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アーガスの聖典  作者: らすく
第二章 建国暦159年
19/30

18. エーゲの憂鬱(1/2)


 もう"あの日"から10年だなどと多くの人々が言うくらいには、その年の豊穣祭は矢鱈と賑わっていたような気がする。誰もかれも酒を注いでは呑み交わし、そしていくつかの空席に話しかけながら涙を流す連中も大勢いた。


「結局未だに原因不明、どこの国も知らん顔ってか」


 10年をかけてようやく復興したイースタン領の守衛長を務めるディンゴは、豊穣祭の警備任務を放って隠れ家へと身を寄せていた。

 そこは旧学園内の一画、特別寮のあった場所だ。カミヤ商会が買い取ったその場所に新たに建てられたイースタン支部を取り仕切っているのが、執務机に座ってせわしなく事務を行っているエーゲ=カミヤ。元生徒会会計である。


「当たり前だろ、好き好んで大量殺人犯を名乗る奴がどこにいるんだい」

「…………だとしてもよぉ」


 思えば、イースタンに戻った時はそれは酷い状況であった。街の中心部からごっそり建物が失くなっていたのだから。

 ディンゴはすぐさま知人を訪ね歩いたが、あの日イースタンに残っていた生徒やその家族、馴染みの店の人々は誰一人として見つからなかった。当然アイリスとシェイラも行方不明のままだ。生きてはいまい。


「10年経ったんだぞ。いつまでも気を落としてはいられないよ」

「―――――テメェ」


 ばっと立ち上がったディンゴがエーゲの胸ぐらを掴む。身に付けている軽鎧ががちゃがちゃと音をたてた。


「随分と薄情じゃねぇか?お前には人の心ってもんがねぇのかよ!」

「無ければここには居ないさ!」


 エーゲは呻きながらも叫び返す。声は震えていた。


「…………本当に見つからなかったんだ。服の一欠片だって、彼等の持ち物の一つだって、残っちゃいなかったんだ」


 今でも被害の中心部であるイースタン領主館跡は人が立ち入れぬよう厳重に警備されている。その手配を主導したのは、何を隠そうエーゲであった。


「………………悪かった」


 ディンゴが手を離す。


「…………いや、この時期はみんなそうさ。みんな忘れようとして、忘れられなくて騒いでるんだよ」

「…………かもな」


 その時コンコンと部屋のドアがノックされ、一人の女性が入室してきた。ディンゴと同じ軽鎧に身を包んだ彼女の名はティーラ。

 ()四騎士がウェストゥームの末娘、ティーラ=ウェストゥームだ。


「やっぱりここにいたんですね!早く持ち場へ戻ってください守衛長!」

「はいはいわーってるよ、今戻ろうとしてたんだ」

「そもそも守衛長たる貴方が仕事をサボらないでください!」


 ぎゃあぎゃあと言い争い、最終的に耳を引っ張られて退散していったディンゴに、エーゲは呆れて溜め息を吐いた。


「…………さて、仕事仕事」


 自分では分かっている。こうして祭りの日でも仕事をして―――いや、今日だからこそ仕事に没頭して、街の雰囲気に呑まれたくないのだ。寂しさはもうたくさんだ。


 エーゲも多くを失った。商会の旧イースタン支部に所属していた仲の良かったおじさん達は住民の避難誘導を率先して行い、最後まで街を離れなかったという。今でも時々その頃助けてもらったと見知らぬ人から礼を言われるが、その度に自分の心が蝕まれていくような気持ちだった。


 自分がもしその場にいたら、同じように動けただろうか。


「…………ダメだな、今日は」


 聞くところによると、商会以外の多くのギルドでも民の避難を行って逃げ遅れた者が居たようだ。さまざまな組織のトップが率先して誘導に協力したせいで、結界多くの組織が瓦解した。事件後の大混乱の一因であることには間違いないだろう。

 エーゲの知るイースタンは、とっくの昔に無くなっている。


「久々に、酒でも飲もうかな」


 今日くらい昼から呑んでも怒られないだろう。エーゲは重い腰をあげ、部屋を出ていった。

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