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ふれられないもの  作者: 柳
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決断ゆえに5

 

「大切な話なんだ。俺たちの、今後の話をしないといけない」

「ごめんね。今は手が離せないの」 


 穂乃香は台所で料理の支度をしていた。忙しいのだと言うように世話しなく動いている。一度も、俺と目を合わせない。


「今日は唐揚げにする予定だから……時間が掛かるから、だから、話はまた後でにして」


 穂乃香は、俺の話を聞くつもりがないのだとはっきりとわかった。料理をしているから忙しいのではなく、話を聞けない理由として料理をしている。言葉ではなく行動で拒絶している。俺が何を話そうとしているのか薄々気付いているのかもしれない。それでも、話をしなければならない。例え、穂乃香が話を聞くつもりがないとしても。


「俺たちは、これ以上一緒にはいられない」


 遠回しでは穂乃香は振り向きすらしない。依存しているとか、誰かが傍にいなければいけない、そんな〝後付け〟では伝わらない。それだけなら、穂乃香の努力次第で変われたことなのだろう。今までのようにはいかなくても、俺が隣にいても改善できたことだと思う。


 雪花や栗崎には言えなかった本当の意味で穂乃香と離れなければならない理由。いずれ話さなければならないのであれば後でも最初でも変わらない。


「どうして?」


 穂乃香は食材を持ったまま動きを止めた。


「俺たちは兄妹だ。血の繋がった家族だ。一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて、同じ屋根の下で寝るだけなら問題なかった。そのままの、兄妹としての関係なら何もなかったんだ。それが、曖昧になってるんだよ。このままだと取り返しのつかないことになる」

「そんなことないよ」


 感情の無い声で穂乃香は言った。


「曖昧ってなに? 兄妹に基準なんてないんだよ?」

「穂乃香。否定しても今は変わらないよ。俺たちは踏み込んじゃいけないところまで来てる。これ以上、進んじゃいけないんだ。わかるだろ?」

「わからないよ。託真が何を言いたいのか全然わからない」


 穂乃香はわかっていてそう言うのだろう。わかっていて目を逸らしているのだろう。“穂乃香からは離れない”と、滝椿も言っていた。だから、俺から身を引かなければならない。


「俺は、穂乃香の隣にいられない。いるべきじゃないんだよ」


 俺が抱いている気持ちは妹に対するものとは違う。穂乃香も違った。唇を重ねて知ってしまった。それは家族に向ける親愛の行為ではなく、異性としての好意そのものだった。


 ただ手を繋ぐだけなら問題はなかった。お互いに踏み込んではいけないところまで来てしまった。ここで線引きをしなければ、これ以上踏み込んでしまったら後に引けなくなる。


「いやだよ」


 穂乃香は首を振った。いけないことと自覚しているはずなのに、穂乃香は小さく拒絶した。


「私は、託真と離れたくない」


 まっすぐに俺の元へ足を向けた穂乃香は、震える手を差し出してきた。俺を捕まえようとするその手にふれられてしまえば、決心が一瞬で吹っ飛んでしまいそうに感じた。だから、届かないよう後ろへと下がった。


「このままだと、取り返しがつかなくなる。俺も、穂乃香も」


 差し出した手は何も掴むことが出来ず、寂しそうに宙に漂っていた。


「どうして?」


 そっと力なく手を下ろし、穂乃香は言う。


「私が、キス、したからなの?」


 ドクン、と心臓が鳴り、吸い寄せられるように穂乃香の唇に視線が向いていた。穂乃香の行為を否定しているはずの俺が、愚かしくも、あの夢のような瞬間を思い出して顔を熱くさせていた。それを悟られまいと顔を背けようとした。


「忘れてもいいよ」


 ぽつりと呟いた寂しそうな声が、徐々に興奮と熱を冷ましていく。


「なかったことにしていいよ。もうしないから。それなら問題ないよね」


 努めて明るい声で穂乃香は言う。忘れるだけでは根本的な解決にはならないことを承知の上で言っている。これは妥協案であり、つまるところ俺への甘えなのだろう。それで手打ちにしたい穂乃香の気持ちが俺には理解できた。


「そういうことじゃないのは穂乃香もわかってるだろ。なかったことには出来ないし、しちゃいけない」

「ならどうすればいいの?」


 悲しそうな声が俺に訴えていた。


「わからないよ」


 その声に怯んでしまいそうな自分がいた。許してしまいそうな弱い俺がいた。間違っていると、正しくないとわかっていても、穂乃香の言い分に流されてしまいそうになった。それでも、俺は踏みとどまれた。


「もう遅いんだよ、何もかも。俺たちは間違えたんだ」


 今を良しとしても、この先に不幸があるのなら見ない振りは出来ない。今までも、穂乃香に降りかかる不幸の芽を潰してきた。それを繰り返すだけなのだと思えば立ち止まれた。


「託真は間違ってるよ。私たちは何も悪くないんだよ?」


 瞳に溜まっていた涙が溢れ頬を伝って流れた。受け止めなければならないはずなのに、その涙の行方を見届けることが出来なくて、逃げるように後ろを向いた。最後の最後で、俺は逃げた。


「そういうことだから」


 穂乃香が呼び止めるのを無視して外に出た。そのまま何処に行くでもなく全速力で地面を蹴った。

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