突然現れる危険
お昼頃、ラグリエードさんも役所に用事があったらしく、車に乗せてもらうことにした。
ラグリエードさんの家は街の中でも郊外の森の中に位置し、街の中心部である市場までは車で向かわないといけない。
先生も自分の車を取りに行かないといけないので、子供達は奥さんに任せて三人でドライブと言うことになった。
子供に運転景色を見せてやろう、という大人の気遣いから、俺は助手席に、先生が荷台に乗り込む。
嬉しい計らいなのだが…いかついおじさんのとなりと言う子で、ちょっと微妙な気分。もうなれたけどさ…ラグリエードさんの顔は。
森にはいい思い出がないため半ば不安だが、ラグリエードさんは普通に暮らしているし、街のなかにゾンビはいないはず。
…眺めていて突然、窓にゾンビが張り付くって言うホラーあるあるなことはない…よな?
しかしそれも杞憂に終わった。いくら眺めても森、森…遠くの方に街しか写らない。
なんだかゲームに出てきそうな、中世ヨーロッパ風のオレンジの煉瓦が見えるから、きっとおしゃれな街なのだろう。楽しみだ。
...だが、車内の空気は少し重い。なにせ皆しゃべらないからだ。無言の雰囲気は何となく、居心地が悪い。
「...先生とラグリエードさんって、友達なの?」
誰もしゃべらないから、仕方なく俺から口を開いた。子供らしい言い回してポツリと訪ねてみると、俺の質問に、ちゃんと前を見て安全運転をしているラグリエードさんがけらけらと笑いだした。
顔は見てないが、やっぱり怖いんだろうな...笑っていても。
「友達というより、腐れ縁だな。こいつとは軍に入ったときから一緒でな。同じ隊だったんだ。」
なぁ?と顔は見ずに声で先生に相づちを求めると、先生の苦笑いが聞こえてきた。
...元々軍人だったのか、先生。
銃を問答無用で撃っていた辺りは確かに、それっぽくは見えるが..いつもの豪快に笑う先生からは想像できないな。
「先生、何で軍人やめたの?」
内心が痛むが気になったら聞いてみよう。うーん、と唸る声が聞こえたのできっと困っているのだろうな。少しの間沈黙が流れる。
「...怪我を、してな。だから戦えなくなった。それだけさ。お陰で今おまえたちと一緒にいるわけだ」
豪快に笑う先生だが、少しだけ心残りがあるのか、いつもより元気がない。
でも、お陰で俺はこうしてここにいるし、今の先生がいてくれて感謝している。
怪我しろとは言えないが、やめてくれて本当にありがとう...なんてさすがに言えないけど、先生の怪我が回り回って俺を助けてくれたかもしれない。
そういえば、先生が軍人ならスクリフトもそうなのかもしれない。
それならあんなに武器を持っているのも納得がいくな。
「ニールはな。魔法で怪我をなおしてもらったのだぞ。」
突然聞こえてきた不可解な単語はラグリエードさんから漏れだしたものだった。
…魔法?この世界に魔法なんてないはずだ。
思わず横顔も見たが…うん十分怖い。だが、冗談をいっているではなさそうだ。
「ニールは足を負傷したんだ。、もう二度と歩けなくなるかもしれないほど酷かった。それがたった三日で完治して、皆驚いたさ。本人に聞いても、寝てる間に治ったなんて言って誤魔化すばかりでなぁ。」
決して子供相手の冗談ではなく、本気でいっているようだ。
先生に探りをいれているようで、先生もそれがわかっているのか、肩をすくめている。
小窓から見える先生の表情は暗くてよく見えない。
「実際寝ててなおっちまったんだから、それしか言いようがねぇよ、ラグリエード。何度聞かれたって答えは一緒だ。」
「...先生は魔法使いにあって、怪我を治して貰ったんだな!」
なんだか、とてつもなく不穏な空気に、空元気な明るい声で二人の間に話を割って入らせる。
これ以上この話題をしたら、なんだか不味そうな雰囲気だ。先生は軽く相づちをうってそれきり黙ってしまった。
そうしてまた無言の時間が始まってしまったが、それもすぐに済んだ。
そう、街についたのだ!
車を下りてすぐ、市場の入り口へとたどり着く。
オレンジを基調にした煉瓦造りの建物はどれもお洒落で、窓や柵、扉等はシックな作りをしている。本当にファンタジーRPGの舞台みたいだ。
...だが、残念なことに此処はゾンビと人しかいない世界だ。
街には果物や野菜、生活用品がワゴンや木の箱に詰められて売られているが、その隣で普通に手榴弾や拳銃が売られている。
なんともアンバランスな街だ…。似つかわしくない物騒なものが堂々と並べられている。
だからといって、決して悪い訳じゃない。少しバランスが悪い方がかえってリアルだ。
それに街は活気に溢れてとても賑わっている。
行き交う人も多く、市場に立ち止まって品を見定めている者、客を呼び込むために大きな声で品を売り出している者、誰かと待ち合わせているのか、辺りをキョロキョロしている者など様々だ。
服装は俺のいた世界とほとんど変わらないため、ファンタジー舞台に現代人がそのまま飛ばされたみたいだ。そう、まるで俺みたい。
でもさすがに転生者は俺くらいだろう。この街を見てアンバランスだ、という感想が出るのも、俺がこの世界で生まれ育っていないからだな。
「ほら、バル。観光は後でな?」
辺りの景色に感激するあまり、キョロキョロしていると、ポンポンと頭を撫でられた。
それもそうだな、観光はゆっくりできるし、いまはやるべきことをやろう。
役所は市場中央にそびえ立つ、パステル調のエメラルドグリーン色をした、屋根が目印の建物だ。
二階建ての長方形。オレンジの煉瓦にはおしゃれな窓が取り付けられ、屋根には風見鶏と、大きな時計がつけられた如何にもな街のシンボル。
役所の手続きは先生がやってくれて待っていたが、それもすぐに終わった。
本当に書類だして、パスポートとなるカードをもらい首から下げて、役所から出てきた。
ラグリエードさんも役所で何かしていたが、難しそうな話だったのでおとなしく待っていることにした。
そうして俺、先生、少し遅れてラグリエードさんが役所を後にする。
やることはやった!後はちょっと観光だ!
完全に遊ぶと置いてきた子供たちに申し訳ないので、先生の車を修理してくれている車屋にいくくらいだが。
しかし初めて見る景色に、何よりゾンビがいない!これほどの人がいれば、安心して外を歩くことができるぞ!
「こらバル。あんまり走ると転ぶぞー。」
嬉しくなって少し駆け出すと、遠くで先生の嗜める声が聞こえる。
わかっているさ、転ぶなんてへまはしない!
先生が見える範囲で辺りを散策することにした。さすがにはぐれると、携帯もない世界で人を探すのは骨がおれるからな。
役所から出てすぐ、噴水をぐるりと囲った広場があった。
さらに向こうには別の市場も見える。凄いな、本当に市場だらけだ。
市場も人が多いが、広場にも人だかりができている。
…なんだろう?あ、大陶芸だ!
市場に繋がる道の前で、ピエロがジャグリングをしている。その姿はサーカスのそれとよく似ていた。
こういった催し物はこの世界にもあるのか。俺の世界のものと、変わりがあるのか興味を引かれた。
子供だから大人の人混みのなかでは、ピエロの頭くらいしか見えない。ちょっと失礼して大人の足の間を掻い潜り前に進む。
でないと見えないのだ!
大人たちもなんだ?と下を向くが、俺がすいませんと一言謝ると、喜んで道を開けてくれた。子供は前に、という考え方は前世と同じらしい。
そうして前に進み、あと少しで一番前にたどり着けそうだったとき...
不意に誰かに、手を捕まれた。
あれ?先生か?...という考えはすぐに消え失せた。
あまりに乱暴に捕まれたからだ。何事かわからないが、反射的に手を振りほどこうとした瞬間、口に何かたてられる。
鼻も押さえられて呼吸ができない。くるしいっ!
押し付けられたのは、湿った布だ。ハンカチサイズくらいだが、それくらいしかわからなかった。
途端に、頭がぐらぐらと揺れ始める。
あ、これ...よく漫画であるやつだ。子供を誘拐するのに薬品使うやつ...。
わかっているが対処のしようがなく、俺は誰に捕まれたのかわからないまま、意識を失った。
遠くなる意識のなか、歪んだ大道芸の愉快な音楽が響き渡っていた...。




