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第30話 仲が悪い二人


 ルミナの街に注がれる日の光はいつものように穏やかで温かかった。しかし私の心の中は穏やかではなく、嵐が吹き荒れている。


「本当に行くんだね、リリアナ」


 見慣れたお店のカウンター。その向こう側で、テオ君はどこか遠くを見るような目で私を見つめていた。私の足元では、マロンが寂しそうに「くぅん……」と鼻を鳴らし、そっと寄り添っている。


「……はい。ごめんなさい、テオ君。突然、こんなことになってしまって」


 私は申し訳なさで胸が締め付けられて、思わず手元で指を絡めた。

 アルフレート様からあんなにも真っ直ぐと想いを伝えられては、私には断る術がなかった。今の帝都は私が恐れている過去のものではないだろうし、それに、私がここにいたら、街の人々を危険に巻き込んでしまう可能性だってある。


「おい。あまりその男に近づくな、リリアナ」


 隣から、低い声が聞こえた。振り返られなくても分かる。私のすぐ隣に寄り添うように立っているのは、アルフレート様だ。私を一人で歩かせるわけがないと同行してきた彼は、頭の上のふさふさなお耳を不機嫌そうに動かしながら、テオ君に向けて隠そうともしない威圧感を放っていた。テオ君はそんなアルフレート様の殺気交じりの視線を受け流し、ふっと悲しげに、今にも消えてしまいそうなほど儚い微笑みを浮かべた。


「酷いですね、騎士団長閣下。僕とリリアナは、貴方が仔犬の姿になって彼女と出会うさらに前からの長い付き合いなのですよ。最後のお別れくらい、邪魔しないでいただきたいです」

「貴様……。別れなら手短に済ませろ。馬車を待たせている」

「アルフレート様。今はテオ君とお話しているのです」


 私が軽く叱ってみると、アルフレート様は「ぐっ……」と言葉を詰まらせ、お耳をしゅんと後ろに寝かせて黙り込んだ。その姿は完全に、私に怒られた時のコロそのものだ。私の心臓が変な音を立てたけれど、気を取り直して再びテオ君に向き直る。


「テオ君。私がこの街で行き倒れていた時、助けてくださったのはあなたです。何も知らない私を気味悪がず、普通の女の子として接して、私に薬師としての仕事も勧めてくださった。……あなたの優しさがなければ、私はとっくに心が折れていました。本当に、言葉では言い尽くせないほど、感謝しています」


 深く、頭を下げる。私の言葉は、一片の偽りもない本心だ。彼が私に注いでくれた温もりは、私の心の支えだった。


「……リリアナ」


 テオ君の声が、いつもよりもずっと低く、掠れたものに変わった。彼はゆっくりと私の前に歩み寄る。アルフレート様が「お前、それ以上近づいたら……」と言い鋭い目をしていたが、テオ君はそれを完全に無視していた。

 気づけば、彼は私のすぐ目の前に立っていた。いつも優しく微笑んでいた彼の瞳が、少し潤んでいるようにも見え、痛々しいほどの何かを孕んで私を見つめている。


「……行かないでほしいな」

「え……?」

「僕の側にいて、いくつもの闇を払ってくれたのは君だ。君が僕の側で笑ってくれているだけで、僕の世界は明るく美しくなったんだ。……リリアナ。僕はね、ずっと君が好きだったんだよ」

(——————ッ!?)


 テオ君の手が、そっと私の頬へと伸ばされる。私の顔は、一瞬で沸騰するかのように熱くなった。心臓が痛いほどに脈打つ。優しくて、爽やかで、でもどこか掴みどころがなかったテオ君からの、あまりにも真っ直ぐな告白。


「彼みたいな不器用な騎士なんかに頼らなくなって、僕が君を守ってあげるのに……。ねえ、本当に行ってしまうの?」


 テオ君の端正な顔が、断られ慣れていない子供のような脆い表情に見えた。その美しさと切なさに、私は言葉を失ってしまう。

 しかし私たちの間に漂う切ない空気は、勢いよく吹き飛ばされた。


「そこまでにしろ、ヤンデレが」


 パシッと鈍い音がして、テオ君の手が私の頬に触れる直前に叩き落されていた。叩き落した本人であるアルフレート様は、テオ君と私の間に割り込むと、私を自分の背中に隠すように立ちはだかった。その大きな背中からは、凄まじい覇気が溢れ出している。頭の上のお耳は、威嚇するように逆立っていた。


「リリアナが求めているのは自由だ。貴様のような独善的で曲がりまくった愛は求めていない。これ以上俺の女に不埒な言葉を吐くなら、その舌を引き抜いてやろうか」

「おや。誰が貴方の女ですと? リリアナが貴方の求婚を受けたということですか」


 テオ君は叩かれた手に触れながら、瞳に底知れない感情を宿して笑った。いつもの爽やかな笑顔とは異なって、どこか暗さを感じる笑みである。


「大体、貴方はリリアナの何を知っているのですか? ああ、失礼。貴方はコロくんとして彼女が作ったご飯を美味しそうに食べて、彼女の膝の上で甘えて、誰よりも近くで彼女を堪能していたのでしたね。……あぁ、本当に羨ましい。僕だって、犬の姿になれるのなら今すぐにでも彼女に飛びついて——」

「貴様ぁぁ!! リリアナの前でそれ以上妄言を吐くな!!」


 アルフレート様の顔がみるみると赤く染まる。怒りと、そして羞恥からだろうか。


「リリアナ、こいつの言うことは聞くな! 帝都に行けば、こんな陰湿な男などいくらでも忘れさせてやる。俺はお前を閉じ込めたりはしない! お前が望むなら、俺の屋敷の庭をすべてお前だけの薬草園にしてやるし、毎日お前の好きな物を買ってやる。だからこいつの顔など二度と見るな!」

「ちょっと、アルフレート様! テオ君に失礼ですよ!」


 どうしてこの二人が出会うと言い争いが始まるのだろう。テオ君もいつもはあんなに優しいのに、アルフレート様と話をする時はトゲトゲとしている。


「ふふ。銀狼騎士閣下、飼い主様から怒られていますよ」

「怒るということは、それだけ俺に対する信頼も厚いということだろう」


 ……理由を考えようとしたけれど、良い結果にならなさそうだということは分かったので、思考を放棄することにした。

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