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アーガスの聖典  作者: らすく
第二章 建国暦159年
29/30

28. イースタンの亡霊(4/)

 


 がるるるるるるる!!!!

 ぎゃぎゃぎゃ!ぐぁぐぁぁっ!



「多すぎだろぉ!少しは休ませろこんちくしょう!」


 激しい攻防の隙にクラウンの悲鳴が木霊する。


 帰り道にはやたらと魔物が出現した――――この数日間、寝ている時以外ほぼずっと戦っているようなものだ。

 もう数えるのも億劫になるほどの戦闘を切り抜けてきたけれど、近接攻撃を一人で担っていたアイリスが戦えない状況で目立ったケガもなく進んでこれたのは幸運とも言えるだろう。

 四つ足の魔物の群れをクラウンが盛大に吹き飛ばし、反対側から迫る別の魔物の群れをシェイラが結界で食い止める。間にアイリスを挟んだ陣形でやってきたがこのやり方もそろそろ綻びが出始めているようだった。


「"結界"!多対一で戦えるのはクラウンさんしかいないんですから頑張ってください!僕もできる限りサポートしてます!」

「ああ感謝してるよ!おいアイリス、お前ホントに何もできないんだろうな!"爆炎よ(プラウ)"!」

「残念ながら欠片も出せないねぇ」


 襲われたらどうしようもないのはアイリスのはずだが、二人への信頼からか余裕の態度を崩していない。


「代わりに食事とテントの用意は私がやってるんだから、その分働いてくれたまえよ?」


 片手とは思えないほどテキパキ支度を整えていたのは記憶に新しい。本当に貴族の子なのか疑いかけたほどだ。


「間違ってお前ごと吹っ飛ばしても文句言うなよクソ野郎!"爆炎よ(プラウ)"!」

『右方より新たな魔力反応多数。対処をお願いします』


 アイリスの肩の上で周囲を見渡しているラヴァトナの仕事は索敵(サーチ)だ。クラウンの放つ爆風に耐えるためアイリスの頭をがっちりと掴み、木々の間から迫りくる魔物を探している。


「流石にこの数は――――!」

「これじゃあ遅かれ早かれ全滅するぞ!」

『【敵出現頻度の統計算出】【分布を現在の地形に適用】――――なるほど、なぜこれほどにも魔物が現れるのか、その原因がわかりました』


 ラヴァトナが眉間に人指し指を当ててくいっと持ち上げて言う。誰も見ていなかった。


『……森の大部分が消滅したことで野生動物が森林外縁へ移動していることが原因です。この先さらに遭遇頻度が上昇する可能性が高いと思われます』

「はぁ!?そしたら俺達帰れないじゃねぇか!」


 ボン、と会話会話に爆発音が挟まり耳に悪い。ラヴァトナの太腿を肩に乗せるアイリスは両手の小指で耳を塞いでいた。

 ようやく敵の数に終わりが見え始める頃には太陽が傾いていて、この日も殆ど進むことができずに即席テントを張ることになった。幸い食料が向こうからやって来るためそこには困らないが、夜になると魔物や野生動物が大合唱をそこら中で開催するため寝ようにもまともに眠れていない。

 シェイラの魔力を温存しようと最低限の結界に抑え交代で見張りを務めていることも合間って、3人の疲労は最早限界に近づいていた。




 そして朝を迎えたある日、とうとうシェイラが熱を出した。


「これは……本格的に不味いね」

「どーすんだ、見捨てて置いていくか?」


 クラウンは冗談のつもりでその言葉を発したが、アイリスは思いの外真剣な表情で言葉を返した。


「その時は私も置いていってくれ。君一人ならラヴァトナを守りながらでも魔物と戦えるだろう」

『……アイリス』


 アイリスの言い分も利に敵っている。3人は厳しくとも、体躯も小さいラヴァトナ1人くらいを連れてなら安全を取りつつ森を抜けられる可能性があるのは確かだ。ただその場合、残った2人――――アイリスとシェイラは魔物、いや野生動物にすら対抗手段を持たない。その未来は想像に難くなかった。


「――――バカ言うなよ、こんな時に」

「至って真面目な意見だがね、君が早急に森を抜けて救援を呼んでくれれば、私とシェイラは生きて帰れる可能性が高い」

「だが助けなんて何日後になるか……!」


 と、アイリスは真面目な顔を崩してにこりと笑う。いつもの何か思い付いた時の顔だが、今回のそれはどこか脆く儚げに見えた。


「君達が戦ってくれたお陰でね、私の魔力回路はそれなりに回復しつつある」

「……それが何だっていうんだよ」

「君達がここへ戻るまでの間、私は剣の姿になる。そうすれば魔物や動物に襲われることもないだろう?何たって彼等からすればただの鉄の塊なんだからね」


 その時、うう、と呻き声を挙げてシェイラが目を覚ました。苦しげにゆっくりと上体を起こし近寄るアイリスとクラウン、そしてラヴァトナに向き直った。


「……なんとなく、話は聞いていました。僕もその作戦に賛成です」

「シェイラまで!」

「クラウンさん、ラヴァトナさん……僕なら大丈夫です。僕も魔力投影(プローゼ)ならできますから」

「なら俺が持っていけば――――」


 言いかけて、シェイラの厳しい視線に僅か戦く。


「アイリスを一人にはしたくないんです」


 我儘というにはあまりにも強い意志。


「……どうか行ってください。僕もここで待っています」


 クラウンはすっかり煤汚れて若干黒ばんだ髪をわし掴んで数瞬悩み、そうして一息大きく空気を吐ききって、そうしてからすっくと立ち上がって両の拳を腰に置き、いっぱいに胸に吸ってから。


「――――あぁわかったよ!3日待ってろ!さっさと行ってすぐ戻ってきてやる!」

『クラウン、2人での往復には推定5日かかりますよ』

「…………5日待ってろ!」


 ふん、と踵を返すクラウンに、アイリスとシェイラは顔を見合わせて、可笑しくて静かに笑いあった。


「……頼んだよ」

「……お前に頼られる日が来るとは思わなかったよ」

「ははは、私はいつも頼っていたつもりだったんだけど」


 クラウンは振り返らない。


「帰ったらみんなでご飯を食べましょう。おすすめのお店があるんです」

「ああ、付き合ってやるよ」

「はい」


 クラウンがテントを出る。


『クラウン、不安ですか』

「んなわけねぇだろ、俺が死ぬ前にあの二人が死ぬとは思えん」

『そうですか』


 クラウンが走り出す。ラヴァトナはその少し後ろを着いて飛んで行く。



 2日後の昼、賑わう冒険者ギルドに駆け込んでくる2人の姿があった。

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