エピローグ6 ぼくとセンパイと暁のきみと
……【大怪蟹】との戦いに勝利し、見事池袋を救った灯夜たち。長い苦難の一日は終わり、一行は無事学園へと帰還したのだった。
そしてこれは、その翌日から始まる後日談である――――。
『――――そっちはどう? 居た?』
『ダメ。テナント街には来てないっぽい』
『駐車場にも居ないわ。聞いてみたけどそれらしい人は見ていないって……』
“風の糸電話”を伝わって届くみんなの声。聞く限り、進捗は芳しくない。
「愛音ちゃんはどう?」
『おう、見てる分には動きはねーな。飛んで逃げようとしてたらソッコー捕まえてやんだが……』
箒に乗った愛音ちゃんは空からの捜索担当だ。ちなみに樹希ちゃんはお仕事で不在……間が悪いとはこのことか。
「ミイナ先輩……いったいどこへ行ってしまったの!?」
――――ぼくが彼女の失踪を知ったのは、放課後みんなと帰りはどこへ寄り道していこうかとのんびり話していた時だった。
「今病院から連絡があったの! ミイナが病室から消えたって……携帯も置いて行ったみたいでこっちでは追跡できないのよ!」
蒼衣お姉ちゃんからの突然の電話。それは不知火ミイナ先輩が病院を抜け出し姿をくらませたという知らせだった。
「そんな、先輩が……」
池袋での激しい戦いのさ中、ぼくの説得に応じて力を貸してくれたミイナ先輩。「お前たちの仲間になったつもりはない」――――たしかにそう言ってはいたけれど、ぼくは信じていた……彼女はこれからもみんなの心強い味方になってくれる、と。
それがこんな事になるなんて。ぼくが思っているほど、先輩は心を開いてくれてはいなかったのだろうか?
「出入口をチェックした限りまだ学園の外には出ていないはず。悪いけどアンタ達も探すのを手伝ってちょうだい!」
こうして、ぼく達の放課後は行方不明のミイナ先輩の捜索に充てられることになったのである……。
◇◇◇
ぼくは変身して学園上空から状況を俯瞰しつつ“風の糸電話”の術で情報を中継、共有する要の役割を受け持っていた。
携帯電話では一度に一人としかやり取りができないので、多方向からの情報を迅速に精査するにはこの術のほうが適しているからだ。
魔法少女になり立ての頃はひとりふたりと繋ぐのが限度だったけれど、今では五、六人までなら同時に通話できる。ぼくも成長したものだ……けれど、それだけであっさり状況が好転するわけじゃない。
お姉ちゃんからの電話の後、ぼくは捜索に協力してくれる親切な有志を募った……最初は先輩と面識のある子だけに声をかけるつもりだったけど、思った以上に「手伝うよ!」という申し出が多かった。嬉しいことだ。
幸い先輩は目立つ容姿の人なので、だいたいの特徴を伝えれば捜索に支障はないだろう。
だが、そんなプチ人海戦術をもってしても不知火ミイナの行方は杳として知れなかった。これだけ探して見つからないのでは、先輩はもうとっくに学園の外へ出ている可能性も――――
『そうだよとーや! もうトックに逃げられちゃったんだよ!』
「でもしるふ、学園のセキュリティは四月の事件の後に強化されてるんだよ? 敷地を出入りすれば必ず保安システムに引っかかっちゃうんだから」
とはいえミイナ先輩も術者。術を使ってこっそり脱出したのでは……いや、先輩の術はそもそも隠密性ガン無視の派手なものばかり。誰にも知られずに学園から抜け出すのはどう考えても無理だ。
「何か、見落としているんだ……そもそもミイナ先輩はなぜ今になって脱走したんだろう?」
蒼衣お姉ちゃんの話によれば先輩の経過は良好で、数日前には包帯も取れて自由に動けるようになっていたという。彼女が傷が治るのを待って脱走を試みた……というのはぼく的にはありえない考えだ。
彼女の性格上、脱走すると決めたのなら即実行に移すはず。傷の状態などお構いなしに飛び出し、決別を果たしていなければおかしいのだ。
「逆に、今まで脱走しなかった理由は何だろう? 先輩は嫌な事を我慢したりはしない人。けれど彼女は今日までおとなしく入院して――――」
不意に、天啓めいた電流が脳内に閃いた。自分が死ぬ為の戦いを止め、再び誰かの為に生きる道を選んだ彼女が向かう先。それはきっと……
「分かったぞ……ぼくが見落としていたものの正体が!」
◇◇◇
――――学園の敷地内の大半を占める深い樹海。その中にひとつ、ぽっかりと開けた空き地があることを知っている者は少ない。
「……フッ、そろそろ来る頃だと思っていたぞ」
この場所を知っているのはぼくが知る限り、ぼく自身と彼女だけだ。
「やっぱりここだったんですね、先輩」
空き地の真ん中に横たわる土管に腰掛け、子猫たちがたわむれる様を眺めていたのは……不知火ミイナその人だった。
「前にミルクをやってからずいぶん間が空いちまったんでな。気になって来てみたが……杞憂だったようだ」
そう言った先輩の視線の先には、皿に盛られたキャットフードが。ぼくが折を見て補充していたものだ。
「しばらく見ない間にずいぶん育っている。もうミルクじゃあ足りんか」
ふふっ、と微笑むミイナ先輩。そう、彼女は逃げたのではない……ただここの猫たちが気になって抜け出してきただけだったのだ。
「突然いなくなるから心配したんですよ? みんな先輩が学園から出ていったって大騒ぎで……」
「フッ、さすがに信用が無いな。まああんな事があった後だから当然か……心配せずともあたしは学園にいる。少なくとも卒業するまではな」
……そこでぼくは先輩としばらく言葉を交わした。彼女は卒業までにいくつか資格を取って、フリーの術者として独立するつもりだという。
「今更妖と戦うのを止めるつもりはないし、かと言って誰かに使われるのも気に食わん。あたしはあたしで強くならなきゃならんのさ……一人でも、まっとうに生きていく為に」
不知火ミイナの戦いは終わってはいない……けれど、それはもう自分を終わらせるためのむなしい戦いではない。
「応援します、先輩」
「ああ。とりあえずはお前に追い越されんよう精進しないとだ」
「えぇっ!?」
思わぬ返しに当惑するぼくの姿に、柔らかく微笑むミイナ先輩。
「そうすればいつか……いつかまた、サラーヴの奴も口を聞いてくれるだろう。不知火ミイナは戦い抜くさ。その日が来るまで……な!」
――――こうして、この人騒がせな逃亡劇は幕を閉じた……かに見えたのだが、この話には続きがあった。
そう。逃亡者は一人ではなかったのだ。
『起きよトウヤ! わらわが来てやったぞ!』
「……ん、むにゃむにゃ……って、えええっ!?」
突然の念話に、ぼくは文字通り飛び起きた。困惑しながら時計を見ると……午前四時!?
『窓の外ぞ! 早く開けぬか!』
「窓の外ってここ二階……って、あっ」
慌ててカーテンを開けると、窓の外にはコウモリのような羽根で浮遊する暁煌の姿があった。
「暁煌、自由になれたの? それにしたってなんでこんな時間に……」
「残念だがまだ囚われの身ぞ。わらわは故あって抜け出して来たのだ」
暁煌の身柄は学園のトップである一総ノ宮家の管理下にあったはず。これはあれか……夜陰に乗じて脱走してきたって事!?
「あの連中、中々厳重に閉じ込めおってからのう……抜け出す好機をうかがうのには少々難儀したわ。あと、この刻なのはこの刻にこそ用があるからぞ」
「この刻?」
「いいから窓を開けよ。ここからではよく見えぬ!」
言われるままに窓を開けると、暁煌はいきなりぼくの襟首をつかんで外に引っ張り出した。
「ちょ、暁煌!?」
「うむ。なんとか間に合うたな」
彼女はぼくをつかんだまま、そのままひとっ飛びに寮の屋根に駆け登る。
「いったい何なの暁煌! ぼくにはわけがわからないよ!?」
「いいから見よ。東の空ぞ」
暁煌の指さす方向――――それは白み始めた地平線だった。そこに今一筋の光が生まれ……やがてオレンジ色に輝く半円状の太陽が姿を現す。
「暁煌、これって……」
「わらわと共に新たな暁を迎えたい……お主はそう言っておったであろう?」
――――一緒に夜明けを……暁の光を浴びる。ただそれだけの為に、彼女は抜け出してきたというのか!
「暁煌……きみってやつは……」
不意に、涙が溢れた。どうしようもないほど嬉しくて、涙が溢れた。
「ふん、まあ今回の件で囚われの期間は多少伸びるかも知れぬが……そんな事より、お主の望みを叶えるほうが大事だからのう」
地平から少しづつ昇っていく太陽の、まばゆい金色の光に照らされて……彼女の美しい金髪がひときわ豪奢に煌めく。
「安心して待っておれ。わらわは必ずお主の元に戻ってくる……この暁に誓って、必ずの」
――――ぼくは今、ようやく実感できたかもしれない……自分が選んだ道が、間違いなく正しかった事を。
ぼくの選択が、ここで微笑む彼女の笑顔を守ったんだ。
「ありがとう、暁煌」
「よい。お互い様ぞ」
「……って、とーや! またアタシにだまって別のオンナとー!!」
突然乱入してきたしるふによって、早朝の静謐な空気は瞬時にかき乱される。
「とーやと最初にケーヤクしたのはアタシなんだから! ドロボー猫は引っ込んでろだヨ!」
「言うではないか、このチンチクリン妖精めが!」
顔を合わせた途端に始まる騒がしい言い争い。これからは、これも日常の光景になっていくのだろうか?
「まあまあ、二人とも……」
東の空からの暖かい光を背に浴びながら、ぼくはこの状況をどう収拾したものかと思索に暮れるのであった……。
「魔法少女ですが、男子です! ~最強カワイイ男の娘魔法少女は妖怪退治をがんばります!?~」
一期シリーズ――――完。
――――二期シリーズに、続く?
突如、完結!
六篠壱岐先生の次回作にご期待ください……m(_ _)m
……経緯については執筆後記に書きましたのでご一読頂けると幸いです。




