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第51話 学園への帰還

 4ヶ月弱しか過ごしていないのに戻って来たと感じるのは、貴船の島を離れたからだろうか。

 学園のヘリポートに降り立ったスミレはホッと息をつく。


(まずは自分の状況を確認しなくては)


 今学園でのスミレの学年は?

 “辺境の地”での立場は?

 分からなければ動けない。

 スミレは片桐、そしてアゲハを連れて、深遠館へ直行した。

 学園長に挨拶するのは後回しだ。本来は一番に挨拶しなければならないかもだが、そもそも今回の事件の発端は学園長の口利きだ。

 後回しにしても怒るまい。まずは状況を知りたい。

 足早に深遠館の門を潜る。

 ドアを開けるとエントランスホールに香蓮が待っていた。


「全く! どこかに行く時は、必ず報告するようにと言っておいただろう! こんなに心配させて悪い子だ!」


 そう怒りつつも、スミレを抱きしめえる腕は暖かい。


「香蓮姉さま」


 スミレはほうっと息をついた。身体の力が抜ける。


(帰って来た。帰って来たんだわ)


 懐かしい顔を見て、頬が緩む。

 と、そこに無粋な声が割り込んだ。


「やあやあ! スミレくん! お帰り! きっと無事に帰ってくると僕は信じていたよ! さあ! 君のこの2年間のめくるめく冒険談を僕に話してくれたまえよ! はあ! ワクワクするなあ!」


 全く2年前と変わらない、相変わらずの碕森である。

 香蓮から少し身体を離すと、碕森に向き直る。碕森の後ろには、工藤がいた。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。お話したいのですが、まずは休ませていただけませんか? ずっと気の張り通しだったので、疲れてしまって」

「そんな! ちょっと! チョコッとだけでいいから話を! ぶっ!」


 工藤の張り手で、碕森は沈黙した。


「もちろん後で構わない」

「ありがとうございます。あの、今私はどのような扱いになっているのでしょうか?」


 休む前に、それだけは聞いておきたい。


「寮の君の部屋は退寮になっている。君の私物はここで預かっている。学園は休学扱いだ。その為しばらくはここで過ごして欲しい。部屋を用意してある」

「あの、私はまだここにいていいのでしょうか」

「もちろんだよ! 異世界に行って来た君を、追い出すなんて考えられないだろう! さあさ、ちょっとでよいから、ぶっ!」


 またも工藤に撃沈されて、碕森は再び沈黙する。


「ありがとうございます。明日‥‥‥」


 と工藤に礼を言いかけたところで、上着の裾を引っ張られた。


≪スミレ、花が萎れてきた。あの場所から離れたからかも。早く大地に根を下ろさないと、死んでしまうかも≫


 それは大変である。

 早急に対処しなければならない。


「工藤さん、申し訳ありません。至急対策をしなければならないことができました。あちらの世界から持ってきた花が萎れかけています。敷地内に植えさせていただきたいのですが」

「異界の花!? 見たい! 僕がやりたい! げほっ!」


 3度目の張り手を食らい、のけぞる碕森。


「もちろん構わない。研究しても構わないんだろう?」

「はい。ですが、この研究所からは持ち出さないでください」


 持ち出しても枯れてしまう可能性が高いが、数が少ない。禁止しておくべきだろう。


「よし。どこに植える」


(アゲハ、場所はどうする?)


 頭の中で、スミレは問いかけた。


≪任せて! 俺についてきて!≫


(わかったわ)


「場所は大地の力を感じるところがいいです。選んでもいいですか?」

「もちろん」

「片桐くん、プランターを持ってついてきてくれる?」

「私もついていこう。碕森所長、道具を頼みます」

「もちろん!」


 もはやどちらが上司かわからない。そこはつっこまないのが人情かもしれない。


「私も行くよ。まだ話さなければならないこともあるし、色々聞きたいしね」


 香蓮も一緒に来てくれる。


≪スミレ! 早く!≫


「行きましょう」


 アゲハは軽やかに迷いなく駆けて行く。

 どうやら目星はついているようである。

 スミレは遅れずついていく。

 全く。今日は密度の濃い一日である。

 早く休みたいものである。


≪ここ! ここがいい!≫


 アゲハが飛び跳ねて示した場所は、研究棟と訓練棟の間、少し外れた場所だった。


「ここが良い場所です」

「わかった。では手分けして植えてしまおうか」


 そうして工藤の指導の元、30分かからず植え終わる。

 するとアゲハが花壇の傍に両手をついた。


≪眠りし大地よ。我の呼びかけに答えよ。目覚めしその力にて、我の同胞を守り、育て慈しみたまえ≫


 瞬間、大地が淡く光輝いた。


「子供?」

「子供だ! でも消えた!」


 工藤のつぶやきに、スミレは肩を落とした。

 どうやら無能力者の工藤や碕森にも、アゲハが視えたようだ。

 力を使うと視えてしまうかもしれない。

 ああ。休息がまた遠のいた。

 いや、先に面倒事を片づけられると考えよう。


「アゲハ。姿を見せてあげて」


 スミレの呼びかけに応じて、小さな少年が姿を現した。


「この子はアゲハ。大地の精霊です」

「精霊! ああ、やっと僕も本物に会えた! とても会いたかったよう!」


 叫びつつ、走り寄ってきた碕森に恐れを感じたのか、アゲハは再び姿を消す。


「ああ! もう一度姿を見せて! お願いだあ!」


 あまりの崎森の悲観にドン引きである。

 アゲハも怯えて、スミレの後ろに隠れてしまった。


「あの。話を続けても?」

「ああ、すまない。あのバカは放っておいていい。それで?」


 工藤がいて本当によかった。


「はい。私が異界に行っていた時に、あちらで友達になりました。彼にとって私が最初の友達だったようで、一緒にいたいという彼の希望から連れてきました。先に見せた通り、彼は力のない普通の人間にも姿を見せられますし、また力ある人間からも姿を消せます」

「つまりそれほどに力のある精霊ということか」

「はい。ただ彼は人間をよく知らないのです。まだ生まれたばかりなので感情を制御するのが、難しい面もあるかもしれません」


 牽制の意味でそう言っておく。


「そのためアゲハの存在は一部の人間のみに制限したいのです。碕森所長、工藤さん、秘密にしていただけますか」

「了解した。力を暴走されても困るからな」

「ありがとうございます」

「それでこの花の世話はどうする?」

「はい。当分私がやります」


 そこでアゲハが、スミレの裾を再度引っ張った。


≪スミレ、あの人に手伝ってもらって≫


 アゲハが指差した先には工藤が。


≪あの人、大地の力が強い。お願いして≫


「どうすればいいの?」


≪花の周りを毎日歩いて欲しい≫


「それだけ?」


≪うん。それで大丈夫≫


 ならば、忙しい工藤にも頼めそうだ。

 早速頼んでみると驚かれた。


「私にはなんの力もないよ。私は事務方だ」

「でもアゲハが言ってるんです。工藤さんは大地の力が強いと。花の育成の助けになると」


 しばし、工藤は口元を押えていたが、頷いた。


「わかった。やろう」

「ありがとうございます」


 とりあえずこれで一段落だ。


「スミレ、疲れた顔をしてる。ご飯を食べたら、もう休みなさい。今日は私もここに泊まらせてもらうことになっている。話は明日ゆっくりしよう」


 それまで黙ってみていた香蓮が、スミレを気遣う。


「はい」


 香蓮の言葉に、スミレは大きく頷く。

 皆と離れていた時のことを色々聞きたいが、疲れで頭まで痛くなって来た。

 休まないとまともに考えられない。


 スミレは工藤に引きずられた碕森たちと別れて、片桐と香蓮を伴い、食堂に行き、早めの夕食をとった。

 香蓮はそこで所長と話があると言って、別れた。


 スミレはそれを見送り、アゲハを連れて教えられた自分の部屋に向かう。

 一歩一歩が重く、身体を引きずるように歩く。気が抜けて疲れが一気にでたようだ。

 これは早急に休まなければならない。

 と言うことで。

 部屋の前まで来ると、スミレはくるりと振り返った。


「もう大丈夫だから、あなたも寮に帰ってゆっくり休んでちょうだい。話は明日ね」


 片桐は休まず学園に通っていた筈だ。その為、寮に自室がある筈である。


(なのに)


 なぜそんな主人に捨てられた子犬のような顔をするのか。


「大丈夫。ここは安全よ。いなくならないわ」


 そう続けたスミレに、片桐は悲壮な顔を向けてくる。

 そんな顔をしないで欲しい。ない筈のしっぽが股の間に隠れ、縮こまっているのが見えるようだ。


「‥‥‥わかりました。今日だけよ。いい?」


 片桐はこくりと頷いた。途端にしっぽがわさわさと揺れているように見える。

 すごく心配させた自覚があるから、拒否できない。


(やっと気持ちが落ち着いてきた矢先、一人にしてしまったものね)


 最初のうちはかなりつらかったに違いない。彼はどのような日々を過ごしてきたのか。


(私は一月。彼は二年か)


 部屋の扉を開きながら、思いをはせる。


「アゲハも中に入って。今日からここにお泊りよ」


≪俺は、花の中で眠るよ。すごい疲れたから。じゃあまた明日≫


 そう告げると、アゲハは駆け出して行ってしまった。

 どうやらスミレの居場所を確かめるためについてきただけのようだ。

 中に入ると10畳ほどの部屋の両端にベッドが1つづつ。

 真ん中には衝立。

 なるほど、工藤にはすべてお見通しだったようだ。


「片桐くんは右のベッドを使って。私は左を使うわ。衝立のこちら側に来る時は声をかけて。先にお風呂使わせてもらうわね」


 心身ともに疲れ果てたスミレは一方的に片桐に告げると、予め運び込まれていた荷物から着替えを出し、バスルームへと向かった。


 風呂から上がり、ベッドに入った後の記憶はない。

 朝起きて、スミレのベッドの脇の床に座り込んだまま眠っていた片桐に気づいた時には、驚いて悲鳴を上げてしまった。

 どうやら、声をかけてから衝立のこちら側に来るよう言ったスミレの言は、守られなかったようである。


自分の文章力のなさに、涙が出ます。日々精進します。

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