第七章 学会
ミユキは初めての学会報告に一計を案じます。
どうなることやら?
学会の日程を考えると、年末までには論文と発表スライドを作らないと間に合わない。実験は成功したが、ミユキはそのまま報告するのではなく、ここで一計を案じた。
この実験結果をそのまま報告するとかなりセンセーショナルになる可能性が高い。緑の色が残る状態では人間への適用は反対されてしまう。そこが対策されるまでは世間に触れさせてはいけない。今回の論文は検証結果を取りやめて理論構成だけで済まそう。それなら若い研究者の単なる絵空事と思われるだろう。
それに、小出しにすれば来年の学会発表に困ることもない。次は薬品の製法だけでも論文はかける。そうすれば、それだけ大学に長く在籍できる。
ミユキは教授を説得して、「動物における炭酸同化機能の可能性検討」という題で適用理論だけの論文を提出した。
学内の審査も完了して、あとは学会に行くだけだ。ミユキは事故以来再び飛行機に乗った。
成田発ローマ行きJAL便、今度はアンカレッジ経由、史郎さんの眠る地は通らない。
しかも今回は一人ではない、山崎教授も、津田助教授も一緒にいる。頼もしい。だが、ローマに着くまで一睡もできなかった。眠るとまた何か起きそうで怖い。
ローマからミラノまでは鉄道で向かう。ホテルは会場のミラノ生科大学のすぐそばにあった。たくさんの大学が集まる良い環境だ。史郎さんと一緒に来たかった。
教授たちと街まで買い物に出かけた。通りがかりの骨董屋の店先にシンプルなシルバーのリングが光っているのが気になった。サイズはぴったり。気がついたら購入していた。
学会は二日間、私の発表は二日目の午後。それまでは他の発表を聞いて回る。日本語ではないと理解が追いつかない。
いよいよ私の発表になった。聴講席は空席が多い。無理もない、同じ時間に人気のある教授の発表が重なっている。おそらくほとんどがそちらの会場に行っているのだろう。しかし、私には好都合だ。正直あまり聞かれたくはない。
質疑の時間になったが、あまり活発に質問は来ない。当たり障りのない質問がいくつかあるだけで、何事もなく終わった。全く盛り上がらない。
私としては成功だが、学会発表としては最悪だっただろう。教授から、最初の国際学会の洗礼なんてこんなもんだと言われたのが救いだった。
発表の後には、学会主催の晩さん会がある。そこで報告について何か聞かれやしないかとビクビクしていた、そんな矢先のことだった。
「宮園ミユキ先生ですね。」
いきなり日本語で呼びかけられ、びっくりした。
「私はフリージャーナリストの末永仁美と申します。ちょっとお話したいことがありますが、よろしいですか?」
そう言って、名刺を手渡した。
確かにプレスカードを首から下げている。
「はい。何でしょう。」
「ここでは、なんですから、ロビーに行きましょう。」
そういわれて二人は晩さん会場から出た。
いきなり現れた末永は何者か?敵か味方か?
次章で明らかになります。




