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ふれられないもの  作者: 柳
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決断ゆえに17

 

 ここ数日の間だけでも色んな人から色々なことを言われた。 


 夕貴は、俺と穂乃香のことを考えて、もう一度話そう、と言ってくれた。雪花は穂乃香のことを心配して、それでいいの? と訴えかけてきた。栗崎は、俺が穂乃香とお似合いだと言い、成瀬は俺の苦しみを共感してくれた。


 みんな、俺と穂乃香のことを考えてくれていた。みんな、それぞれの思いがあるのだと知った。心配してくれていた。気遣ってくれていた。でも、それが鬱陶しくて、同時に申し訳ない気持ちにさせられた。


 それでも、誰に何を言われても動じられない。事実は何一つ変わってはいない。だからこのまま、不自然な距離感を保ちながらも、時間とともに自然と良い形に収まっていくのだと思っていた。


 俺はまだ、自分を知らなかった。心と体と頭は繋がってなんかなくて、それぞれが個別の意思を持っているのだということをわかっていなかった。あれだけ思い詰めて、自分の気持ちを押し込め、悩んで、隠して、見ない振りを続けようとした決意はたった一言で崩れてしまった。


 〝穂乃香ちゃんが倒れた〟


 夕貴に言われた瞬間、頭の中にあった言葉が消えた。顔を上げると心配そうな顔で夕貴が何かを言っていた。上手く聞き取れないのに、胸の騒めきはだんだんと大きくなっていた。


 俺は席を立ち、逸る気持ちを抱えたまま教室を飛び出した。体調の悪さなんて忘れて、最短距離を全速力で駆け抜けていた。


 保健室のドアを勢いよく開けると、椅子に座っていた先生が驚いた顔で俺に何かを言っていた。心音と呼吸音が大きくてうまく聞き取れない。


 保健室にはベットが三つあり、一番窓際のベッドだけカーテンが引かれていた。足早に近づき、カーテンに手を掛けてて引くと予想通り穂乃香が眠っていた。


 ベットの脇まで移動して穂乃香の傍で立ち止まる。顔色は青白く、目元は薄っすらと赤くなってた。以前よりも少しだけ痩せたように感じる。そして何よりも疲れた顔をしていた。


 そっと手を伸ばして穂乃香にふれた。手のひらから伝わる温かさは何も変わっていなくて、酷く懐かしくて涙が出そうになった。頬に当てていた手を少し下げて、そっと人差し指で唇にふれた。優しく線を引くように撫でると胸が熱くなった。


 穂乃香はここにいる。そう思えた途端、全身の筋肉が緩和したようにガクンと力が抜け、ベットの淵に手を置きながら近くにあったパイプ椅子に腰を下ろした。


「過労と貧血。休めばすぐによくなるわ」


 背後で先生が言った。


「心配なのはわかるけど、保健室のドアは静かに開けてね。驚いたんだから」

「すいません。焦っていたみたいです」


 近くで会話が交わされても穂乃香は静かに眠っていた。せめて、疲れがとれるまで目を覚まさなければ、と思う。


「あなたも具合悪そうだけど? ベッドなら余ってるから休んでいったら?」

「平気です」

「そう? ならいいけど。辛くなったらいつでも言ってちょうだい」

「ありがとうございます」


 背中を向ける先生に軽く頭を下げた。本音を言えば今すぐにでも横になりたかった。全身がずっしりと重く、思うように力が入らなくなっている。頭もどこかぼんやりとするような感覚が確かにあった。引き始めの風邪のような症状。でも、今だけは穂乃香を見ていたかった。離れたくなかった。


 ――――


「来ていたんですね」


 しばらくして滝椿がやってきた。授業中にも関わらず穂乃香の為に駆けてくれたらしい。授業があるのは俺も同じだが、先生は何も言わなかった。それに甘える形でここにいる。


「ちょっと前にな」

「そうですか。倒れたと聞いて驚きましたけど、それほど心配はいらないようですね」


 滝椿はベットの反対側に回り、遠慮がちに穂乃香の顔を見ると、すぐに俺へと視線を逸らした。


「過労と貧血らしい」

「きっと、目に見えない疲労が溜まっていたんですね」

「そう、だな」

「託真くんはこれからどうしますか? 僕が代わりましょうか?」


 そうするのが当然だと言うように滝椿は提案した。決して傲慢には聞こえない。それは穂乃香にとってではなく、自身の感情を優先しているのでもなくて、ただ、俺だけを配慮して言ってくれていると思えた。滝椿は変わらない。一貫して、傍に居られない俺の代わりをしようとしている。そこに一切の邪な感情を交えていない。


「……いや、もう少しこのままで」


 穂乃香の傍に居たい気持ちを素直に口に出来た。それでいいと思えた。滝椿はしばらく黙った後、静かに言った。


「そうですか。わかりました」


 滝椿は背を向けてドアの方に向かった。その背中に向けて俺は言った。


「今日の放課後、少しだけいいか?」


 呼び止めると足音が止まった。滝椿は振り返ることなく、


「はい、構いませんよ。僕も話したいことがあるので」


 それでは、と言って保健室を出て行った。何も言うことなく、何も問わず、あっさりと俺が穂乃香の傍に居ることを許した。離れるべきだと頑なに言っていた滝椿にしれみれば不自然な行動だった。もしかすると、滝椿は気付いているのかもしれない。


 それも後で話せばいい。話し合う時間も、悩む時間も、これからたくさんあるのだから。穂乃香は相変わらず疲れた表情で眠っている。それでも、傍に居られるこの時間が大切だと思えた。そう穂乃香の手を握りながら思う。


 俺は、穂乃香のことを忘れられない。好きな気持ちは隠せない。考えないよう努力をして、頭も心も空っぽにしてきた。そう思い込んでいた。


 ずっと穂乃香の事を考えていた。だからこんなに苦しんでいた。離れられないのは俺の方だった。


 改めて思う。


 穂乃香が好きだ。ずっと前から好きだった。この気持ちは絶対に消えない。


 社会は、世の中は俺達の関係を許さないだろう。でも、傍にいたい気持ちは押さえられない。


 この気持ちを抱えたまま、穂乃香が不幸にならない方法はまだ見つかっていない。振り出しに戻っただけなのだろう。


 だからこそ、俺はもう迷わない。


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