夏合宿では絵を描く第七話
お読みくださりありがとうございます。是非感想等頂けたらモチベーションアップになりますのでよろしくお願いします。
毎週水曜日と土曜日に更新予定です。
——そして合宿当日。
美術部の面々は朝早くから駅に集合し、列車に乗り込んだ。
雫は当然のように和葉の隣に座った。
「先輩、私ちょっと怒っているんですけど……分かりますか?」
「そうなのか? 何故かは分からないが……」
「理由はこれですよ……これ!!」
雫は和葉のズボンを掴みながら言った。
「何ですか、このズボンです!」
「ず、ズボンだよ……」
「知ってますよ! ズボンだと捲れないって言ってるんじゃないですか!?」
「捲らせないために穿いてるんだよ!!」
そんな会話をしているうちに、列車はあっという間に合宿所のある駅に到着した。
合宿は3日間。1日目と3日目に海を題材とした作品制作、2日目に海でのレクリエーションがあるのが恒例だ。
合宿所に着き、各々の部屋に散らばって荷物の整理を始めた。
「なに絶望しているのよ?」
泉希が呆れたように言うと、雫は壁にへばりつきながら情けない声を上げた。
「うぅ、うぅ、神様なんていないだよ……
私と先輩を引き裂くなんて……残酷な試練を課すもんだよ」
「部屋割りは学年毎って部長が言った時、すごい顔してたもんね雫」
一方、壁を挟んだ二年生の部屋では、和葉が大きく安堵の息をついていた。
「良かったよー、薫。
部屋まで一緒だったら終わった頃には私干からびるところだったよ〜」
「うふふ、でも和葉。ほんとは寂しいんじゃないの?」
「そんな事ないから! いや、まぁ何だかんだ一緒にいるから……」
そう話していると、隣の部屋から壁を叩く音と雫の声が聞こえてきた。
和葉は苦笑しながら頭を掻いた。
「ごめん薫、前言撤回……」
「各自、支度が終わったら、海辺へ移動するぞ!」
それぞれの会話を遮るように部長の声が響く。
荷物整理が終わると、早速スケッチブックと画材を持って海辺へ移動した。
各々が題材を探し、イーゼルを立て、キャンバスに向かう。
和葉は何気なく雫のキャンバスを覗き込み、息を呑んだ。
そこには、夕陽を背に佇む自分自身だった。
(……何でこいつ、絵だけはこんなに繊細なんだよ……)
キャンバスを覗き込む和葉の視線を感じ取ると、話始めた。
「ねぇ、先輩……私の絵の中の先輩、綺麗でしょ?」
「うん。すごく綺麗に描けている」
「良かった。
私は美しいと思ったその瞬間を、絶対に忘れたくなくて、絵に閉じ込めるんです。
今日はこの海も先輩も……すごく美しく思えたんです」
「雫にはこんなにも美しく見えているのか?」
「そうですよ……先輩。とっても美しいです」
真っ直ぐで、熱を帯びた声。
いつもふざけている時とは全く違う、雫の本気の眼差し。
和葉の心臓が、どくんと大きく跳ねた。
「……バカ」
和葉は顔を赤くしてそっぽを向いたが、耳まで熱くなっているのが自分でもわかった。
雫はふっと柔らかく微笑むと、再び筆を動かし始めた。
その横顔は、夕陽に照らされて、いつもより大人びて見えた。
筆を持つ手は迷いなく、確信を持ってキャンバスを撫でていく。
静かで、どこか甘い時間がゆっくりと流れていった。
和葉は心の中でそっと思った。
(……この夏合宿、なんかいつもより危ない予感がする……)
もちろん、そんな予感はまだ、誰にも口には出さなかった。




