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ふれられないもの  作者: 柳
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決断ゆえに14

 

 嫉妬心と未練を抱えたままの状態で知り合いに会いたくなくて、帰路から離れた道を歩いた。目的地はなく、住宅街を彷徨った後、小さな橋の上で川の流れを眺めてた。


 人気はなく、寂しい場所ではあったが、独りになるのに丁度いい場所だった。


 橋の欄干に両腕を乗せ、川の流れを追い続けた。やや濁った川にも小魚がいるらしく、水中を動く生き物に目を向けた。パンでもあれば喜んだろうに、そう上手くはいかない。


 時間は余るほどある。近くのコンビニで食パンでも買ってこようか。そうすれば、この無意味な時間も無駄ではなくなるだろう。そう思い、俯きながら歩き出せば、正面に誰かの気配を感じた。


「たく」


 懐かしい声が耳を打った。心の奥底に響く心地いい声。その声に誘われるように顔を向けると、案の定、穂乃香が立っていた。


 咄嗟に言葉が出そうになり唇を噛んだ。血がにじみ出るほど強く。気の所為ではなかった。帰路から離れたこの場所を、この短時間で見つけるはずがない。穂乃香はあの場所から、俺を追ってこの場所まで付いて来た。走ってきてのか息遣いは荒く、額に汗を浮かべていた。


「最近どうしてるの? ちゃんと食べてる?」


 何を言われても、穂乃香の問い掛けに答えるつもりがなかった。どう答えたとしても、穂乃香を心配させてしまいそうだった。些細な言葉が穂乃香を傷つけてしまうかもしれないと思えば口が重くなった。だから、黙っていることしか出来なかった。


 穂乃香は、本気で俺を心配しているのだろう。今までに無断外泊の経験はなく、食事は穂乃香と一緒だった。自分のことよりも俺の健康面を気にしてくれていたから、今どうしているのかが気になっているのだろう。


 でも、俺が話さないから、穂乃香も続く言葉を見失う。喧嘩はあっても、こうした気まずさに経験がない。だから、どうすればいいのかもわからない。


 そっと穂乃香を見た。困った顔をしていた。どうにかしたいと思った。でも、どうすればいいのかわからなかった。


 胸が苦しくなっていく。これ以上、心配は掛けまいとこの場所から離れようとした。


「私は、託真がいないと駄目なんだよ?」


 でも、穂乃香は俺を引き止めてしまう。強引に立ち去ろうとしても、穂乃香の震える声が俺の足をこの場所へ縛り付ける。


「私に悪い所があったら治すから。怖くても不安でも、頑張るから。だから、お願いだから、傍にいて」


 穂乃香は泣いていた。それでも、ちゃんと言葉にしていた。


 そうじゃない。そうじゃないんだと、言いたかった。俺たちが離れないといけない理由は、そうじゃないだろ。


「好きなの」

「どうして……」


 ふっと、心の声が漏れだした。一度、言葉に出来れば後は簡単だった。


「どうしてお前は、俺を困らせようとするんだ!」


 俺は穂乃香を睨み付けていた。ありったけの怒りを穂乃香にぶつけた。それでも、穂乃香は怯む事なく、澄んだ瞳で俺を見つめていた。


「どうしてわかってくれない。俺とお前は兄妹だ。これ以上一緒にいちゃいけないんだ。何度も言った! どうしてわかってくれない」


 伝わるまで、穂乃香が納得するまで言い続けないといけないのか。


 この話が話題になると胸が苦しくなった。辛いから、一度で済ませようとした。だから、距離をとった。なのに、穂乃香はまた同じことを繰り返そうとする。それは、残酷ではないか。


「兄妹での結婚は法律で認められてない。恋愛は自由かもしれないけど世間体がある。想い合っていても、駄目なものは駄目なんだ。この世界はそうなっているんだよ。俺と一緒にいると、穂乃香は幸せになれない」

「勝手に決めないで」


 久しぶりに聞いた穂乃香の冷静な声。強く真っすぐな意志。穂乃香の頑固さ。


「私の幸せは私が決める」

「それじゃあ、駄目なんだって。誰にも知られず、友達にも親しい人にも隠して、それでいいはずがないだろ? もし、俺たちのことを話して理解してもらおうとしても、全ての人が認めてくれることはないんだ。認めてくれた人だって非難を受けるかもしれない。誰か一人でも不幸になれば、俺たちが幸せになれるはずがないだろ?」

「でも、気持ちは抑えられないよ? 好きな気持ちは、無かったことには出来ないよ。この気持ちを無視して、託真は幸せになれるの?」

「そうじゃない。気持ちの問題じゃないんだ。今後の、未来の話をしているんだよ」

「私は、託真と離れるくらいなら、未来なんていらない」

「ふざけるな!」


 話が食い違っている。俺の言っていることは正しいはずなのに、穂乃香は認めてくれない。これ以上、耐えられない。だって、穂乃香の言葉が、嬉しいって思ってしまうから。決心が、揺らいでしまいそうで怖くなる。


「駄目だって言ってるだろ。駄目なんだ、わかってくれ」


 頼むから、と言うつもりが、言葉にならず口のなかで消えていった。


「託真の言っていること全然わからない。誰よりも託真が好き。今も、この先も、ずっと思い続けてきたこの気持ちは絶対になくならない。この気持ちを無視したとしても、私は幸せにはなれない」

「わからないだろ。人の気持ちなんて時が経てば変わる。今は……好きでも、何れは忘れることもある。それまで待てばいい。だから距離を空けようって――」


 そっと、穂乃香が何かを俺に差し出していた。それは夕日に反射して輝いていた。


「私と託真は、一緒にいないと幸せになれない」


 ポケットから同じ物を取り出す。ピンク色の二葉。これを持っているふたりが傍にいれば幸せになれる。そんなおまじないを穂乃香が言っていた。


「そっか……これがあるからいけないんだよな」


 俺はキーホルダーを握り締め、躊躇うことのないように、力のかぎり川に向けて投げた。放物線を描いたキーホルダーは夕日を反射しながら水の底に消えていった。


「ごめん」


 そう言い残し、穂乃香に背を向けて走った。


 ――――


 誰にも会いたくなくて、出来るだけ遠くへ行きたくてバスに乗った。何処へ行こうかと窓の外を眺めらながら考えた。しかし結局のところ、行ける場所なんて限られていて、次に停車した場所に降りた。


 もう、日が暮れている。薄暗い石段を上り、父さんと母さんが眠る場所の前まで来た。逃げられる場所がここしかなかっただけだ。


 墓の前で手を合わせ目を閉じた。命日以外でここに来たのは久しぶりだった。父さん、母さん、と心の中で言葉を伝える。


 俺は間違ってないよね? 


 ちゃんと出来てるよね? 


 これでいいんだよね? 


 約束、守れててるよね?


 答えてほしいよ……。


 どうして俺の傍にいてくれないんだよ。


 もう、疲れたんだよ。


 俺は墓の後ろに回り、墓石に背を預け座った。頭の中がぐちゃぐちゃだった。一つ一つの言葉があっちこっちに置いたまま放置されている。考えれば考えるほど苦しくなる。だから放り出した。


 逃げたんだ。何もかもから。


 顔を上げると、綺麗な星空が広がっていた。何時間も眺めていた。眺めている時は何も考えなくてよかった。世界に俺だけしかいないようだった。そして、ゆっくりと目蓋を閉じた。


 ねえ。父さんが生きてたら俺を褒めてくれるのかな? 母さんが生きてたら俺を励ましてくれるのかな? ほんの少しだけでいいから答えてくれよ。


 もうわからない。あの時の決断が正しかったのか。これからどうすればいいのか。


 だから……。








 ごめんなさい。

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