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莫迦の真似事ー化け物少女は、無慈悲な邪神の妻となるー  作者: 清澄 セイ


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美しい王子の刃と、醜い化け物の手

 体制を崩したといえど、アレクサンダーは本来リバーシュを狙っていた為デルマの心臓を貫くことはなかった。予想外の出来事に驚愕した彼は、無意識に剣を引き抜こうと力を込める。


「止めろ、今すぐに手を離せ!!」


 まるで雷撃のような咆哮が響き渡り、アレクサンダーの体から力が抜ける。その瞬間にリバーシュは彼を突き飛ばし、デルマの体を背後から抱き止める。左肩口を貫通している剣を抜かず、すぐさま外套を脱ぎ捨てそこに押し当てた。


「う、あ……」


 分厚い外套も寸分立たずに赤黒く染まり、彼女の指先からぽたぽたと血が滴り落ちる。それが地面に血溜まりを作るのを睨みつけるリバーシュの頭には、もはやアレクサンダーの存在など消え去っていた。


 戦場で嫌というほど目にした光景だが、デルマの小さな体に長く鋭利な剣が刺さったままというのはさしもの邪神といえども、歯痒くてたまらない。けれど今抜いてしまえば、大量出血で確実に命を落とすだろう。


 碌に考えもせず行動を起こそうとした当のアレクサンダーは、リバーシュに突き飛ばされ地面に尻餅をついたが、ただぼうっと瀕死の妹を虚な瞳で見つめていた。


 ずっと幼い頃は、口に出せないような残酷な行いを何度も繰り返してきた。ただ好奇心からの時もあれば、鬱憤を晴らしたかった時もある。


 物事つく前からデルマは泣かない幼子であり、それが彼の嗜虐心をエスカレートさせた一因でもあったのかもしれない。


 嫌がりもせず、痛がりもせず、呼べば必ずやってくる。当然のごとく側にいて、いつも濁った色の大きな瞳でこちらを見上げていた。


 分別の効かなかったあの頃とは違い、今ははっきりと認識している。許容を誤れば人は必ず死ぬ、と。


 アレクサンダーがふと視線を落とすと、足元から僅か先に剣が転がっていた。刺された瞬間力が抜けたデルマが落としたそれに、リバーシュは目もくれていない。


 一刻一秒と死に近づいていく婚約者を救う為、髪を振り乱し一心不乱に止血を行っていた。腐っても百戦錬磨の武神ともあろう男が、たかだか女の為に無防備に背を晒している姿を、アレクサンダーは鼻で笑う。


 今ならば、目障りなこの男を簡単に始末できる。此度の件もすべて擦りつけ、妹を傷つけられた悲劇の主人公として、なにもかもが思い通りに運べる。


 そうして今度こそ、デルマを閉じ込め誰の目にも触れさせないようにしよう、と。


 アレクサンダーがゆっくりと剣に手を伸ばしかけた矢先、ぐったりとリバーシュに抱かれているデルマと視線が絡み合う。意識を失っていたはずの彼女が、まっすぐな瞳で兄を見つめていた。


 薄く青白い唇の端から赤く濃い血を一筋流しながら、とても綺麗な顔で微笑む。唇が僅かに動き、なにかを呟いているように見えたその瞬間アレクサンダーの体から力が抜け、ぴたりと時が止まったように指先ひとつ動かせなくなった。


「……思い通りに、死なせてたまるか」


 彼が呆けている間に立ち上がったリバーシュは刺さった剣ごとデルマの体を腕に抱いたまま、どちらに向けているのか分からない台詞をぼそりと吐き捨てると、後ろなど振り返りもせずその場を立ち去った。




♢♢♢

 暗闇にいるはずが、視界はぼんやりと白く霞んでいる。思い通りに動かない体は羽根のようにふわふわと軽くも感じるし、それでいて鉛のようにずしりと思うも感じた。


 デルマは自分が一体どこにいるのか分からず、立っているのか座っているのかさえ認識できなかった。


「私、やっぱり死んじゃったのかも」


 記憶だけはいやに鮮明で、自ら望んでアレクサンダーに刺されたこともはっきりと覚えている。致命傷にならぬよう計算したつもりだったが、運悪く太い動脈でも切れたのだろうかと首を捻った。


 リバーシュがアレクサンダーのはかりどおりに彼を傷付けてしまえば、この結婚は叶わなくなる。かといってリバーシュが負傷しても、それを逆手に取り下らない嘘話を吹聴し、失脚させる算段を組むだろう。


 ああするのが一番手っ取り早く兄を退けられると、咄嗟に思い立った策だった。まさか死んでしまうとは予想外だったがと、デルマは溜息混じりに小さな笑い声を漏らした。


「だけど、これで良かったのかも。私が死んだら、もうリバーシュ様がアレクサンダーに目を付けられることもなくなるわけだし」


 自分がおそらく立っているであろうと仮定して、なんとなく足を前へと進める。不思議な感覚だが、彼女にとってはさして問題ではなかった。


 血相を変えた執事長から「リバーシュが不測の事態に陥っている」と声をかけられた時、すぐに兄の差金だと気付いた。アレクサンダーもプシュケも、昔から人心を掌握する術には長けている。


 普段の執事長の振る舞いを見れば、主人に忠誠を誓っているのかどうかなど一目瞭然であるし、仮に本当に不測の事態だったとして真っ先にデルマに伝える必要もない。


 騙されたふりをして彼に着いていく一瞬の隙に、デルマはレイの手を強く握った。おそらく彼女はなにかを察し、リバーシュの側近であるコリンの元へ向かうだろうと。


 あれだけ大声で叫べば、いずれ誰かが駆けつける。状況から、デルマを刺した犯人はアレクサンダーであると断定されるはずだ。


 予定ではそこに彼女自身の証言も加わり、さらにアレクサンダーを追い詰めることができると踏んでいたが、今さら悔やんだところでど無駄だ。


 まさかリバーシュが仇討ちをするとは考えずらいし、不利になる状況はおそらく生まれていない。


「このまま歩いていけば、いつか天国に辿り着けるかなぁ」


 淑女のなんたるかをすっかり忘れたデルマは、子どものようにぱたぱたと両手を振って歩きながら、好奇心に目を輝かせてあちこちに視線を映す。といってもいまだに感覚は戻らず、どうなっているのかは不確かなまま。


 とりあえず、自分が歩いていると思ったらそれは歩いていることになるのだと、無理矢理結論付けておいた。

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