99 震える空気、震える手
「離れるわよっマッテオ。巻き添えを喰らわないように」
ソニックブーム…… モフモフうさぎの超音速の移動から発生する衝撃波が生む爆音、破壊力を伴った凶悪な空気の震え。
モフモフうさぎの剣技云々よりも超速の動きから生み出される衝撃波は、振りかざす龍刀の形のままで撒き散らされて行く。
ブワンッ
重低音がズシリと空気を震わせた後に
ババババババババババババババババババ
途切れの無い乾いた振動が、ロゼッタとマッテオの鼓膜を破ろうとする。
芝生が、街路樹が、ベンチが、ロゼッタの姿のシャドーゴーレム達が、その後に続く黒い影の塊達が一瞬で細切れにされていく。その範囲がとんでもない広さで、うさぎが進む方向が壊滅していく。
その全てが一瞬、あっという間の出来事。まるでそこに空間を喰らい尽くす化け物が、通り過ぎた跡のようで何も残っていない……
ストンッ
軽い音がして、ロゼッタとマッテオの前にモフモフうさぎが空から降って来た。ロゼッタとマッテオを一瞥すると、そのまま反対方向に蠢くシャドーゴーレムの群れに飛び込んで行く。
「マッテオ、娘はあちらと言ったな」
「あぁ、あの建物の屋根が見えてる方向だと思う。なんとなくだけどな」
「戦闘馬鹿は置いて行くぞ、勝手に踊らせておけば良いわ」
「あいつ本当にエルフか? と言うか普通エルフってあんなに凄いもんなのか?」
「知らぬ。歯痒いが見ての通りだ……馬鹿馬鹿しい」
平然を装うロゼッタが歩き始める。撒き上がった土と刻まれた草木の香りが漂う中で、マッテオが一瞬良い匂いを残したロゼッタの後を追った。
微かに薔薇の匂いがして、ロゼッタの後ろ姿から感じたのはリサの面影。
動きの鈍いシャドーゴーレムの半数以上が消滅した。それが合図になったのか、残りの黒い影の塊達が集まって合体を始めていた。
集まった黒い大きな塊の中から、細長い脚が伸びてくる。鉤爪が付いた脚の先で地面を掴むと、無数に伸びた脚は軽々と胴体を持ち上げて、思いもよらぬ速さで埠頭を駆け出した。
海から離れる方向に逃げて行く黒い塊と、後に続く金色の光跡が離れた倉庫街でぶつかったのか、激しい爆発音が響いて来た。爆発音は3回鳴って地面を震わせて、その後に静かな空気がロゼッタとマッテオを包んだ。
「もう居ないみたいだな」
「急いで、マッテオ。わたしにも迎えが来そうよ」
『Seaside Avenue』と通りの入り口にボードが下げられていた。
「シーサイドアベニュー、この通りの古い建物! そうだそうだ、確か右側にあったはず」
マッテオが小走りになった。
(わたしも手が震えて来た。リサの不安……いいえ覚悟は出来ている。リサは幸せだったのかもね、ローズが居てくれたから……わたしには)
マッテオの進む先に黒い姿が現れた。2つの光がキラリと反射したのは両手の先に伸びた龍刀ライジングサンのせい。
(わたしを看取るのはお前か? うさぎ、黒うさぎ)
震える手を左手で押さえて、ロゼッタはシーサイドアベニューをゆっくり進んで行った。