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第12話 王太子の暴走

 その夜、王城の空気は重かった。


 教会は審問の失敗を受け、強硬派が動き始めている。王太子は監査を拡大し、王家の権威を取り戻そうとしている。


 だが――。


 廊下の向こうから、怒号が聞こえた。


「吐け」


 低く抑えた声。


 聞き慣れた声だった。


 私は足を止める。


 拷問室。


 王城の地下。


 胸騒ぎがする。


 扉を押し開けた。


 暗い石室。松明の火。縛られた男。


 その前に立つのは――アレクシス。


 剣を抜き、男の喉元に突きつけている。


「殿下」


 私の声に、彼が振り向く。


 その瞳は、理性を失いかけていた。


「レティシア……来るな」


「何をなさっているのです」


「刺客だ」


 男は血を流し、息も絶え絶えだ。


「教会派の者だと白状した」


 王太子の手が震えている。


「誰の命令だ」


「大司教の……」


 男がうめく。


 アレクシスの目が燃える。


「やはりな」


「殿下」


 私は近づく。


「やめてください」


「これは王としての判断だ」


「いいえ」


 はっきりと言う。


「恋人としての怒りです」


 空気が凍る。


 彼の呼吸が荒い。


「君が殺されかけた」


「未遂です」


「未遂でもだ」


 剣先が男の皮膚に食い込む。


「君を奪われるくらいなら――」


「やめて」


 私は彼の手を掴んだ。


 熱い。


 怒りで、震えている。


「王は怒りで裁きません」


「私は王になる」


「だからこそ」


 視線がぶつかる。


「あなたは王である前に、私を愛しているのですか?」


 彼の呼吸が止まる。


「それとも、王家の駒を守ろうとしているのですか?」


 沈黙。


 剣がわずかに揺れる。


「……好きだ」


 低い声。


 だが次の言葉が続かない。


「だから切った」


 苦しげに吐き出す。


「好きだから遠ざけた」


 胸が締め付けられる。


 甘い。


 だがそれは。


「選んだのはあなたです」


 私は剣を下げさせる。


「私は選ばれなかった」


 彼の瞳が揺れる。


「今は違う」


「今もです」


 静かに言う。


「あなたは“王として最善”を選ぶ」


「当然だ」


「なら私は?」


 答えられない。


 沈黙が重い。


 私は男を一瞥する。


「拷問は不要です。証拠は揃っています」


「甘い」


「冷静です」


 彼は剣を収める。


 だが怒りは消えていない。


「レティシア」


「はい」


「黒騎士と距離を置け」


 核心。


「なぜ」


「敵国だ」


「それだけ?」


 彼は言葉に詰まる。


 嫉妬。


 それが混じっている。


「……私は君を守る」


「守らなくて結構です」


 はっきり言う。


「共に立つと仰ったでしょう」


 彼の拳が握られる。


「私は弱くない」


「知っている」


「では信じて」


 彼は苦しげに目を閉じる。


「信じる。だが失いたくない」


 その本音が、胸を揺らす。


 だが。


 私は一歩下がる。


「殿下」


「何だ」


「あなたが怒りで動くなら」


 真っ直ぐに見る。


「私はあなたを選びません」


 静寂。


 言葉が刃のように落ちる。


 彼は動かない。


 やがて低く言う。


「……厳しいな」


「王になるのでしょう」


 私は微笑む。


「ならば私も厳しくなります」


 彼は苦笑する。


「変わった」


「あなたが変えたのです」


 背を向け、階段を上る。


 胸の奥が痛い。


 好きだと言われた。


 だが足りない。


 愛だけでは足りない。


 回廊に出ると、壁にもたれて立つ影があった。


 エヴァン。


「怒鳴り声が聞こえた」


「王太子が暴走しました」


「止めたか」


「ええ」


 彼は小さく笑う。


「強いな」


「いいえ」


 私は首を振る。


「揺れています」


 エヴァンは近づく。


「なら、俺を選べ」


 直球。


 逃げ場がない。


「今は選びません」


「王になるまで、か」


「ええ」


 彼は私の顎に触れかけて、止める。


「触れるなと言われた」


 皮肉な笑み。


「だが、奪うと言った」


 心臓が高鳴る。


「エヴァン」


「何だ」


「王になっても、あなたは敵です」


「知っている」


「それでも?」


「それでもだ」


 迷いのない答え。


 恋は、刃だ。


 王太子は守ろうとする。


 エヴァンは奪おうとする。


 私は。


 まだ選ばない。


 だが確実に。


 誰かを傷つける未来へ進んでいる。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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