第16話:真っ白な空間での再会
魔王の突然の襲来という最大最悪の騒動が終息し、神殿都市マリアベルには活気が戻ってきた。帝都へと一時避難していた市民たちが、続々と街へと帰還したのだ。
彼らは魔王討伐の報に沸き立ち、勝利の宴を催しては、連日連夜のお祭り騒ぎを繰り広げた。
街の経済が一瞬で V字回復していくのを横目に、俺たちは「またあんな理不尽な魔王が発生してはたまらない」と、残された最後の未浄化エリアへとすぐさま出撃した。
最後の現場仕事を淡々と、しかし完璧に片付け、俺の浄化担当エリアはすべて完了。これをもって、俺の異世界での救済業務は本当に終了した。
あとは、各国とハンター協会が連携して魔物の森を維持・管理していく運用フェーズへと完全に移行したのだ。
――浄化完了から、数ヶ月。 現地からの報告を見ても魔の森の管理体制は正常に機能しており、懸念されていた魔物の氾濫が再発する兆候もない。それを見届けた帝国は、ついに「人類救済計画の終了宣言」を公式に発表した。 世界各国でその日は「救済の日」として祝日に制定され、大々的なお祭りが開催されることになった。
帝都で開催された記念式典には、立役者として俺も招待された。 壇上で見かけた皇帝陛下は、この大仕事を機に帝位を皇太子へと譲る決意を固めたそうだ。
かつては世界の危機を前に余裕のなかった陛下も、憑き物が落ちたように穏やかな表情をしており、それを見て俺も少しだけ安心した。
その後、新皇帝となる皇太子殿下との個別会談にも臨んだ。
殿下からは、我が本拠地である城塞都市マリアベルを「聖地」として格上げし、今後も変わらぬ強固な協力関係を結ぶことを固く約束してもらった。 会談の終盤、貴族の政治交渉のお約束として、新皇帝の若い息子(皇太子の実子)との縁談を持ちかけられたが、こちらは一秒の猶予もなく速攻でお断りした。
後日、その当事者である息子ちゃん本人とも少し話す機会があったのだが、俺の素の「おっさん口調」に彼は完全にドン引きしていた。お互いにとって、これ以上ない健全でハッピーな結果だろう。
こうしてすべての外交イベントをこなし、俺たちは神殿都市マリアベルへと帰還し、それぞれの穏やかな日常へと戻っていった。
そして、ある晩のことだった。
◇
まばゆい光に目を細めると、俺は再び、あの見覚えのある真っ白な空間に立っていた。
「聖女よ。お前は立派に使命を果たした。真にご苦労であった」
空間の奥から、超然とした声が響く。そこには、俺をこの世界に引っ張り込んだ張本人――神がいた。
俺は一切の無言のまま、神に向かって突進し、その顔面に拳を思い切り叩きつけた。 だが、俺の拳は手応えなく神の身体をすり抜けた。
「――くそっ!」
諦めきれず、何度も拳を振り上げ、殴りつける。だがすべて虚しくすり抜ける。ならばと拳に最大級の魔力を乗せて殴るが、それも通用しない。最終手段として全身に『ジャイロ結界』を発動させて体当たりを試みたが、それすらも何事もなかったかのように通り抜けてしまった。くそ、くそ、くそ!
「気が済んだか?」
神は、微塵も揺らぐことなくそこに佇んでいる。その態度が余計に腹立たしい。
「お前、マジでなんなんだよ! 突然『神の使徒』だなんて訳の分からない役職を押しつけて、勝手に女の身体に性転換させて、魔法だの魔物だのがある物騒な異世界に放り込みやがって! 家族も、これまで築いてきた知り合いも誰もいない場所で、聖女だ? 使命を果たせだ? ふざけんじゃねえよ!」
喉がちぎれんばかりに、神に向かって日頃の怨嗟を怒鳴り散らす。
「ああ、言われた通り、使命とやらは完璧に果たしてやったさ! 文句のつけようがないくらいにな! だから、さっさと元に戻せ! 俺を、元の世界に戻しやがれ!」
「それは無理な相談だ。お前はあちらの世界で、すでに肉体的な死を迎えているからな」
「だったら、なんで俺はこんな見ず知らずの土地で、あんな血反吐を吐くような苦労をさせられなきゃならなかったんだよ! 言ってみろ、このボケが!」
「お前は、この世界に強い縁があった。そして、お前自身の手で助けなければならない者が、そこにいたからだ」
「何言ってんだ? わけが分からねえよ……!」
俺は、急激に襲ってきた脱力感に耐えかね、その場に膝をついた。 悔しさと疲労で涙が溢れそうになり、顔を歪めて真っ白な地面を睨みつける。
縁? このおかしな異世界に、俺のどんな縁があるっていうんだ。 助けなければならない? この理不尽まみれのクソみたいな世界を、なぜ俺が?
もう、本当に疲れたんだ。 カランベルンをはじめ、アルベルトやクラム、シスターたちのような、信頼できる最高の仲間はできた。それは認めよう。
だが、それでもやはり「聖女」は俺じゃない。俺はどこまでいっても中身はおっさんで、この世界を心の底から好きになることはできなかった。ここは俺にとって、いつまで経っても「よその土地」だ。命を賭して守るべき、本当の居場所じゃない。
目元から、ぽろぽろと涙が溢れて床に落ちる。
結局、俺は聖女にはなれないし、聖女も俺ではない。この狂った状態に、心が完全に摩耗してしまっていた。
「おじちゃん……? 泣いてるの……?」
突然、静寂に包まれた空間に、酷く幼い少女の声が響いた。
「痛いの……? だいじょうぶ……?」
恐る恐る近づいてきた小さな影が、膝をつく俺の頭を、小さな手のひらで優しく撫でてくれた。 その温もりと、あまりにも聞き馴染みのある声に、俺は弾かれたように顔を上げた。
目の前にいたのは、金髪の幼い少女。だが、その顔立ちは――。
「マリア・ベル……? いや、お前、きみこ、なのか……?」
間違えるはずがなかった。この子は「きみこ」だ。俺の姉の、最愛の娘。 独身貴族を貫いていた俺にとっても、まるで実の娘のように目に入れても痛くないほど可愛がっていた姪っ子。
前世で、まだほんの小さかった頃に、海の事故で亡くなってしまった、あのきみこだ。
「お前が常に怒り狂っていたからな。彼女は怖がって、お前の背後から出てくることができなかったらしい」
神が静かに告げる。
「だから言ったであろう。お前には、この世界に強い縁があると」
◇
神が語った真実は、俺の予想を遥かに超えるものだった。
きみこの魂は、前世で命を落とした後、この世界に「マリアベル」として転生していたのだという。 しかし、こちらの世界でも過酷な運命が彼女を待っていた。行商人だった両親を早くに亡くして天涯孤独の身となり、とある農家の小作人として引き取られたものの、そこでの扱いはほとんど奴隷同然だった。日々の食事も満足に与えられず、小さな身体で過酷な労働を強いられ、彼女の精神と健康は限界まで消耗していた。
このままでは、世界の希望となるはずの聖女マリアベルの命の灯火が消えてしまう。誰かが、今すぐに彼女を救い出さなければならなかった。
そんな絶望的なタイミングで、地球にいた叔父の俺もまた、生命を失った。
死の間際にマリアベルが心の中で叫んだ「誰か助けて」という悲痛な願いと、彼女の魂の奥底に残っていた「きみこ」としての強い縁が、同じく魂となった俺をこの世界へと強烈に引き寄せたのだ。
衰弱しきったマリアベルの魂を生存させるため、精神的に非常にタフで、大抵の逆境には屈しない俺の人格がベースとして融合し、主導権を握る形で「聖女マリアベル」が誕生した。
彼女を取り巻く劣悪な環境を叩き潰し、さらに迫りくる魔物の脅威からその身を守るため、神は俺にゲームじみた最強の能力と使命を与え、マリアベルが今後安全に生きていけるための「最高のセーフティネット(環境)」を整備させたのだという。
一連の説明を聞き終え、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「……だったら、なぜそれを最初から俺に説明しなかったんだ」
「時間がなかったのだ。あの時、マリアベルの魂は今にも霧散しかねないほど弱まっていた。魂の保護と環境の構築を最優先せざるを得なかったのだ」
このクソ神が……! 最初に一言「きみこを救ってくれ」と言われていれば、俺は文句の一つも言わずに、もっと最初から喜んで馬車馬のように働いていたっての。
「おじちゃん、ごめんね……。わたしのせいで、おじちゃんにいっぱい苦しい思いをさせちゃって……」
うつむいて涙をためる姪の姿を見て、俺ははぁー、と大きくため息をついた。それから、前世で彼女によく見せていた、気のいいおっさんの笑顔を浮かべた。
「きみこ……いや、今はマリアベル、だな。マリアベルが謝ることなんて、何一つないんだよ。お前が助けてほしいって願ったなら、おじちゃんはいつだって、喜んで世助けてやるさ」
俺はしゃがみ込み、マリアベルの柔らかい金髪を優しく撫で回した。
「前におじちゃんが言っただろ? 困ったことがあったら、いつでもおじちゃんを頼りなさいって。ちゃんと俺を呼んでくれて、おじちゃんは本当に嬉しいよ」
マリアベルは「おじちゃん……!」と声を震わせ、泣きながら俺の胸へと飛び込んできた。その小さな身体を、俺は愛おしさを込めてしっかりと抱きしめる。
「正直なところ、こんなクソみたいな世界で『聖女』なんて重労働、子供のやる仕事じゃないんだよ。おじちゃんが責任を持って、お前が一生遊んで暮らせるくらい平和にしておいたからさ。これからは何の心配もしないで、ゆっくり、のんびりと過ごすといい」
マリアベルは俺の胸に顔を埋めたまま、不安そうに声を漏らした。
「おじちゃんは……? おじちゃんは、いなくなっちゃうの?」
「いやぁ、おじちゃんもこの数年間、さすがに働きづめでちょっと疲れちゃったからさ。ここいらで少し、お休みをもらおうと思ってね。なぁに、目を覚ましたら、カランベルンっていうすごく優しいお爺ちゃんが目の前にいるはずだ。その人に『おじちゃんは休むって言ってた』って伝えれば、あの人なら全部察して、うまくやってくれるよ。神殿のシスターたちもみんな良い人ばかりだから、みんなのことを新しい家族だと思って、大事にしなさい」
「う、うん……。でも、もう会えないの?」
「そんなわけないだろ。お前がおじちゃんに助けてほしい時、心の中で呼んでくれれば、おじちゃんは、すぐに助けにすっ飛んでくるからさ。だから、安心していいぞ」
マリアベルは、名残惜しそうに俺の身体からゆっくりと離れると、涙を拭って、力強く「うん!」と頷いた。
――子供に聖女の重責を背負わせず、完全に安全が確保された状態を譲り渡して、俺自身は魂の奥底で泥のように眠る。 まあ、考えてみれば、これも一種の「早期リタイア(FIRE)」ってやつかもしれないな。
俺は薄れゆく意識のなかで、そんなことを満足気なことを思いながら、ゆっくりと深い眠りへと落ちていった。
◇
やわらかく、温かい朝の日差しを受けて、マリアベルは静かに目を覚ました。
「――おお、目を覚まされましたか、聖女様! お加減は大丈夫ですか?」
視界が開けると、そこには、ひどく心配そうな、だけど底抜けに優しい顔をしたお爺ちゃんが自分を覗き込んでいた。
「……カランベルン、さん?」
マリアベルがその名前を呼ぶと、老司教は一瞬だけ驚いたように目を見張った。これまでの「聖女様」なら、彼のことを決してそんな引き締まらない、幼い口調では呼ばなかったからだ。
「聖女様……? もしかして……」
「あのね、おじちゃんがね……。起きたらカランベルンさんに、『おじちゃんはしばらく休む』って伝えて欲しい、って」
カランベルンは、その言葉を聞いた瞬間、すべてを察したように、目元を優しく細めて微笑んだ。
「……それとね、もし私がまた困って、助けてほしい時は、呼べばすぐに助けに来てくれるって、言ってました」
「……左様ですか。それは、それは……これ以上なく頼もしいことですね」
カランベルンは、これまで世界を救うために孤軍奮闘し、ボロボロになりながら戦い抜いてくれた「相棒」の魂に、心からの敬意と感謝を捧げた。そして、目の前にいる、本来の人生を取り戻した幼い少女へ向けて、恭しく一礼した。
「では、あなたはもう『聖女様』として無理に振る舞う必要はございません。これからは、マリアベル様としての人生をお歩みください」
「うん……! じゃなくて、はい! よろしくお願いします、カランベルンさん」
マリアベルは、カランベルンが醸し出す穏やかで温かい雰囲気が、とても好ましいものだと感じた。何より、あのおじちゃんが誰よりも信頼し、背中を預けていた人なのだ。間違っても、悪い人であるはずがない。
神殿の最奥、かつて世界を救った大聖女が住まうとされた奥殿で――。
苛烈にして圧倒的だった「聖女」の戦いは永遠の伝説となり、一人の少女、マリアベルの本当の人生が、今ここから始まる。
――完――
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本作はAI(Gemini)を利用し、校正を行っています。
基本お話は完全に手作りですが、描写等のもサポートしてもらっています。




