第13話 血と祈り
拷問室の一件の翌朝。
王城は表面上の静けさを取り戻していたが、水面下では緊張が張り詰めていた。
教会は王太子の強硬姿勢に反発し、貴族たちは継承問題を口にし始めている。
そして私は――。
狙われている。
それは予想の範囲内だった。
問題は、どこで来るか。
答えは、思ったより早かった。
王城の外庭。
聖女ミレーネとの短い会話を終え、回廊へ戻ろうとした瞬間。
風を裂く音。
直感で身を翻す。
刃が、頬を掠めた。
血が一筋、落ちる。
刺客。
黒装束の影が三つ、柱の陰から躍り出る。
「魔女を討て!」
叫びと同時に剣が振り下ろされる。
護衛の騎士が応戦するが、数が足りない。
私は後退しながら状況を読む。
狙いは私だけ。
教会の急進派か。
それとも、継承争いを煽る勢力か。
「レティシア!」
王太子の声。
彼が駆け込んでくる。
同時に、もう一つの影が空気を裂いた。
黒い外套。
エヴァン。
一閃。
刺客の一人が倒れる。
「下がれ」
低い声。
私は壁際へ退く。
だが視界の端で、別の刺客が王太子へ向かうのが見えた。
「殿下!」
反射的に動く。
剣が振り下ろされる瞬間。
私は王太子を押し倒す。
刃が、肩を掠めた。
鋭い痛み。
視界が揺れる。
「レティシア!」
王太子の叫び。
エヴァンが最後の刺客を斬り伏せる。
静寂。
血の匂い。
私は膝をつく。
肩から赤が滴る。
「……かすり傷です」
強がる。
だが視界が滲む。
王太子が私を抱き起こす。
「馬鹿か!」
「あなたを狙った刃です」
「違う、君を――」
言葉が止まる。
エヴァンが近づく。
その瞳が冷たい。
「王城でこれか」
低く言う。
「内部に敵がいる」
王太子の顔が強張る。
「調べる」
「遅い」
エヴァンが鋭く返す。
「もう血は流れた」
沈黙。
王太子の腕の中で、私は息を整える。
守られている。
だが同時に。
奪われている。
「……放してください」
静かに言う。
王太子の腕が緩む。
私は立ち上がる。
傷口が熱い。
「聖女は無事?」
近くで震えていたミレーネが、涙を浮かべて頷く。
「あなたが……庇って」
「当然です」
私は微笑む。
王太子が低く言う。
「犯人は必ず見つける」
「感情で動かないでください」
彼の拳が震える。
「二度目だ」
「ええ」
「君が血を流した」
その瞳は、怒りと恐怖で揺れている。
私はそっと言う。
「私は死にません」
「保証はない」
「ある」
胸に手を当てる。
「まだ選んでいませんから」
王太子の表情が複雑に歪む。
エヴァンが低く言う。
「次は俺が庇う」
「順番ではありません」
「なら奪う」
その言葉に、王太子が睨む。
「敵国の将が王城で好き勝手を言うな」
「守れていない側が言うな」
空気が張り詰める。
私は二人の間に立つ。
「やめて」
静かな声。
「私を理由に争わないで」
だが分かっている。
もう争いは始まっている。
血は流れた。
私は初めて、わずかに震える。
痛みではない。
恐怖でもない。
誰かを失う未来への予感。
そのとき。
王城の奥で鐘が鳴った。
緊急招集の合図。
王位継承審議が、前倒しで開かれるらしい。
王太子が言う。
「これ以上は放置できない」
エヴァンが静かに告げる。
「内乱が始まる」
私は肩の血を押さえながら、空を見上げる。
青い空。
その下で、確実に崩れていく秩序。
私は呟く。
「望んだのは私です」
揺らしたのは私。
血を呼んだのも私。
だが。
まだ止まらない。
王になる。
そのために。
誰を傷つけるか。
もう、時間はない。




