固まったレイラに、マリーは「どうしたの?」とでも言うかのようにきょとんとした顔を向けた。
……え、っと? …あれか。私の早とちりってやつか。
そう認識したら、顔が熱くなってきた。
うっわ、恥ずかしい…。何が起こったかと思ったじゃないか。
…自覚があるから余計に。
「いや、別に、私の所有物ではないけど……友達、かな」
平然としている妹に拍子抜けした姉は、半ば呆けつつも素直にそう答えた。
途端に、ぱぁっと笑顔になるマリー。
レイラはそれに首を傾げて、どうしたのかと問うた。
「…何か嬉しいことでもあった?」
「うん! 遂に、お姉ちゃんに友達が出来たこと!」
「………あぁ、そう」
無邪気に笑みを浮かべるマリーに微苦笑を返すレイラ。
何気に毒を吐いているように思えるが、彼女に悪意はない。
ただ純粋に、姉に友達が出来たことを喜んでいるのだ。それが分かっているから、レイラも怒る気にはなれない。
…だからこその微苦笑だったのだが、それを、単純な──友が出来たことによる嬉しさによる──笑顔だと捉えたマリーは、さらに笑みを溢れさせた。
「……」
──レイラの名誉のために言っておくが、学園に通っていない貴族の子ども達にとって、友人がいないというのはそう珍しいことではない。
その理由としては、普通の公子は、村の子ども達とは違って同年代の子たちと外で遊ぶ機会はない(身代金目的の誘拐事件に巻き込まれるのを防ぐため)からだ。
それに、よほどの地位──それこそ王族の子どもでもなければ、幼い頃は社交界に出ることもないから、友人を作ろうにも作れないというのもある。
「(……ってか、イネとマリー付きの女性使用人から、生暖かい視線を送られてる気がする…)」
彼女らの心の内を代弁するとしたら、恐らくこうだろう。
『……子供って、時に残酷ですよね』と。
「(二人で和やかに意志疎通してないで助けてよ。…今のマリーは私一人の手に負えないんだから!)」
…子供特有の純潔無垢さが逆に痛いんです。
心の中でそうぼやく。
レイラのそんな心の中を知らぬマリーは
「ねぇ、お姉ちゃん! この子触ってもいい?」
「いや、それは駄目」
「えー」
「…ていうか嫌だ」
まだ私、もふもふ満喫してないんだよ。
「それに、マリー。本人の許可を得ないで勝手に決めるのはいけないことだよ?」
「……はぁい」
しょぼんとしたマリーは、渋々だが諦めてくれた。よかった。
「(……ん?)」
あれ? そういう私も、許可得ずに抱きついたような…。
……。すみません。人に偉そうに語れる立場じゃ無かったです。
「じゃあ聞く!」
「──ん? 何を?」
考え事をしていたレイラは一拍遅れて聞き返した。すると、マリーは「名案を思いついた!」と誇らしげな表情で、
「だーかーら、本人に直接聞くの。それなら良いでしょ?」
「………それは、魔狼にってことかな?」
「まろー? この子、マロウって名前なの?」
「いや、魔狼は名前じゃなくて種族名。名前は…うーん、何なんだろうね?」
そう言われて気付いた。
この銀狼の名を知らないことに。
「(便宜上、名前を決めちゃって構わないのかな…? いや、でも、この子にも、親につけて貰った名前があるのかもしれないし…)」
ぶっちゃけ、自分のネーミングセンスに自信がないんだよね。
前世今世どちらも、動物を飼ったことないから、名前を付けるという行為自体したことないし。
…いや、もう、なんかね…下手につけたら恨まれる気がするくらいに、センスに自信がないんだよねぇ。
一人悶々とした感情と戦っているレイラを傍目に、マリーはきらきらとした瞳で魔狼を見上げた。
対する魔狼は、興味なさげにマリーを一瞥した後、再び寝る体制に入った。
といっても、元から寝そべったままで、騒動も後目にほとんど動いていなかったから、その変化は微々たるものだったが。
「──ってことで。まろーさん、触ってもいい?」
「いやいや、駄目ですよマリー様!?」
「何でー?」
「殺されますって! これ、先ほども説明いたしましたよね?」
「んー? …忘れた!」
「何堂々と言ってくれてんですか!?」
「だって、シュリの説明難しいんだもん」
「う……? ええっと、かみ砕くとですね…」
絶対に分からせてやる、と、半ば意地になりながら二度目の説明を行うマリー付き使用人に苦笑したイネは、自らの主の元へと歩み寄った。
深い思考の沼にハマっているのか、しゃがみ込んで、俯く彼女の顔をのぞき込んでも、全く反応しないレイラ。
さすがに不安になってきたイネは話しかける。
「レイラ様?」
「…ん? どうしたの、イネ?」
「あ、無事なら良いんです」
「…?」
意味が分からないとばかりに首を傾げてイネを見つめたら、彼女は微笑して、「何でもないですよ」と言った。
…いや、それが気になるんですってば。
視線で抗議するも悉くかわされたレイラは、それでもどこか嬉しげなイネをみて、自然と頬をゆるめたのだった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
お気に入り登録、評価して下さった方々にも感謝申し上げます。嬉しかったです。




