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19. 会わない日々

率直に言って、最近の私は忙しい。


国際線フライトへの乗務が続いていて、月の半分以上日本にいない状態だ。


でも多忙さは今の私にとって救いでもある。


目の前の仕事に打ち込んでいれば、余計なことを考えずに済むから。


具体的には、自覚してしまった要さんへの想いを。


でも仕事を終えて自宅やステイ先のホテルで1人になると、ふっと思い出してしまう。


しかも厄介なことに、そんなタイミングで狙ったかのように要さんからのメッセージが届くのだ。


それも、まるで本物の恋人からと勘違いしそうになるような文章で。



——『俺は新作執筆のために最近ホテルに缶詰中。亜湖ちゃんは元気にしてる? ノートにボロクソ書き込みたくなるような出来事が亜湖ちゃんの身に起こってないことを願うよ」


——『数週間も亜湖ちゃんの顔を見てなくて変な感じがするよ。せめて声が聞ければと思ってしまうけど、それも課題を達成するまではダメなんだよね?」


——『見返りとして望みを一つ叶えるっていう課題のために最近亜湖ちゃんのことばっかり考えてる気がする」


 ……もう! なんで急にメッセージがやたらと甘いんですかぁーッ!


声が聞きたいとか、君のことばっかり考えてるとか、女心を絶妙にくすぐる言葉のオンパレードだ。


いつの間にここまで女心マスターに成長したのかとビックリである。


それとも言葉を扱う小説家という職業柄、文章で女性の心を掴むのはもともと得意なのだろうか。


今までは主に日程調整くらいの事務連絡しかメッセージを交わしていなかったから知らなかった。


 ……いや、もしかすると、好きな人ができたから私とのやりとりで練習してるとか……?


なきにしもあらずだ。


その場合、私は「その言葉は女心的にいい!」など褒めたり、はたまた「それは全然ダメ!」とビシッと指摘したりすることが求められているのかもしれない。


でも到底それをする気にはなれなかった。


好きな人が好きな人を落とそうと頑張っているのをどうしても素直に応援できない。


 ……私って心狭いなぁ。でも恋愛コンサルは一旦ストップって宣言してあるから、許容だよね……!?


そう自分に言い聞かせ、メッセージにはあまり過剰に反応しないよう心掛け、私は当たり障りなく淡々と返事を返すようにした。


甘さの宿る要さんのメッセージにも困り物だが、私の心を掻き乱すのは残念ながらそれだけではない。


「亜湖ちゃん、同じ便に乗務するのなんだか久しぶりじゃない? ミュンヘンに着いたら一緒にディナーに行こうね〜!」


「ここ最近は搭乗便が重ならなかったですもんね。なんかお久しぶりです! ミュンヘンでの円香さんとのディナー楽しみです!」


そう、好きな人の想い人である円香さんの存在だ。


にっこり笑っていつも通りの愛され笑顔を向けるけれど、やっぱり意識してしまってぎこちなくなってしまう。


円香さんは何も悪くない。


私が一方的に嫉妬して心にモヤモヤを抱えているだけなのだから。


羽田発ミュンヘン行きの国際線での乗務中、私はCAとしてプロフェッショナルに徹し、円香さんのことをできるだけ意識から離してひたすら仕事に集中した。


そうして無事にミュンヘンに到着して、ディナーのために街へ繰り出した時だ。


食事の最中についに円香さんの口から要さんの話が飛び出した。


「そうそう。実はね、年始の初詣の帰りに花山先生にバッタリ会っちゃって! やっぱり街中でも目を引くイケメンぶりだったわぁ」


この話は先日要さんから聞いたのと全く同じだった。


つまり間違いなく2人は年始に邂逅を果たしていたのである。


 ……その偶然の再会がキッカケだったんだろうなぁ。


私はズキズキと痛む胸の内を押し隠しながら、何も知らない素振りで円香さんの話に乗る。


「そうなんですね! 偶然出くわすなんてちょっと運命的に聞こえます! ……連絡先とか交換したんですか?」


「連絡先は交換してないんだけど、新作のための取材に協力してもらったから発売したら1冊差し上げますね、って言ってくださって!」


「……じゃあその時にまたコンタクト取れるでしょうし、近づくチャンスですね。円香さん、花山先生のことタイプで、彼女いるのかなって前に気にしてましたもんね!」


「ん〜そうなんだけど、でも今はそういうのいいかなぁって思ってて。花山先生は目の保養には最高だけどね!」


笑顔で話を聞く一方で、私はそれとなく色々探りを入れている自分に途中で気がついて、自分が嫌になった。


連絡先を交換していないと知ってホッとするなんて実に浅ましいし、何も知らないフリをしながら素知らぬ顔で円香さんの気持ちを探ろうとするのもいやらしい行為だ。


 ……本を贈呈する約束を口頭でしているみたいだし、やっぱり要さんは円香さんに気があるんだろうなぁ。


そして自分で聞いておいて分かった事実に落胆するなんて自分勝手すぎる。


本当に私は愛され女子とはほど遠い嫌な女だ。


それにしても意外なのは円香さんである。


あんなに要さんに対してうっとりしていたのに、彼氏にしたいとは思っていない様子だ。


 ……もしかして、要さんはそういう円香さんの引きの姿勢に惹かれたのかな?


今まで散々色々な女性から猛烈アピールを受けてきているだろうから、逆に新鮮だったのかもしれない。


逃げる女ほど追いかけたくなる、とはよく聞く言葉だ。


男性が本能的に持つ“狩猟本能”を刺激するためだと言われているが、まさにこのケースなのかもしれない。


 ……この感じだと2人はすぐには結ばれなさそうだけど、きっと時間の問題だよね……。


胸がギューッと締め付けられ、息をするのが苦しい。


本当になんで私は今更になって恋心を自覚してしまったんだろうか。


こんなことなら気づかなければ良かったのに。


円香さんの前では弱り切った情けない姿を晒せなくて、私は必死で張り付けた笑みを浮かべ続けた。



◇◇◇


それから数日後のオフの日。


父から話があると突然連絡が入って、私は実家を訪れていた。


改めて「話がある」と言われると嫌な予感しかしない。


 ……でもこの前お見合いの回避は成功したはずなんだけど。


12月に父と昼食をとった際、上手く言いくるめて、しばらくはお見合いはないだろうと確信を持てる状況に持っていったはずだ。


父も私の気持ちに理解を示してくれていた。


あれからまだ2ヶ月しか経っていない。


再びお見合いの話が浮上するにしても早すぎる気がする。


 ……ということは、他の話だよね? なんだろ?


まったく心当たりがないなぁと思いながら父と顔を合わせたところ……


「亜湖、来週見合いをしなさい」


なんと用件はまさかのお見合いだった。


「……えっ、でも、この前私の意向はお父様に伝えましたよね……?」


虚をつかれ、私は面食らいながら父に訊ねる。


「ああ、お前の気持ちはしっかり理解しているとも。だからその意向に沿った見合いだ」


「意向に沿ったお見合い、ですか……?」


 ……なにそれ、どういうこと!?


父の言う意味が分からず、私は大きく首を傾げた。


すると父は得意げに胸を張って説明し出した。


「亜湖は結婚しても今の仕事を続けさせてくれる男がいいのだろう? だからその意向を汲んで見合い相手はお前の仕事を認めている男だ」


 ……えーーっ! そういう解釈!?


私はそれとなくお見合い自体が嫌だから遠慮すると主張したつもりだったが、不十分だったらしい。


確かに言葉尻だけ捉えれば、父がそう理解してもおかしくないのかもしれない。


 ……ついいつもの外面を作った愛され女子モードが発動しちゃったんだ。やんわり言い過ぎて全然伝わってなかったっぽい! 不覚ッ……!


私は心の中で思いっきり頭を抱えた。


父の口ぶりからもうお見合いは確定っぽい匂いがするし八方塞がりだ。


「お父様、そのお見合いっていうのは———……」


「相手は党の幹部議員の次男だ。優秀で今後の活躍が楽しみな有力株の男でな。見合い相手となるその息子も大手商社に勤務する将来有望なエリートだそうだ。わしとしても縁戚になるのは吝かではないと思っている」


やはり相手は議員の息子。


双方に縁戚となるメリットがある政略結婚だ。


「それになんと言っても今回は向こうからぜひ亜湖を、と熱烈に申し出を受けたからな。見合い相手である息子は、以前亜湖に会って惚れ込んだらしいぞ。お前が客室乗務員をしていることも知っていたし、結婚後もぜひ仕事を続けて欲しいと言っているそうだ。どうだ? なかなか良い相手だろう?」


 ……えっ、私に会ったことがある!? 誰のこと!?


一瞬だけクリスマスの日に遭遇したあの男性が脳裏をよぎった。


でもあの人は要さんが撃退してくれたし、それに私の職業は知らないはずである。



「息子は、菅野孝太(こうた)という名前だそうだ。会ったことがあるらしいだが、亜湖は覚えているのか?」


名前を聞いて「菅野、菅野……」と記憶を辿る。


でもまったくピンとくる男性がいない。


 ……えーっと、確か大手商社に勤務する将来有望なエリートって言ってたっけ? 菅野、商社………あっ!



ようやく該当する人物に思い当たった。


そう、秋の初め頃にあった、円香さんが幹事の合コンで隣の席だった人だ。


やたらと言い寄られて、直後に『グチグチノート』に思いっきりボロクソ書いた記憶がある。


“実家が太い”と本人も言っていたが、政治家の息子だったとは。


 ……あの人とお見合い? ただでさえお見合いなんて回避したいのに、より一層嫌になるんだけど。


合コンの時の馴れ馴れしい言動を思い出し、想像するだけでウンザリしてくる。


でも結果的に私はこのお見合いを受け入れざるを得なかった。


その理由は、父に私の気持ちが正確に伝わっていなかったのは私の落ち度であるからだ。


父が私の意向を汲んでセッティングしている以上、安易に否とは言えない。


断ると父の顔を潰してしまう可能性もあるため、拒絶したい場合にはそれ相応のしっかりとした理由が必要である。


だが、私には正当性のある明確な理由がなかった。


 ……それに要さんへの想いに決別するいい機会かもしれない。


失恋が確定している恋は不毛だ。


しかも近い将来に好きな人の恋人になるだろう女性は、私が親しくしている職場の先輩なのだ。


早めに吹っ切らないと苦しいだけなのは予想がつく。


お見合いだろうとなんだろうと、他の男性にとりあえず目を向けてみるというのも意外と効果的かもしれない。


やや自暴自棄になりながら、「もうどうにでもなれ!」と投げやりな気持ちで私は父へ了承の旨を伝えたのだった。


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