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アーガスの聖典  作者: らすく
第二章 建国暦159年
25/30

24. シュテヴィンの密林(5/5)

 命からがら洞窟から飛び出した先はもちろん土砂降りの雨の中である。だが地面が揺れ続けているよりは水に打たれているほうがよっぽど安心感があるというものだ。尤もこのあたり全部揺れているので、3人が乗っているのはシェイラの結界の上だった。


「なあ、上にも結界張ってくれよ」

「出来たらやってますよ」


 せっかく乾かした服は再び水を含んで重くなっている。じっとりと肌に付く衣服の不快感にクラウンは顔を顰めた。


「なあ、あいつ置いて俺たちだけ逃げればよくないか」

「街に送ると言ったのは君だろう」

『今の"私"に戦闘能力はありませんので』


 すぐ近くでふわふわ浮いているラヴァトナ曰く、こちらに向かっている始祖種はラヴァトナと因縁があるらしい。再び目覚めた彼女を狙ってはいるが何故かアイリス達も標的になっており、したがってこのままホルダットに帰るわけにもいかずラヴァトナの始祖種討伐に協力することになった。


始祖種(タグリエル)には中心核が存在します。それを完全に破壊すれば我々の勝利です』

「簡単に言うけどよ……」

「具体的にどうすればいいんだい?」

『核は最も大きな結晶体の中心部に存在するはずです。外側を覆う結晶体を破壊し、その後核を破壊してください。最外部はエルゴ骨格で覆われていますが魔法による干渉で無効化することができます』

「……つまり?」


 そう聞き返すクラウンを見るラヴァトナの眼は、どこか冷たくなっているように感じたという。


『まず魔術により結界を破壊、その後物理的手段により結晶体を破壊、最後に核を破壊してください。結界強度は魔術干渉を行った場合――【現代スケールへ変換】――鉄鋼レベルまで軽減されます』


 つまり魔法による攻撃であれば通る、ということだ。


「ならシェイラが適任だろう。この子は岩石の壁すら貫けるからね」

『出力は問題ありません』

「でもあの術は準備がかかりますし有効距離も短いですよ?しかも発動するまで僕は動けないです」


 仮にシェイラの魔法でその結界を破ろうとすれば、ほとんどゼロ距離に居続ける必要がある。現実的とはとても言えない。


「つっても俺の魔法は広い範囲を吹き飛ばすだけだからなぁ、一点突破は無理だぞ」

「役に立たないねぇ」

「てめぇ……!」


 と、ラヴァトナは無表情にピンと指を立てた。


『私にいい作戦があります』












「見えたぞ!あいつだ!」


 森の奥、山の陰から姿を現した始祖種は下から見上げた時の感覚より数倍巨大であった。足元―――水晶体の下部は木々の上に浮き、その巨体は莫大な魔力で支えられているようだ。

 体表面に刻まれた無数の魔力回路は波打つように光り輝いて周辺に無差別に"雨"をばらまいている。


『では手筈通りに』


 淡々と告げるラヴァトナの左手には一冊の本。魔導書状態のシェイラだ。


「ラヴァトナ、ここからでも狙えそうかな?」

『はい。作戦を第二段階へ移行します。お二人も魔力投影(プローゼ)を』

「やるしかねぇか……」


 アイリスとクラウンの体が光に包まれ、それぞれ直剣と赤い宝玉へと姿を変える。

 剣の先端には宝玉がかちりと嵌っていた。否、アイリスの姿は剣というより――――


『ラヴァトナ、こんな感じで合っているかい?』

『問題ありません。私も非常に高い再限度に驚いています。完璧に誘導弾(ミサイル)です。推進装置は付いていませんが』

『こんなんで真っ直ぐ飛ぶのか?確かに鳥みてぇな形だけど』


 ラヴァトナが提案した作戦は次の通りだ。


 第一に、シェイラの貫通魔術を刻んだアイリスを始祖種の"核"めがけて投げる。

 第二に、結界に触れたシェイラの魔術が起動し結界を破壊。結晶体を貫いて"核"を露出させる。

 第三に、人間の姿に戻ったアイリスが"核"めがけて宝玉を投入。核に届いたらクラウンが全力で自爆する。


『クラウンさんを投げた後は僕がすぐに結界を張ります。任せてください』

『俺の心配は無いのかよ!』

『君は自分の魔法でダメージを負わないだろう?少なくともその姿の時は』

『作戦決行まで間もなくです。シェイラ、魔術の準備をお願いします』

『は、はい!』


 開かれた魔導書から光の紐が沸き上がり空中に出来上がった円形の魔法陣を右手のアイリスで掬うように触れさせると、その先にぴたりと魔法陣が張り付いた。床代わりにしていた結界は光の粒になって消えていってしまう。


『本当に他者の魔術に干渉できるのですね……それも、これほど精密な魔力操作ができるとは。"私"の時代でも再現するのは難しいでしょう』

『はは、お褒めいただいて光栄だよ』


 ラヴァトナの言う通り魔法陣を形そのままに移動させるには尋常ではない魔力操作精度が必要だ。アイリスのこの技術があるおかげで、本来シェイラが至近距離で展開する必要のある魔法陣を遠距離で発動させ持ち運ぶことができる。

 ラヴァトナは右手を引き、左手を真っすぐ始祖種へと向けた。


『――――【魔力変換率:100%】【距離:21000】【風向・重力・自転による影響補正】【投射角調整:8】――――ご武運を』


 ラヴァトナの肩から腕に魔力回路が浮かび一瞬のうちに魔力が伝播する。その波が手に到達した瞬間、ラヴァトナの右腕が消えた――――消えたように見えるほどの速さで動きアイリスをぶん投げたのだ。


 一直線に打ち出された流線形の白銀は吸い込まれるように始祖種へ向かっていき、ものの数瞬で着弾した。紡錘の先が水晶体に接触するとシェイラの魔術が発動、激しい衝撃が一点に撃ち出され表面の結界は簡単に破壊されたようだった。


 ―――ピシッ


『なッ!』


 が、結晶体には罅しか入っていない。核が露出していなかった。

 反動で宙に投げ出されたアイリスはクラウンを投げるために人間の姿へ戻るも、姿勢が安定せず錐揉みしながら上へと弾かれる。


『不味いアイリス!あいつ―――』




 ――――――――――――――!!!!!!!




 まるで怒りに打ち震えるような、大地を裏返すような重低音が始祖種から発せられた。その音圧でさらにアイリスは吹き飛ばされる。

 始祖種の体表が激しく明滅する。体に見合う巨大な角形魔法陣が数十、数百と出現し、そのすべてが空中のアイリスに向けられている。


『アイリス、狙われてんぞ!どうするんだ!』

「……これは致し方ないね」

『お前ッ!』


 アイリスが腕を伸ばし、その手にはクラウンをしっかりと持っている。


「クラウン、盛大にやってくれ」


 アイリスは魔法を使えない。体内魔力への干渉に拒絶反応を起こし魔力回路が破壊されるからだ。そうなればしばらく魔法が使えなくなるだけでなく、激しい内臓の損傷を伴い命の危険すらある。

 だが逆に言えば、その最初の一撃だけなら魔法を使えるということだ。


 高圧の風が吹き荒れる。空気の渦は宝玉を取り込んで始祖種の方へ――――結界が破れ結晶に亀裂の入った場所へと飛ばされていく。

 始祖種の魔法陣に流れる魔力がうなりを上げ、森の動物は我先にと始祖種から逃げ始める。



 ――――――――――――――!!!!!!!



 一斉に発動する魔法陣――そこから発せられるのは雨などではない。

 ()()()()()()()()()()()()。当たった物体は原子レベルでバラバラに分解されるだろう。

 始祖種の魔力濃度は限界に達し、結晶内部でうねり外側へと猛烈な勢いで流れ出す。その軌跡は雷のように光り輝き何条もの道を描き出した。




『アイリス……くそッ!』


 時間は一瞬だったのだろう。始祖種の体に届いたクラウンはその後ろで光に飲まれるアイリスを目にしていた。

 嘆くのは後でいい。今このデカブツを倒せるのは自分だけだ。



 "耽美なる断罪の業火(エルンツェーレ)"



 膨れ上がる魔力。形を持った灼熱は光の球となって始祖種を食らっていく。

 光の筋と光の束が交じり合って、始祖種の姿がその中に沈む。


 それは深淵の宇宙で繰り返される星の死、次の世界の誕生を寿ぐ祝福の火(プロメテス)のように。












『エルゴ骨格による断熱効果が無効化されています。結晶体、および核の蒸発を確認――――作成成功です』


 すべてが終わった後、そこには連なる丘さえ消えて焼け焦げ更地となった平原がどこまでも広がっていた。

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