確かな気持ちと見えない絆4
「僕には兄妹が居ません。だから、託真君の抱いている感情を理解できないんです。良いとか悪いとか、好き嫌いの問題ではなく、単純に共感できません。血の繋がりでいえば、僕が母親を好きだと言っているのも同じでしょうけれど、それはただの妄想でしかありませんよね。僕個人の話しで言えば、お二人が納得しているのであれば口を出さなかった。僕が口を閉ざすことで問題が起きないのであれば、それでもよかった。でも、そうじゃないんです。このままじゃ、いけないんですよ」
思いを吐き出すようにして言った言葉からは、苦みのようなものが感じられた。そしてようやく、滝椿もまた、俺と同じく苦しみ悩んでいたのだと知った。
滝椿の行動の根源には俺と穂乃香の身を案じ、どうすれば正せるのかを考え実行してきたのだろう。それが、滝椿を疎ましく感じた理由だったのかもしれない。
仮に、出会い頭にそう聞かされていれば煩わしいと思っただろう。余計なお世話だと一蹴したかもしれない。
浅はかだった自分を恥じたい。俺の為に、穂乃香の為に、今まで無理をしてきた滝椿を軽視していた。狭い視点でしか見れていなかった。
でも――。
滝椿が俺たちの為に親身になって考えてくれていたとしても、俺の意志も想いも変わらない。滝椿は自身の正しさを貫こうとしている。俺の行動に正しさはないけど、それでも、穂乃香を想う気持ちは正しさで無くせるものではない。そんな単純には出来ていない。
「お前の言うことは正しいと思う。俺は今まで曖昧な環境に甘えて目を逸らしていた。言ってくれなければ、俺は自分の置かれている状況を理解できなかった。兄妹である事実を直視できなかったと思う」
認めたくなかったから。認めてしまうのが怖かった。
「実感はまだないけど、妹が好きなのって他人から見れば気持ち悪いことなんだよな。それを知らないまま、穂乃香を傷つけるところだった。感謝している。言いづらいことをちゃんと言ってくれたこと」
でもさ、と俺は続けた。
「俺は穂乃香が好きなんだよ。妹でも好きなんだよ。この気持ちを無かったことには出来ないんだよ。このままの関係が良くないのもわかってはいる。でも、気持ちは抑えきれない」
あの日、夕暮れの橋の上で穂乃香が言っていた。滝椿が感じたように、気持ち悪いと言った人のように、隠そうとしても伝わってしまうこともある。
ある程度はフィルターで誤魔化せていたのだろう。兄妹間の恋愛なんて物語の中でしか無い話。想像できたとしても現実味はない。あるはずがない。そういった認識があったからこそ、大多数の人には見えなくなっていた。
「穂乃香と距離を置いている間、何度も思い知らされたよ。俺は、穂乃香が好きで、穂乃香の隣にいたいって。誰にも譲りたくないし、誰にもとられたくない。例えこの先、俺と穂乃香の関係が恋人じゃないとしても、ずっと隣にいたいって、そう思ったんだよ」
この感情に嘘もなければ誤魔化しもない。純粋に穂乃香を想っているこの気持ちが、間違いだとはもう思わない。
「以前話した通り、お二人が兄妹である限り誰も幸せになれません。もう一度質問します。穂乃香さんの幸せを奪うことになりますよ」
これが最後だと言うように、滝椿は言った。答えは出ている。
「穂乃香の幸せがどんなものかは知らない。でも、俺が好きでいることで不幸になるのなら、そうならない方法を探せばいい」
「ありません」
滝椿は一切の考慮もなく言った。
「血が繋がっている限り誰も認めてはくれません。事実を知った人は必ずあなた方を迫害します。好き嫌いの問題ではありません。本能が拒絶するんです」
「例えそうだとしても、公言しなければ済む話だ。周囲の人は俺達を兄妹だとしてしか見れない」
「いいえ。現にあなた達を怪しむ人はいます。託真君も言いました。隠そうとしても気持ちは隠せません」
「なら、お前ならどうする?」
「諦めます。それが託真君の為であり穂乃香さんの為です」
滝椿の中にも確固たる答えがある。俺と穂乃香が結ばれる先の話に意味はなく、考えることもない。
「悪いけど、諦めるつもりはない。滝椿が何を言っても変わらないんだよ」
滝椿の言葉には重みがあった。話に矛盾はなく、私見は含まれていない。正し過ぎて反論も出来ないけれど、それは自分ではない他人の話だからだ。感情は思い通りにならない。
保健室で眠る穂乃香の顔を見た瞬間に、この心は定まった。この気持ちだけは消せない。
「わざわざ苦しい道を選ぶ必要はないんですよ? 一つの想いを忘れれば、普通でいられるんです。誰に隠すことも、憚れることもなく、後ろめたい気持ちになることはないんですよ?」
それでも、滝椿は懸命に説得を続けている。
「今更だよ、滝椿。俺はずっと、誰にも打ち明けずに隠してきた。それに、今は後ろめたいとは思わない」
「今はそうかもしれません。でもこの先、あなた方を批判する人が現れないとも限りません。その人が悪意を以て言いふらしたりすることもあり得るんですよ? その時に後悔しても、もう遅いんです。何処に逃げてもその事実は必ず、あなた方を追いかけてきます」
そうかもしれない、と思った。浅はかな俺よりも、滝椿はこの問題について深く考えてくれている。
「逃げたくはないかな」
そっと、顔を横に向けて、屋上から見える街並みに目を向けた。この街には沢山の思い出がある。友人もいる。なりよりも両親がいる。この想いを突き通す為に大切なものを捨てなければならないとしたら、俺はどちらも選べない。
「無理なんだよ、滝椿。自分勝手だけど、穂乃香を不幸になんてしたくない。だけど、この想いも捨てられないんだ」
あの時、俺は捨てる決意をしたわけじゃない。単純に穂乃香の傍に居たいと願った。そうしたいと強く思った。だから、滝椿の言うような選択は出来ない。そこまでに達していない。




