23. 奇跡的な巡り合わせ
「結論から言うと、坂田さんから聞いたんだ」
「えっ、坂田さんって、さっき電話されていた要さんの担当編集者の方ですよね? なんで坂田さんが? 私、取材の時に顔を合わせた一度きりしか面識ないですよ?」
要さんは端的にまず結論から話し始めた。
予想外の言葉に私は目を瞬く。
要さんが坂田さんと電話している時にも思ったが、坂田さんとお見合いが全然繋がらない。
その違和感が口を突いて率直な質問となった。
「正確に言うと、坂田さんとは普通に雑談をしていただけなんだ。その中で、俺が缶詰になってるホテルから連想したんだろうけど、『そういえば、そこのホテルでこの前取材で会ったCAの方がお見合いされるらしいですよ』って話が出てきたんだよ」
「……その口ぶりだと、坂田さんも誰かから聞いた感じですよね? でも、一体誰から?」
「そのことでさっき一応確認の電話を入れたんだ。坂田さんとその情報源の人物の関係は秘密にして欲しいって以前頼まれてたから」
「情報源の人物? それって……?」
「亜湖ちゃんの先輩、相沢さんだよ」
「ええっ!?」
ここで思わぬ人の名前が飛び出し、私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
……円香さん!? でも円香さんにもお見合いの話はしてないけど? それに坂田さんとの関係って!?
さらなる疑問が次々に湧いてくる。
それを予期していたようで要さんは一つずつ説明し始めた。
「まず坂田さんと相沢さんなんだけど、2人は元恋人らしくて、あの取材の日に再会したらしいよ。それをキッカケにまた会うようになって、付き合うようになったらしい」
「そうだったんですか! 全然知らなかったです!」
円香さんに恋人ができていて、しかも相手が坂田さんだなんて驚きだ。
取材の時も2人が元恋人だったとは全く気づかなかった。
仕事中だからプロフェッショナルに徹していたのだろうけど、偶然再会したのなら2人とも相当内心では動揺していたはずだ。
「俺が知ったのも本当にたまたまで。年始に街で2人と偶然遭遇したからなんだよね」
「あっ! 円香さんと会ったって言ってたのってそれですか?」
「そうそう。実はその時に2人の関係は秘密にして欲しいって頼まれたんだ」
「だから私に話した時も円香さんと会ったとしか言わなかったんですね。それで私は誤解しちゃったんですけど……」
「えっ、どういうこと?」
この話の流れで要さんが円香さんを好きになったと誤解した経緯を私は話した。
要さんの『想いを寄せる人がいる発言』と、街で円香さんに会ったタイミングが時系列的にピッタリだったからそう思ったと言うと、要さんががっくり肩を落とす。
あれは私に自分の好意に気づいてもらうための匂わせ発言だったらしい。
「全然その可能性は考えませんでした。だって円香さんと2人きりで会ったと思ってたから。円香さんは美人で性格も良いし、要さんが心惹かれてもおかしくないなぁって。……それにしても、なんで円香さんと坂田さんは関係を隠すんですか?」
「坂田さんが既婚者だからだよ。まぁ、奥さんの不倫が原因ですでに別居していて、離婚に向けて調停中らしいけど。相沢さんと再会したのはそんな時で、でも一応まだ書類上は既婚者だから、色々な面で余計な波風を立てないために周囲には秘密にしているらしいよ」
「そうなんですか」
ふとミュンヘンで交わした円香さんとの会話を思い出す。
あの時円香さんは「彼氏はしばらくいいかなぁ」と零していた。
もしかしたらすでに坂田さんという恋人がいて、でも表立って言えなくて言葉を濁したのかもしれない。
……それに円香さん、要さんのことはあくまで目の保養で、異性としては興味ない様子だったよね。勝手に嫉妬しちゃってたなぁ。
あの日の自分の言動を思い出すと苦い気持ちが込み上げてくる。
「坂田さんが相沢さん経由で亜湖ちゃんのお見合いのことを聞いたのも、本当にたまたまだったみたいだよ。それこそ俺と同じように雑談の中でだね。『そういえば貴方が会ったことのある私の後輩がね〜』って感じで聞いたらしい」
「実はそこが不思議なんです。私、円香さんにもお見合いの話はしてなくって」
「相沢さんがなんで知っていたのかは俺も正直分からない。亜湖ちゃんが話してないなら、別の誰かから聞いたんだろうけど」
そう言われて、私は起こり得る可能性を考えてみる。
まず職場は絶対にありえない。
私は誰にも話していない。
というか、そもそも私は同僚に限らず、周囲の誰にも話していないのだ。
……ということは、私じゃなくてお見合い相手側から漏れた?
「あ! もしかして!」
菅野さんから話が流れた可能性に行き当たると、私はピンと来た。
そう、菅野さんと最初に会った合コンは、円香さんが幹事を務めていたのだ。
菅野さん、もしくは男性側幹事だった篠崎さん経由で、円香さんがお見合いの話を耳にしていてもおかしくはない。
……菅野さんってなんでもペラペラ喋りそうだもんなぁ。お見合いの相手、日時、場所まで誰かに漏らしてても不思議じゃないかも。
つまり、周りに回って、本当に偶然要さんの耳にまで届いたということだ。
ある意味、奇跡的な展開である。
その可能性が高そうだと要さんにも説明すると、要さんも驚いていた。
「現実は小説より奇なり、だね」
「ですね」
今となっては菅野さんの口の軽さに感謝しなければならない。
巡りに巡って要さんが私のお見合いのことを知ったからこそ、今の幸せがあるわけだ。
「まぁそういう経緯で亜湖ちゃんのお見合いのことを知って、居ても立っても居られなくて。亜湖ちゃんの望みを叶えると言いつつ、半分以上俺の望みだったかもしれない」
「いえ、あの時本当に今すぐお見合いから逃げ出したい気持ちに駆られてたから、助かりましたし嬉しかったです」
「スイートに連れ込まれそうになってたんだよね? 手まで握られてたし。本当に間に合って良かった。実は直前まで新作の執筆をしてて、なんとか書き上げた直後だったんだよ」
要さんによると、原稿の提出締切が昨日だったらしく、お見合いを潰しに行くためには、それまでになんとしてでも書き上げる必要があったらしい。
坂田さん経由で私のお見合いを知ってからは、昼夜問わず必死で執筆に励んでいたそうだ。
なんとかギリギリに書き終わってメールで坂田さんに送った後、急いでシャワーを浴びてあの場に現れたという。
そんな話を聞くと、私のために頑張ってくれたんだと伝わってきて胸がキュンと甘くときめいた。
「俺はこうして亜湖ちゃんと気持ちを確認し合えたし、お見合いを潰したことに全く後悔はないよ。ただ、今さらだけど、亜湖ちゃんの方は大丈夫?」
「えっ? どういう意味ですか?」
私が人知れずしみじみと甘美な気持ちに浸っていると、要さんがふいに心配を宿した声音で突然不思議なことを口にした。
その真意が分からず、私は首を傾げる。
すると続いて要さんの口からは、私の盲点をつく一言が発せられた。
「ほら、お見合いって親がセッティングしたものだから。亜湖ちゃんの親御さんが怒ってるんじゃないかと思って」
「あっ!」
指摘されたと同時に忘れていた事実を即座に思い出して、私は頓狂な叫び声を上げた。
あのお見合いを抜け出してから怒涛の展開すぎて、すっかり頭から抜け落ちていた。
確かに要さんの言う通りだ。
私は慌てて鞄からスマホを取り出す。
案の定、父から数十件の着信履歴が残っていた。
……ゲッ、やっちゃった……! ううっ、これはお冠かも。
スマホを見つめて顔を青くする私とは反対に、要さんはこんな事態を予期していたのか実に落ち着いていた。
どう対処しようと頭を悩ませる私に真面目な顔をして告げる。
「よし、亜湖ちゃん。一緒に親御さんへ挨拶に行こう」
「要さん?」
「今から電話して、親御さんの都合のつく日を聞いてくれない? 俺は新作も書き上がったし、いつでも大丈夫だから」
「えっ、でも。そもそも私の問題ですから、要さんは行く必要ないと思いますけど」
「いいから、いいから。俺も亜湖ちゃんと一緒にお見合いの件、謝罪したいから」
さぁ早くと促され、私は要さんの見守る中で父へ折り返しの電話をかけ始めた。
なにかと多忙な父へは普段めったに電話は繋がらない。
大概の場合は留守番電話だ。
だというのに、こういう時に限って父はワンコールで即電話に出た。
「亜湖! お前、今どこにいるんだ! 何度電話しても繋がらずに心配したんだぞ! しかも菅野から連絡が来たが、お見合いを途中で男と抜け出したというのは本当なのか!?」
通話状態になるやいなや、父からは矢継ぎ早に質問が飛び出す。
ダーッと一方的に投げ掛けられる言葉を一旦受け止め、私は一呼吸おいてから、まずは事実を端的に説明し始めた。
「お父様、心配おかけして申し訳ありません。えっと、途中でお見合いの場から退席したのは事実です。ただ色々と事情がありまして」
「突然男が現れて亜湖を攫って行ったというのは事実か!?」
「……はい、概ね事実です。その方と今一緒にいるんですけど、実はお父様に挨拶に伺いたいとおっしゃっていて。ご都合つく日はありますか?」
「今すぐ家に来なさい」
「えっ、今すぐ? お父様、それは———……」
さすがに急すぎるのではと言いかけていたところで、電話は一方的にブチッと切れた。
私は唖然としてスマホを見つめる。
「今すぐ来いって?」
「要さん、聞こえてたんですか?」
「あの声量だと音漏れするからね。近くにいれば尚更聞こえるよ。じゃあ早々に準備して亜湖ちゃんの実家へ伺おうか」
こんな唐突な展開だというのに要さんは相変わらず落ち着いていて、余裕すら感じさせる。
女心をレクチャーしていた恋愛コンサルの頃には感じられなかった頼もしさがあった。
……なにこれ、またギャップにキュンとしちゃった……!
本物の恋人になってからというものの、要さんの今まで知らなかった一面に幾度となく胸を掻き乱されている。
今までの彼女達が「思ったのと違った」と要さんを振ったのとは真逆の現象が私には起きている気がした。
こうも一方的に翻弄され、なんとなく悔しくなった私は、ついつい意地悪なことを口走る。
「いいんですか? 今すぐ私の実家に行くなんて、面倒くさがり屋な要さんには相当面倒なことだと思うんですけど。無理しなくていいですよ?」
「不思議なことに、亜湖ちゃんのためなら全く面倒に思わないんだよね。俺って面倒くさがりなんじゃなくて、ただ単に本当に好きな女性と巡り会ってなかっただけなのかも。どう思う、亜湖ちゃん?」
「———ッ!」
結局、絶妙に甘い台詞をサラリと笑顔で返されて、私は頬を染めながら絶句した。
……恋人になった要さん、破壊力が天元突破しちゃってるってば! もう私、どうにかなりそう……!
その後、私の反応がお気に召したらしい要さんから耳元で「可愛い」を連呼されて、再び熱烈な口づけをお見舞いされた私は、実家へ行く前からへろへろになったのだった。




