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ふれられないもの  作者: 柳
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天体観測から見える景色3

 

 それを証明するように、些細な冗談も許さないと言わんばかりの視線には遠慮が感じられない。確かめずにはいられない。そんな顔もしている。


「たまには友達と遊ぶのも、悪くないんじゃないか?」


 雪花の真摯な問い掛けに対し、俺は雪花であれば伝わるであろう曖昧な含みを持たせて返した。これは俺だけの問題ではない。俺の意思は決まった。今度は雪花の判断待ち。


 もし、雪花が否定の言葉を上げればこの話は終わる。その結果、無自覚に承諾してしまった約束を断ることになるが、夕貴なら多少の文句を言いつつも許してくれるだろう。


 泊りがけの遊び。この話をなかったことにすれば、停滞と言う名の平穏が得られる。前には進めなくても後退することはない。


 それでいい、と思った。でも同時に、このままでいいはずがない、とも思った。


 突発的に上がった泊りがけの遊びだったとしても、この機会が良い切っ掛けとなってくれるかもしれない。それらの思惑の全てが雪花に伝わるわけもないのだが、雪花は反対の声を上げなかった。呟くように、そう、と一言だけ返すと、思案するように空を仰ぎ見た。


 そのまましばらく沈黙して、誰にともなく空に語りかけるように口を開いた。


「私たちもお泊り会しようか」


 たっぷりと時間を掛け悩んだ末の誘いに、しかし穂乃香は応えられなかった。すんなりと承諾はできない事情がある。それは雪花もわかっている。


「いいのかな?」


 遊ぶにしても、断るにしても、それらの決定権は穂乃香にあった。でも、一人では決められなかった。決めることが出来なくて俺に委ねる形をなった。不安そうな声と戸惑う瞳が、今の穂乃香の心を映しているように感じられた。


「まだ時間はあるから、ゆっくり考えればいい」


 どちらを選ぶとしても、穂乃香の意思を尊重したい。これは穂乃香の話なのだから、穂乃香自身が決めなければならない。


「そう気負うな。たまには一人寂しくしている雪花に付き合うとでも思えばさ」

「別に寂しくないし」


 暗くならない様に軽口を叩けば、雪花は予想通りの反応で返してくれる。その気遣いには常々感謝していた。


「私は、バイトが忙しいだけです」


 ただ、寂しいと言った俺の発言だけは見逃せなかったらしく、俺を非難するような視線を向けて、言葉に棘を含ませている。からかった俺が悪いのかもしれないが、このくらいの軽口でムキになるのはどうだろうか。


「前から思ってたけど、接客業が雪花に合ってるとは思えないんだけど」


 些細な反抗として、雪花が嫌がる話題を提供してあげた。少し前にも同じ話題が上がったが、何故か雪花は働いている場所だけは頑なに口を閉ざし続けた。本人曰く、恥ずかしいから、と穂乃香談。


「もう三か月が経つし、店長からも期待されてるし、お客さん達とも仲いいんだから」

「なら、働いてる場所くらい教えてくれてもいいんじゃないか? 許可なく店に行ったりしないぞ、俺たち」

「そうかも、だけど……」


 雪花は逃げるように視線を逸らし、近くに居る穂乃香へと助けを求めるような目を向けた。


「いつか話してくれるって言ってくれてるし、今はね」


 穂乃香が助け舟を出せば、そうだよね、と言うように雪花が頷く。本気で嫌がれば無理強いをするつもりはなかったが、穂乃香を味方に付けるのは反則紛いの行為だ。また逃げるつもりなのか、と視線を送れば、これ以上話を続けさせないように穂乃香にべったりとくっついて、こちらを見ようともしない。そうまでしても言いたくない理由があるとは思えないものの、何かしらの事情はあるのかもしれない。


 泊りの件は一旦の保留となった。これ以上場の空気が悪くなるのを避けたく、なによりも穂乃香には考える時間が必要だと感じ、意図的に話を脱線させ、強制的に終わらせた。それは雪花も同じ考えらしく、以降この話にはふれないようにしていた。


 ただ、その終わらせ方には少々問題があったらしく、雪花は俺から徹底的に距離を置くように背中を向けて、見えない壁を作りあげた。即興で作ったにしては中々に頑丈そうに見える壁からは、女子特有の冷たさが感じられる。


 こちらを一切気にしていない素振りにも関わらず、意識して無視をしているのをこちらにわからせるような何かがあった。これでは大抵の男は近づけないだろう。


 けれど、その強固な壁にも俺にだけ通じる弱点ともいえる亀裂(穂乃香)があり、ちょっと突っつけば(話し掛ければ)簡単に崩壊させることが可能ではあった。執拗に刺激しては後々面倒なことにもなりかねない。


 そんなこんなで自業自得にも一人ぼっちとなった。楽しそうな会話を耳にしながら食べかけの弁当に箸をつける。


「穂乃香さんと託真くんは、年子なんですよね?」


 話の終わりを見計らうように滝椿が隣に腰を下ろした。久しく聞く言葉は懐かしくもあり、少し煩わしくもあった。


「昔から散々言われてきたよ」

「珍しいですからね」


 そう言って滝椿は薄い笑みを浮かべる。双子ではなく、同学年に兄妹がいるというのは確かに珍しいケースなのかもしれない。


 俺が四月生まれで、穂乃香が三月生まれ。子供を産むまでに十月十日と言われているのだから、有り得ない話ではない。訊かれた回数は少なくない。出会ったころの雪花も穂乃香に尋ねたらしい。今も昔も、夕貴からはない。


「同学年に兄妹がいるのって、どんな気持ちですか?」


 滝椿の問い掛けは今までにないもので、考えたこともなかった。


「どんなって言われても……ずっと同じ学年だったし、それが当たり前だったからな正直わからん」

「そうですよね、すいません」


 やや過剰気味な低姿勢で滝椿は謝罪を述べて、


「兄妹がいない身として、少し羨ましく思っているのかもしれません」


 と、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。その表情に違和感を覚える。

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