それぞれの、誕生日の思い出
「コリン様も、どうかお気をつけて!」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
「ふふっ、お礼なんて」
デルマは可愛らしく微笑みながら、コリンを見つめる。普通の令嬢ではないと分かっていながら、彼は思わず目を奪われてしまった。そしてそのまま、自然とこう口にしていた。
――お誕生日、おめでとうございます。
と。
「まぁ、ありがとうございます!」
「い、いえ。差し出がましい真似を」
失言を後悔しても遅いが、コリンは恐るおそる伺うようにちらりと主君に視線をやる。突き刺さる殺気とどす黒い雰囲気は普段と変わりないが、突然目が合ったことに彼の体は一瞬にして硬直した。
「無駄な時間はここまでだ」
「あ、はい!いってらっしゃいませ!」
気付いているのかいないのか、デルマはこの地獄の空気をものともせずリバーシュに向かって小さく手を振る。
冷静沈着で優秀であるはずのコリンは内心冷や汗をかきながら、この令嬢に関わるのは自分の為にならないと再確認するのだった。
その後、リバーシュが屋敷を出たことを確認するや否や、デルマの周りにはたちまち人が集まる。使用人たちに対しても屈託のない笑顔を惜しみなく振り撒き、他愛ない話にも大仰に反応してみせる。誰もが彼女の美しいドレス姿を褒め、祝詞を口にした。
(リバーシュ様からはなにもなかったけど、まぁいいか)
普通の令嬢であれば、仮にも婚約者から「おめでとう」のひと言ももらえないことに不満を漏らすだろう。それをしないデルマは、気遣いのあるいじらしい女性として映る。
本心では、ただ気にしていないだけ。誕生日など誰からも祝福されたことがないし、異母兄であるアレクサンダーからごつごつとした新しい皮の首輪を贈られる、あまり好ましくない日という認識しかなかった。
実の母親でさえ、彼女の誕生を憎みながら死んでいったのだから。
「ねぇ、レイ。あなたは、毎年お誕生日にはなにをして過ごすの?」
ふと、やや後ろを歩くレイに尋ねる。
「私ですか?私の家は、個人の誕生日を盛大に祝うという風習はありませんでしたので、食卓が普段よりも少し華やぐというくらいでしょうか」
「あら、そういうものなの?」
「もちろん、その家によって様々でしょうが……」
デルマの他愛ない質問に、彼女の顔が僅かに曇る。男尊女卑の思考が強いこの国で、三姉妹の末ということもあり、レイの誕生日は特に軽んじられていた。
美しいドレスに身を包むデルマを見て、嫉妬心が湧かないかと言われれば嘘になる。きっと自分とは違い、今までも盛大に祝福されてきたのだろうと。
好きなものを好きなだけ与えられ、褒められ、慈しまれる。レイが感じたことのない温かな愛情を、デルマは惜しみなく注がれて育ってきたに違いない。
「私の家は、デルマ様の足元にも及びません」
「私の家、ねぇ」
そう言われると、確かに。アレクサンダーはもちろん、プシュケの誕生日パーティーも盛大に行われていたような気がすると、デルマは頷く。それが自身に向けられなかった事実を、彼女が妬ましく感じるはずもない。
「ご主人様に進言してはいかがでしょうか?」
「やめておくわ、こんなことで手を煩わせたくないから」
「ですが、せっかくの佳き日ですのに……」
デルマがあっけらかんとしていることに、レイは驚く。てっきり、祝う気がないリバーシュに少なからず不満を抱いていると思ったからだ。
「リバーシュ様の婚約者といえど、私は敵国から来たのよ?それを“佳き日”と言ってくれるなんて、あなたは懐が広いのね」
「今の私は、デルマ様の専属侍女です。主人の誕生日を祝うのは当然です」
「嬉しいわ、レイ」
まさか自分が、アンダールの人間に対し好意的な感情を抱く日が来ようとは。彼女は本心から、デルマを見つめながら微かに頬を染めた。
「あなたが素敵に仕上げてくれたし、今日は存分に見せびらかしながら屋敷中をお散歩しようかしら」
「もちろん、お供いたします」
「それからアフタヌーンティーには、二人でケーキを食べましょうね。リバーシュ様には、内緒で」
悪戯っ子のように微笑むデルマにつられ、レイもふわりと肩の力を抜く。
(参考にはならなかったけど、まぁいいか)
などと失礼なことを考えながらも、彼女は人懐こくレイの腕に自身のそれを絡めるのだった。




