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第二十六話 短剣

 砂埃が巻き起こる。私が放った計七十七の弾丸が男へと向かっていった。三割は地面を穿ち、残りの七割は確実に相手の肉体を抉っただろう。悠太が足止めしてくれた事も起因し、まず直撃は免れない。相手へ多大なる損傷を与えたのは確実だ。さぁ、砂埃よ。早く晴れおくれ。敵の結末を教えておくれ。

 「っ!」

 不意にとてつもなく不吉な予感が寒気として私の直感に働きかける。背筋に嫌な刺激が走る。良からぬモノが覚醒した合図、気持ち悪いくらい綺麗且つ必要十分な術式が起動した痕跡。それが直感を確信に変える唯一、そして絶対の証拠。

 咄嗟に障壁を展開し守りを固める。悠太は既に気づいていたのか青く透き通った円盾ラウンドシールドで身を守っていた。

 十本の短剣が迫り来る。その内の二本が障壁に突き刺さり、

 砕け散った。

 咄嗟に真横へ大きく跳躍し残り八本による攻撃を避け切った。柔道の受身の要領で起き上がり態勢を立て直す。悠太の方へは攻撃を仕掛けなかったようだ。

 男がゆらりと立ち上がる。視界を遮るものは一切存在せず、極めて明瞭で男の状態を計るには最良であると言えた。男の周囲に散らばる同形状の短剣短剣短剣。目測で三十弱はある。敵には見える範囲ではあるが傷一つ見当たらない。羽織っているコートの端すら切れていないのではなかろうか。

 「なん、で」

 しかし、そんな事実はある事実に比べれば些細な事でしかなかった。彼の右手に握られている一振りの短剣、先程の技を見る限り、魔力を通す事で同一の形状のものを複製する創造系統の術式を用いているのは明白だった。あの男の場合、最小の魔力で最多数の短剣を作り出せるように綿密に式を組んでいるのだろう。その術式を使い、私の弾丸を全て切り落とす芸当を持つ人物を私は一人だけ知っている。

 「さすがだ。まさかいきなりしてやられるとは思っても見なかったぞ」

 もし私の予想が当たっているのなら。

 「ここからは少しばかり本気を出させて貰うぞ」

 私たちは彼には絶対に勝てない。

 

 術式解析

 該当一件、再現可能か調べる

 術式構成、完全解析完了

 使用魔力、問題無し

 素質、問題無し

 一件、成功率百パーセント

 発動中、発動後の状態異常無し

 「魔力運用練成型多重短剣」使用可

 情報保持

 詠唱指定 <Load [thousand daggers]>

 登録完了

 全工程終了

 

 魔力を編み上げ収束弾を作り出し相手へと打ち飛ばしつつ悠太とは反対方向へ走る。悠太は魔力を右手に集め、直径五センチの弾を発射した。「スターライト」だ。相手が怯んだ隙に一瞬で相手を沈める魔術を打ち込もう。大丈夫、あの人なら死ぬことはない。広域に弾丸を生成すると再び相手へ向ける。悠太の魔術が効果を発揮する。明らかに相手の動きが止まった。相手を中心に五メートルの範囲に容赦なく致死性を伴った雨を降らせる。短剣が光る。複製された短剣が自動的に弾丸を切っていき、切断された収束弾が次々に霧散した。

 「悠太。相手の足止めを任せる」

 「了解。<Load [daggers] Stand by, ready Start>」

 悠太の頭上にナイフが幾つか現れ、目標を斬りつけんと直線的ではあるが非常に速い速度で放たれる。

 ? あんな魔術以前使っていたっけ。

 小さな疑問が浮かんだが戦闘に支障が出るとすぐに振り払う。今は相手を無力化させないと。もし吸血に思考を乗っ取られていたら取り返しのつかない事になる。足を止めてしっかりと目標に焦点を定める。

 「<展開、千棘のゲイ・ヴォルグ、対象設定完了> ……穿て!」

 蒼い槍が出現した。重ねて弾幕を敷き、総出撃の合図を送る。再度振られた致死の雨。分かりきってはいたが悉く切り落とされていく。男の顔には余裕という文字が張り付いている。ただ油断という文字は何処にも見当たらなかった。

 私の槍が、男が弾丸を捌く最中流星の如く空気を突き破っていく。勿論、相手がこれを察知しない筈がない。短剣が一つを除いた全ての私の魔術を払いきった。男は最後の一つも同じ霧散する運命に帰させようと一つの剣先を槍に向かって突き出した。

 槍と剣がぶつかり合う。均衡は一秒しか保たれなかった。

 男が地を転がりながらも懸命にその場から一センチでも離れようと退避する。彼自身の手によってばら撒かれた短剣が彼の肉体を削っていくのが視覚で捕らえたが、相手に傷を負わせられた喜びよりも、あと一歩だった事に対する口惜しさで胸中を満たされた。

 槍が衝撃を感知した僅か一秒五〇後、男が回避を選択し実行した〇秒八二後、長細い蒼き棘、数にして百近くが開花するかの如く生えてきた。槍だったものは未だに速度を速めながら工場の一角へと消えていった。体に幾つか新たに身につけてしまった血塗られた装飾に男は顔を顰めつつもその巨体を起こす。魔力の供給を絶ったのか、装飾品が霧が晴れるように消える。

 「見事だよ。美月、俺としては合格とでも言い渡して山奥に篭りたい思いだ。済まないな。この暗示、どうも解けなくてな。正直自我を保っているだけできつかったりする」

 「きついとは言っても、随分遊んだではありませんか。そもそもあなたが辛いなんて泣き言を発する事自体、私にとって驚きです」

 「……その様子、もう気づいたのか」

 「数年間ご無沙汰しておいて謝罪も無しだなんて、淑女に失礼ではないですか? 師匠」

 「その言い方。神楽月と結城にそっくりだ。影響を受けたというか、汚染されたというか」

 「あなたも人の事は言えないでしょう。言わなくても分かるとは思いますが、まだあなたが正気であるか否か疑っているんですよ?」

 「教育がしっかりなされているようで何よりだ」

 「さて、歓談もここまでにしておきましょうか。この雰囲気の中、相方を一人で置いておくのは少々酷なので」

 男は苦笑すると、いたずらがばれてしまった幼い子供のような表情で先程の自分の所業を話した。

 「実はな、さっきそこの坊主が短剣を撃って来ただろ?」

 「えぇ」

 「つい本気で対抗してな、あいつの頭のど真ん中に弾丸を飛ばして」

 「そのまま気絶してしまったと」

 呆れた態を装って私は大きく溜め息を吐いた。

 「仕方のない人ですね」

 「性懲りもないんでな。そこで一つ提案したいことがあるんだけれど」

 少し間を空けて、男――至は言った。

 「改めて訊ねる。俺と手を組んでルイスを討伐しないか」

 一陣の風が頬を撫でた。

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