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デコトラ王妃と風の王  作者: 小田マキ
第一章 茜町三丁目の妖精モドキ
3/3

「あー、思い出した。前見たときと髪と目の色が変わってっから分かんなかった……てめぇ、ロミーの金魚のフンじゃねーの」




 真面目くさって口上を述べた自称・近衛隊長を睨みつけていた楓は、その正気を疑いたくなる自己紹介に、一つ手を打って言った。己に投げられたあまり名誉とはいえない呼称に、レヴァインはヒクリと顔をひきつらせるが……


「びっくりした、……急に呼ぶから」


 隣のロミュアルドは楓が口にした彼の愛称に、本当に驚いたように少々上擦った声で吐き出す。それと一緒に赤く染めた銀髪の先が、まるでクリスマス・ツリーを飾る電飾のようにチカチカと瞬いて、凪は目を剥いた。


「……ホントに、宇宙人?」


「私達からしたら、君達も宇宙人なんだがねぇ。まあ、ようやく信用してくれたようで嬉しいよ」


 細く長い指先で気恥ずかしそうに発光する毛先を弄びながら、彼は楓と凪に微笑みかける。特に母を見つめる目は蕩けそうなくらいに甘く、愛称で呼ばれたことがよほど嬉しかったらしい。


 太陽に翳すと金色に見える薄茶色の色素の薄い髪、日に焼けることのない肌、へーゼルだと周囲に言い張ってきたダークグリーンの瞳に、ハリウッド俳優に似ていると称される彫りの深い顔立ちも、純日本人にはあらず。多分ハーフなんだろうな、と薄々気付いてはいたが……まさか、和「洋」ならぬ和「宙」折衷であったとは。


「このようなことになってしまったのは、ロミュアルド様には責のないことです。すべて私の責任なのです」


 新事実発覚にさらに固まる凪を前に、一つ咳払いをして居住まいを正したレヴァインが、ふたたび口を開いた。彼いわく、アンドロメダ銀河の中心部バルジにある双子のブラックホール……その片方がフェノールトといい、アンドロメダ銀河に約一兆個ある星々を支配しているのだという。


 ブラックホールは周囲のあらゆるものを飲み込み、光さえ脱出できないと恐るべき宇宙の底なし沼であり、天の川銀河でいう太陽の三十倍以上質量の重い星、中性子星が末期に起こす爆発・超新星爆発によって出来上がった高密度な暗黒の天体らしい。中性子とは原子を構成する原子核を、さらに構成する要素の一つ……途方もなく小さなものである。


 中性子がとてつもなくたくさん集まってできたものが太陽のようなキラキラ輝く星・恒星、そして、その恒星の中でも特別大きな星が進化したものを中性子星という。星は大きくなればなるほど重力が大きくなる。特に中性子星ともなれば相当なもので、星を構成する中性子同士が反発し合う力によって巨大な重力を支えて安定させるのだが、中性子が支えられる重力を超えると、本来緩やかである星の崩壊の進行が早まる。重力が崩壊すると、星は収縮を繰り返し、密度が高まる。密度が高まると重力も比例して大きくなり、最終的に超新星爆発を起こすのだ。


 超新星爆発によって残った中性子星の核の質量が太陽の三倍以上あった場合、重力崩壊はさらに際限なく進み、いずれ星の収縮は飽和状態となる。そうして、周囲には巨大な重力による暗闇が広がり、ブラックホールが誕生する。


 誕生したブラックホールは……


「ンな小難しい話なんざどーでもいぃんだよっ、さっさと要点だけ言いやがれ!」


「ごふっ……!」


 出身星の成り立ちを延々説明し始めたレヴァインの顔面には、高速で三百六十度垂直旋回する茶色い円盤……否、せんべいが小気味よい音で突き刺さり、背後の襖まで倒して盛大にひっくり返った。堅焼きせんべいは彼の鼻先に衝突する同時に、練り込まれた黒大豆をミサイルさながらに弾き飛ばしながら粉砕、相当の衝撃であったことが知れた。


「ハハハハっ……君の手にかかれば、丸いものはすべて武器に変わるねぇ」


 見事に手首のスナップをきかせて空飛ぶ円盤ならぬ、ジャージの懐に忍ばせていた黒大豆せんべいを投じた楓の姿を、ロミュアルドはうっとりと見つめながら言う。鼻の頭を押さえて畳の上で悶絶する隣の忠臣には一瞥もくれなかった……さきほどの発光現象といい、二十年の時間の経過など関係ないくらい、彼女のことを想っているのは間違いないらしい。


「……っ、……陛下、今この瞬間に悟りました。近衛隊長の職は辞して、カルドナリアに入戒します」


「うん、それがいい。リライドした君にいつまでも軍部に留まられると、私にとって不都合の方が多いからね……今まで黙っていたけど、彼の星間戦争の英雄を売名行為に利用していると、方々からバッシング受けているんだよね。君が近衛隊長であり続ける一分一秒ごとに、私の支持率も落ちていっているんだよ。王の座なんて別にくれてやってもいいが、もう無意味な諍いで国が荒れるのだけは嫌だ」


「……申し訳ありません」


 緩々と身体を起こしたレヴァインは、泣きそうな(実際、黒大豆せんべい直撃のせいで涙目ではあったが)顔で項垂れる。


「君の忠誠心は私が一番よく知っている、これからはもっと我が身を大事にしてほしい。レヴァイン、君のような忠臣を失うことはシルフェストレにとって最大の損失なんだから」


「ロミュアルド様っ……」


 彼の言葉に、感極まったように言葉をつまらせたレヴァイン……彼の黒髪の先端も、じんわりと発光していた。フェノールト星人とやらは、どうやら感情が昂ぶると毛先が電飾のようにチカチカと光を放つようだ。


 その光景を目の当たりにして、母親がロミュアルドと恋愛関係になった理由の一端が見えた気がした。フロントデッキ、サイドミラーにバイザーまで目も眩むほどの電飾をあしらったデコトラを乗り回す楓は無類の光物好き……内面はいまだ掴めないが、歩く電飾のようなキラキラしい外見は、ストライクゾーンど真ん中だ。


 今も、目の前で見ようによっては感動的なシーンを演じる二人の姿を、投てき用か単に小腹が空いたのか、二枚目の黒大豆せんべいを片手にじっと見つめている。皆が羨むプックリとした涙袋はほんのり色づき、血走った目も疲労や怒りばかりではなく、どこか熱っぽく潤んでいるような気がする。さきほどもすんなりとロミュアルドを愛称で呼んだところを見ると、厳しい姿勢もポーズで、そこまで怒っているわけでもないのかもしれない。


 ただ、凪自身に母の好みは遺伝しておらず、今はそれどころでもなかった。


「半分宇宙人っ……」


 がっくりと肩を落とした拍子に落ちてきた薄茶色の髪が目に入り、凪の心には危惧が浮かぶ。今までそんな経験は一度もなかったが、今後彼らのようにこの髪が光を発することがあるかもしれない……ハーフで血の色は赤いが、外見上の自分は父親の遺伝子の方が強そうだ。


 凪は来月で短大を卒業し、四月からは茜町の隣町にある教会で事務員として働くことが決まっている。ただでさえ田舎町にはそぐわない人相風体をしているというのに、万一そこで興奮するようなことが起これば、母が乗り回すド派手なデコトラ以上の大変な騒ぎになるのではないか? 




『キャー、キャー、キャー、この人光ってるっ! ヤバくないっ?』

『化け物っ、いやっ、きっと宇宙人だ!』

『ギャーーーっ、地球侵略だっ、殺されるぅーー!』

『無駄な抵抗はやめて、降伏しろーー宇宙人っ!』

『生け捕りにしろっ、研究所で人体実験だーーー!』

『シュワッチ!』




 逃げ惑う茜町&隣町民、騒ぎを聞きつけて陸には警察機動隊が出動、海岸には海上保安庁の巡視船がつき、空には自衛隊機が飛び、NASA、JAXAにM7●星雲からやって来た正義の使者(?)だとか、とにかくどこかの宇宙関連の研究所の銀色の防護服をきた職員達もわらわらと押し寄せて、茜町周辺の陸海空は完全に隔離閉鎖され……とうとう我が身は捕獲される。


「キャトルミューティレーションなんてしたことないのにっ……」


 遥か遠い眼をして、凪は呟く。知っている限りのSF映画をつなぎ合わせたような荒唐無稽な展開が、少々回路の壊れかけた頭の中を駆け巡っていた。


「……凪? アンタ、なに言ってんの?」


「ああ、宇宙から迎えの円盤がっ……」


 焦点が合っているか確かめようと、目の前で楓が振って見せた黒大豆せんべいも、幸か不幸かチープな妄想世界にしっかりばっちりマッチしていた……

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