第10話 騎士の噂
カフェのテラス席は、柔らかな風が流れ込んできてとても心地が良い。
私の前では、テオ君が楽しそうに話しかけてくれる。
「本当に、リリアナがこの街に来たばかりの時は心配でたまらなかったからね。顔色が悪くて、目を離すと今にも消えてしまいそうだったから。雨宿りをしていた時に、倒れそうになっていたのを覚えている?」
「ふふ。あの時はお世話になりました。テオ君が温かいスープを分けてくださらなかったら、私、今頃どうなっていたか……」
テオ君は、私がこの街に流れ着いたばかりの時に、一番に手を差し伸べてくれた恩人である。彼がいてくれたから、私はこの街を好きになれた。だからこうして時々お話をするのは、私にとって大切で穏やかな時間。であるはずなのだけれど。
「バフッ! キュゥン」
可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。コロがテオ様のズボンの裾を一生懸命に引っ張ったり、私の膝の上に無理やり割り込もうとしたりして、大忙しだ。
「もう。コロ、テオ君に迷惑をかけたらダメでしょう。さっきからずっと落ち着きがないわね。……あ、もしかして、もっとおやつが欲しいのかしら?」
私の膝の上を陣取ったコロの前にイチゴを小さく切って差し出したけれど、コロはそれをふいと無視する。そしてじっとテオ君を見つめた。それからすぐに、私の手に自分の頭をぐいぐいと押し付けてくる。
「ははは。リリアナ、この子は相当な寂しがり屋みたいだね。君が僕と話していることが、気に入らないみたいだ」
「ごめんなさい、テオ君。普段はもっとお利口さんなのですけれど」
コロにはぜひ、テオ君と仲良くなってほしい。そう思いながらも、コロの首元の赤いリボンを整えた。
コロは目を細めて満足そうに鼻を鳴らす。しかしテオ君が「ところでさ」と身を乗り出した途端、またすぐに「ガルル……」と喉を鳴らして威嚇を始めた。テオ君のことが気に入らないみたいだ。わんちゃんの気持ちは難しいけれど、本当に愛らしい。
思い返してみれば、コロは私以外の人と満足に関わってきていない。それが原因の一つだろうか。これからはもっと、人との関りを増やした方が良いもかもしれない。
「最近、森の方に変な連中が入り込んでいないかい? 薬草を摘みに行く時は気を付けてほしいんだ。ここ数週間、野盗や質の悪い傭兵の目撃情報が増えているんだよ」
彼の言葉に、私はコロを撫でていた手を止める。
「野党……ですか。私が住んでいる周辺では見たことはありません。でも確かに、動物たちが怯えている様子を感じることはありました」
「だろう? これは噂だけれど、教団の残党が何らかの儀式のために生贄を探しているなんて話もある。君みたいに一人で暮らしている女性は、標的になりかねない。本音を言えば、君にも街で暮らしてほしいのだけれど……」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私は大丈夫です。ご忠告、肝に銘じておきますね」
テオ君の言葉は純粋に温かくて嬉しい。けれど私は戦いの手段を持たないし、少し不安があることは事実だ。
その後もお話を続けている間に街の大通りを眺めると、白い制服を着た一団が歩いているのが見えた。帝国の紋章が見えたので、帝国騎士だろう。彼らの表情は一様に険しく、通りを歩く人たちを検分するように鋭い視線を投げている。
「……騎士様たち。何かあったのでしょうか」
私が呟くと、テオ君の表情は真剣なものに変わる。
「ああ。最近、帝国騎士はかなりピリピリしているんだ。とんでもないことが起きたって話だよ」
「とんでもないこと?」
「彼らの頂点に立つ、騎士団長様が忽然と姿を消したらしい。『銀狼騎士』と呼ばれていたその人のこと、知っている?」
「銀狼騎士……。とってもお強い方だと聞いたことがあります」
「そう。帝国最強の騎士、アルフレート・シュンベル様。教団の残党との戦闘後に行方不明になったそうでね。帝国は必死に彼のことを捜索しているみたいだけれど、生存は絶望的だなんて囁いている者もいる。あの若さで団長にまで上り詰めた方がね……。彼の捜索のために、こうして街で帝国騎士を見かける機会が増えたんだ」
彼の話を聞いていると、胸の奥が痛んだ。どんなに強い人でも、こうして危険な目に合うことがある。どうか無事でいてほしいと、心から思う。
「……コロ? こんなに震えて、どうしたの?」
私の膝の上で暴れていたコロの身体が、震えている。ルビーのような赤い瞳は、通りを歩いている騎士たちの背中をじっと見つめているように見えた。その瞳はとても悲しそうで、見ている私までもが悲しい気持ちになる。
「大丈夫よ、コロ。私はここにいるわ」
ぎゅっと彼を抱きしめると、コロははっとしたように私を見上げて、それからとても、とても切ない声で「クゥン……」と鳴いた。
「暗い話をしすぎたね。コロくんにそれが伝わってしまったのだろう。さあ、ケーキを食べてしまおうか」
「ええ、そうですね……」
テオ君は明るく笑ってくれたけれど、私はコロの微かな震えが止まらないのが気になって仕方がなかった。
「帰ったら、とびきり美味しいごはんを作ってあげるからね、コロ」
そっと小さな背中を撫でると、コロは顔を動かして私の指をぺろりと舐めた。




