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ふれられないもの  作者: 柳
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天体観測から見える景色

 

 暗闇の中を歩いていた。視界に映る物は何もなく、何処に向かって歩いているのかもわからない。ただ歩いていた。


 どのくらい歩いたのだろうか。気付けば視線の先に小さな明かりが見えた。その光を目指して進んで行くと、そこには事務机がぽつんとあり、その上に小さなライトが置いてあった。ドラマでよく見る警察署の取調室に似ている気がした。


 パイプ椅子に腰を下ろしてしばらくすると、遠くからの方からペタペタと奇妙な音が聞こえきた。何かが歩いているような音がすぐ近くで止まると、何かが机の上に現れた。


 奇妙な生物だった。全身が白くて丸く、ペンギンのような短い手足があり頭部がない。このような生物は見たことがなく、また、記憶しているどの動物にも似ていなかった。


「何見てんだよ」


 妙に甲高い声が奇妙な生物から聞こえた。口なんてないのに。好奇心から得体の知れない生物を人差し指でつっついてみれば、奇妙な生物は後ろへ傾くと、そのままごろんと後ろに倒れた。


「何をする!」


 奇妙な生物は倒れたまま、じたばたと手足を動かしていた。自分では起き上がれないらしい。そのまま見ていたい気持ちはあったが、必死に起き上ろうとしている姿はあまりにも醜い。流石に可哀想だと起こしてやった。


 ふれた感覚はふわふわと柔らく、綿の詰まったぬいぐるみのようだった。起き上がった何だかわからない生物は無言のまま、目の前を行ったり来たりしていた。行動だけ見れば俺を観察しているらしい。目なんてないのに。


 行ったり来たりを何度か繰り返し満足したのか、奇妙な生物は目の前でぴたりと足を止めた。


「お前は、何を見ている」


 奇妙な生物が話し掛けてくる。人によっては癒し系のぬいぐるみにも見えなくはないが、落ち着いた口調が容姿と不似合であり、なによりも甲高い声が煩わしかった。


「お前は見たくないものから目を逸らしている。このままでいいなんてお前は思っていない。なのに、何もしない。それでいいと思っていない。でも、何もしない」


 その話は俺に向けられているものの、明確な言葉をあえて伏せていような物言いだった。確固たる名称を上げることはなく、伝えようともしていなくて、それでいて非難の言葉を吐いている。


「このままでいられるはずがない。いつかは壊れる。よくわかっているだろ?」


 こいつが何を言っているのか、俺に何を伝えたいのかを理解する必要はなかった。話の内容どうこうよりも、俺は、こいつの話をこれ以上聞くつもりがなかった。


「うるさい! お前に、とやかく言われる筋合いないんだよ!」


 身体の内から湧き上がってくる熱い感情を自覚した。力の限り机を叩き怒鳴った。衝撃で机が揺れる。決して小さくはない衝撃だったはずだったが、奇妙な生物は微動だにしなく、その場で立ったままこちらを見ていた。怯んだ様子もなく、頭部がないので表情からこいつが何を考えているのかがわからない。


 ただ、これだけはわかった。話はまだ終わっていないということを。


「お前は気付いている。今以上に進んではいけないと。お前が下がるべきだ。一緒に進むことは出来ないだろ?」


 甲高い声は低い声に変わり、そして人の声になった。聞き覚えのあるような、ないような、不思議な感覚があった。


「何言ってるかわかんねえよ」


 俺は奇妙な生物から顔を背けた。これ以上話をしたくなくて、聞きたくなくて。俺の気持ちを無視して、奇妙な生物は言葉を吐く。


「お前は、自分が何者であるか。自分がどんな人間なのか。自分がどのような立場にいるかを知っている」


 しばらくの沈黙の後、奇妙な生物はくるっと反転した。


「よく考えろ。何が正しくて、それが誰の為になるのかを」


 そう言い残し、机から飛び降り闇に消えていった。

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