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新しいお話

 突然、雷のような音が響いた。次の瞬間、轟音と共に地下室の天井に大穴が空き、そこから焼け焦げてすっかり気を失ったシェフが、ガレキと一緒に落ちてきた。少し遅れて、同じ穴から真っ白な光に包まれたハリーが、ゆっくりと降りてきた。

「人の子よ」

 光の中でハリーは厳かに言った。

(なんじ)の知恵と勇気とおっぱいとパンツに、今こそ我が権能を持って応えよう。我は天使ハーリール。今後ともよろしく」

 マリーはオリーブ油の瓶を投げつけた。瓶はハリーの頭に命中し、鈍い音を立てた。

「痛いな、何するんだよ!」

 ぴかぴか点滅しながらハリーは涙目で言った。

「ふざけてないで、早くここから出して」

 マリーは両手を腰に当てて言った。ハリーはぶつぶつぼやきながら、牢の鍵を使ってマリーを外に出した。マリーは怒り顔のままハリーを見つめていたが、不意に笑みを見せ、彼に抱きつき頬にキスした。ハリーは目を丸くして顔を真っ赤に染めた。

「ありがとう、ハリー。それから、ジロー坊ちゃまも」

 マリーはジローを抱き上げ、頭にキスをした。彼は、彼の部屋と同じ匂いがしたので、マリーは洗ってブラシを掛けたい衝動に駆られた。

「さっさと逃げた方がよくないか?」

 ハリーが提案した。マリーに否やは無かった。ハリーはマリーを横抱きにすると、ふらふらと飛び上がり、天井の大穴を抜けてキッチンの床に降り立った。そして扉を開け、ダイニングを抜けて、一気に玄関ホールへ走り込む。

「逃がさんぞ、ガキども!」

 執事が待ち構えていた。彼は慇懃(いんぎん)な態度を捨て、正体を現した。びりびりと服を裂いて膨れ上がった彼は、ヘビのような頭を持つ馬ほどの大きさのドラゴンに姿を変えた。

「ジェームズ、せっかくのご馳走なんだ。殺さない程度にしておけよ」

 ラビーノ伯爵と奥方もやって来た。

「まあ、大変。私の坊やが捕まってるわ!」

 奥方はマリーの腕に抱かれたジローを見て言った。

「すぐにお助けします、奥様」

 ドラゴンが言った。

「お願いね、ジェームズ。そうそう、助けるついでに手足をへし折っといてくれるかしら。また逃げ出さないように?」

「かしこまりました」

 ドラゴンは口からちょろちょろと火を吐きながら、マリーたちに迫った。

「おい、天使。シェフをやっつけたみたいにできないのか?」

 マリーの腕の中でジローが言った。

「竜を退治できる天使なんて、ミカエル様だけだよ。ドラゴンは天使の力が通用しない生き物なんだ」

「ちぇ、意外に使えないやつだな」

 ジローはマリーの腕から飛び出し、ドラゴンに対峙した。彼はマリーを見て、「下がってろ」と言った。マリーがじゅうぶん後退したのを見届けると、彼は見る間に膨れ上がり、鱗と剛毛に覆われたトゲだらけの怪物に姿を変えた。ドラゴンのジェームズにも引けを取らない、大きくて醜い怪物だった。

 ドラゴンが口から火炎を吐き出し、姿を変えたジローにそれを浴びせかけた。ジローの毛がじりじりと焼けて玄関ホールに異臭が漂った。

「ジロー坊ちゃま!」

 マリーが叫ぶとジローは炎を振り払い、咆哮を上げながらドラゴンの首に巨大な前歯を叩きつけた。しかし、ドラゴンの鱗は硬く、文字通り歯が立たない。ジローは作戦を変え、ドラゴンに組み付くと力いっぱい投げ飛ばして、床に大きなヒビを作った。ひっくり返ったドラゴンはヘビの首を素早く伸ばし、仕返しとばかりにジローの足首に咬みついて彼の鮮血を飛び散らした。ジローは痛みに咆哮し、地響きを立てて床に尻もちを突いた。ドラゴンは立ち上がり、再び吐き出した炎でジローを焼いた。

「がんばれ、ジロー!」

「負けるなー!」

「人間を助けてお話を聞くんだろ。しっかりしろ!」

 いつの間にか二階の階段の上に、子兎の兄弟たちが集まっていた。

「坊やたち、言い付けを守らなかったわね。みんなまとめてお仕置きよ!」

 奥方が金切り声をあげた。サブローが頭を引っ込めたので、マリーはてっきり彼が母親の怒りに怯んだのかと思った。しかし、そうではなかった。次に顔を見せた時、彼は広口のガラス瓶を腕一杯に抱えていた。子兎たちはサブローの瓶を一つずつ持ち、それを一斉にジェームズに投げつけた。瓶はジェームズの頭や床に当たって砕け、その中からネズミが飛び出した。

「ひいっ!」

 ジェームズが三フィートほど飛び上がった。ドスンと着地すると、一匹の勇敢なネズミが彼の背中を駆け上り、鼻先にまでやって来た。ジェームズは咆哮を上げながらめちゃくちゃに頭を振り回し、そこら中のものを薙ぎ払った。大きな花瓶や、置物の鎧や、階段や、伯爵とその奥方が巻き込まれ、壁にぶつかって粉々に砕けたり、気を失ったりした。ジローはそんなジェームズに背中を見せ、タイミングを見計らい、後ろ足で彼の頭に強烈なキックを放った。ジェームズは仰向けにひっくり返り、その衝撃で彼の周りの床が崩れた。床にはぽっかりと穴が空き、ドラゴンとラビーノ伯爵と奥方は、その奈落へと落ちて姿を消した。

 めちゃくちゃになった玄関ホールに、わっと歓声が響いた。ジローはどうっと床に体を横たえると、みるみる縮んで子兎の姿に戻った。マリーは駆け寄り、子兎を抱き上げた。彼は疲労困憊し、毛並みのあちこちが焼け焦げ、ジェームズに咬まれた足首にもひどい怪我を負ってはいたが、意識はあるようだった。

「ジロー坊ちゃま、かっこよかったわ」

 マリーが褒めると、ジローは鼻をひくひく動かした。

「かっこいい? 醜いの間違いだろう」

「おう。醜くて怖くてかっこいい怪物っぷりだったぞ」

 ハリーも親指を突き立てて見せた。ジローはフンと鼻を鳴らした。

「ねえ、どこかにお薬と包帯はないかしら?」


 治療を終えたジローと彼の兄弟たちは、玄関ホールに座り込んだマリーを取り囲み、目を輝かせて彼女の話に聞き入っていた。それは、彼女の冒険の始まりから今までのお話だった。逃げ出した影、懐中時計をくれた不思議な老人、親切そうに見えて実は恐ろしい化け物だった執事と、その主人。自分たちが登場する段になると、子兎たちは大喜びした。そうして、彼女が全てを話し終わると、包帯でぐるぐる巻きにされたジローが言った。

「続きは、どうなるんだ?」

 マリーは立ち上がり、玄関の扉に目を向けた。

「そのお話は、まだ出来てないの」

 そこにはピンク色の文字で、「おとといおいで」と書いてあった。鏡のマリーは、とっくに屋敷を逃げ出していたのだ。

「次のお話は、俺が主役じゃないかな?」

 ハリーが気取ったポーズで言った。

「へぼ天使じゃ頼りにならないだろう」

 ジローがよろよろと立ち上がって言った。

「ぼろぼろの化け兎はベッドで大人しくしてろよ」

 二人は睨みあった。

「お話はまだ完成してないけど、最後はもう決まってるわ。あの意地の悪い影をとっ捕まえるの」

 マリーはジローを抱き上げた。それから彼女はハリーに笑顔を向け、論争にけりを付けた。

「三人でね」

シリーズ機能を使ってみたかったので、マリーの冒険は終わらせていません。次のお話は、またいずれ。新しいロジックパズルのネタを仕入れなきゃ……

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