表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

01. 私のストレス発散法

「亜湖ちゃんは、どんな男がタイプ?」


「タイプですか? うーん、好きになった人がタイプなんですけど、強いて言うならお仕事頑張ってる人!」


「じゃあ俺は!? 商社勤務でバリバリ金稼いでるよ! 実家も太いし!」


「お仕事に一生懸命なのは素敵ですね!」


「亜湖ちゃんはこんなに可愛いのに彼氏いないんでしょ? ねぇ、俺とかどう? 立候補していい!?」


「ふふっ、立候補して頂けるなんて光栄です。でもまだ出会ったばかりですよ?」




週末を前に街の雰囲気が華やぐ金曜日の夜。


都内にある創作ダイニングの個室でも、男女グループが楽しげな声を上げて盛り上がっていた。


男女の割合は4対4。


座り方は男女交互。


参加者は全員20代〜30代独身。


ここまで示せば、この集まりがどういうものかは簡単に想像がつくだろう。


そう、独身男女の出会いの場——合コンである。


そしてお察しの通り、私もその参加者の1人だ。



私はさっきから何か言う度に「俺はどう?」と自分を売り込んでくる隣の席の菅野(かんの)さんに対して、質問にはストレートに答えずににっこり笑顔で返していた。


タイプについての答えも完全なるはぐらかし。


誰にでも当てはまるような内容にしておけば、誰の気分も害さない。


 ……これぞ、THE当たり障りのないアンサー!


加えて、場の雰囲気を壊さないために笑顔も大盤振る舞い中である。


花が咲くように可憐な笑顔と評される私の微笑みを見て、菅野さんは俄然やる気になったようで、なんだか圧が強くなった。


体を寄せて座る距離を詰めてくる。


それを感じ取った私は、自然な感じで立ち上がり、「ちょっとお手洗いに」とその場をやんわりと逃げ出した。



「あ、亜湖ちゃん! どう? 楽しんでる?」


お手洗いを済ませて鏡の前で軽くメイク直しをしていると、後から入って来た女性に声を掛けられた。


今回のこの合コンの女性側幹事である先輩社員の円香さんだ。


円香さんは「クリスマスまでに絶対イケメン彼氏作る!」と超本気モードで今回挑んでいる。


服装も男ウケを狙ったノースリーブニットとスカートという戦闘服だ。

 

夏の暑さが和らぎ始め、夜は肌寒い時もある9月中旬においても、やっぱり合コンで肌見せは欠かせない。


大人っぽい顔立ちの華やかな美人である円香さんにとても似合っている。


かく言う私も、半袖の花柄ワンピースという合コン仕様な格好だったりする。



「今回男性陣アタリよね。全員大手商社勤務のエリート揃いで、顔も悪くないし! やっぱ篠崎(しのざき)さんに頼んで正解だった〜!」


「篠崎さんとは別の合コンでお知り合いになったんでしたっけ?」


「そうそう! ここだけの話、篠崎さんはすっごくいい人なんだけど、どうしても顔がタイプじゃなくって。でも大手商社勤務は魅力的じゃない? だから別のメンバー集めてまた合コンやりましょうって繋がっておいたの!」


「それで今回、なんですね!」



円香さん曰く、前回の合コンは学生時代の知り合い繋がりだったので、今回はお互いに会社の人を誘うという話になったらしい。


つまり、商社男子とCAというメンバーだ。


 ……たぶん向こうもCAと知り合いたいっていう下心があったんだろうなぁ。


昔ほどではないが、今もCAという職業はある種ブランド化されていて、憧れを抱く人も多い。


CAと付き合えることをステイタスと感じる男性がいるのも事実だ。


「ていうか、今日はピンチヒッターありがとね! 急遽1人来れなくなっちゃったから困ってたんだけどホント助かったぁ〜」


「円香さんのお役に立てたのなら私も嬉しいです!」


私はリップグロスを塗り直して、ぷるんとした魅惑の唇を作りつつ、にっこり笑って返答する。


円香さんの言うとおり、実はこの合コン、私は元々参加メンバーではなかった。


女性陣は全員円香さんの同期で予定していたらしいのだが、当日になって1人体調不良でドタキャンになったそうだ。


そこでたまたま今日最後に乗務した便が同じだった私に声が掛かったというわけである。


「亜湖ちゃんってあんまり合コンとかに参加しないじゃない? だから実はダメ元で誘ったの。オッケーしてくれてホント良かったわ! ところで、ねぇねぇ、亜湖ちゃんは男性陣で気になる人とかいた?」


「う〜ん、どうですかね。でも皆さんとっても素敵な人ばかりだと思います!」


「あの隣の席の人は? 菅野さんだっけ? さっきめちゃくちゃグイグイ押されてたじゃない! あれは確実に亜湖ちゃん狙いだよね」


「私狙いかどうかは分からないですけど、皆さんとお話しするのは楽しいです。全然私とは業界も職種も違って興味深いですし!」


「そう言ってニコニコしてるところが男心を掴むんだろうなぁ。まぁ亜湖ちゃんは可愛いし愛嬌あるし褒め上手だし、女の私から見ても納得のモテ女子だけどねぇ〜! 今日だって急な誘いにもかかわらずその女子力超高い服装だもんね。ホント凄い! 私も見習わなきゃね!」



そう言って頷くと、気合を入れた様子で円香さんは鏡に向かってメイク直しを始めた。


会話もそこで一区切りとなったため、私は一声掛けてから元いた個室席へと戻る。


そして個室の扉を開けるやいなや、案の定というかなんというか、先ほど私の隣を死守していた菅野さんにまたしても捕まってしまった。


完全にロックオンされている。


肉食動物に狙われた小動物の気分だ。


私の隣の席をずーっとキープし続け、脇目も振らずあの手この手で分かりやすく口説かれ、グイグイ押してくる感じが先ほど以上だった。


結局その状態は、閉店時間になって合コンがお開きになるまでひたすら続いた。



——そんな合コンを終えた夜23時半。


二次会のお誘いを断った私は、その足で最寄駅の近くにある喫茶店『珈琲ろまん』に駆け込んでいた。


深夜2時まで営業しているここは、若者向けのカフェではなく、居心地のよいレトロな老舗喫茶店だ。


オーダーを受けてからサイフォンで丁寧に淹れられるコーヒーは最高に美味しい。


あまり混み合っていない静かな落ち着く空間だから作業にももってこい。


私のお気に入りスポットである。


そんな『珈琲ろまん』にて、合コン帰りで若干ほろ酔いぎみの私がなにをしているのかといえば……


コーヒーで一日の疲れを癒している。


……のではなく、テーブルの上にノートを開いて一心不乱に文字を書き綴っていた。



——『ウザイ、ウザイ、ウザイ! デレデレした顔でこっち見んな! 下心が丸わかりだっつーの!』


——『亜湖ちゃん、とか馴々しく呼ぶなっ! お前に名前呼びを許した覚えはねぇー!』


——『なーにが、実家太いよ、だ! お前のアピールポイントはそこかよ! ていうか口説く時に、許可なく髪とか、頬とか、手とか触んじゃねぇ! 初対面なのにキモすぎっ!』


——『こっちがニコニコして話に付き合ってやってたら調子乗りやがって! 言葉も態度も強引すぎ!』



ノートを黒々と染めているのは、所狭しと書き殴られた罵詈雑言の文字の数々。


外面は澄ました顔のまま、私は溜まりに溜まった心の内をひたすら吐き出していた。


このノートは誰に見せるわけでもない、ただ自分の感情を吐き出すためのものだ。


だから取り繕う必要もない。


普段は使うことのない汚い言葉遣いでも全然オッケー。


重要なのはスッキリするまで溜め込んだものを放出することである。


これが私のストレス発散法。


この方法に行き着いたのは何年も前のことだから、ノートももう10冊目以上になるだろうか。


私の生活に欠かせない大切な相棒だ。


名付けて『グチグチノート』。


愚痴を書き殴るから、と実に安直なネーミングだけど、分かりやすいから個人的には気に入っている。


 ……まぁ、そんなネーミングを披露する機会は一生ないけどね。なんせ誰にも見せないノートなんだから。


万が一、このノートを誰かに見られたら、きっとビックリされるだろう。


いや、それどころか引かれたり、怖がられたり、避けられたりするに違いない。


普段の私を知っている人ならば尚更だ。


さっき合コンで私を口説いてた人だってきっと手のひらを返すだろう。


 ……まさか誰に対してもいつも笑顔の愛され女子が、心の中でこんな毒吐いてるなんて想像もしないよね。


自分でも重々に承知している。


私はめちゃくちゃ外面がいいって。


だって意識してそうしているのだから。


誰の目から見ても良い子だと思ってもらえるよう、万人受けするメイクやファッションで外見を取り繕い、いつも笑顔を絶やさず、決して相手を否定せずに感じの良い受け答えを心がけている。


そう、私は自分の素とは違う“愛され女子”を作り上げ、その仮面をかぶっているのだ。


 ……だからこそ、無理してる分、心にイライラが溜まりがちなんだよね。毒吐きたい!


こんなふうに私がなってしまったのには理由がある。


それはズバリ家庭環境だ。


私の家は有力な政治家一族で、祖父は総理大臣経験者、父は現職の大臣という政界の重鎮だ。


それゆえ支援者や支持者を始めとした周囲の目を常に意識しなければいけない環境だった。


子供の素行が祖父や父の評価を落としかねない。


そのことを幼少期からこんこんと言い聞かせられ、厳しく躾けられた。


その結果が今の私である。


外面だけは完璧になってしまった。



「ふぅ、今日も書き出してスッキリした……!」


喫茶店に入ってオーダーを済ませるやいなや、無我夢中で『グチグチノート』に書き殴っていたのもようやく一段落。


私はノートをパタンと閉じると、すっかり冷めてしまったコーヒーにようやく口をつけた。


冷たくなってもここのコーヒーはやっぱり美味しい。


独特の苦味と芳醇な香りに心が凪いでいく。


『グチグチノート』に吐き出した後のコーヒーは格別だ。


その時、カランカランという小さなベルの音が静かな店内に響いた。


入口の扉が開いて、新たなお客さんが来店したようだ。


 ……こんな時間でもお客さんが来るなんて、やっぱり『珈琲ろまん』は根強いファンが多いのかな? 知る人ぞ知るって感じの喫茶店だもんね。


このベルの音も昔懐かしい感じがして、ノスタルジックな気分になる。


この店内にいると、時間がゆったり進むような気するから不思議だ。


そんなことをのんびりと頭の中で考えていたのだが、途中で私は突如ハッとした。


 ……えっ、ていうか今何時!? 


時間を気にしていなかったけど、『グチグチノート』に向かっていたのは結構長かったと思う。


となると、もうかなり遅い時間なのではないだろうか。


慌てて腕時計を確認すると、入店してから1時間半——もう深夜1時を過ぎていた。


 ……ヤバイ、明日も朝から仕事だ!


明日は3便に搭乗予定で、夜は札幌泊のスケジュールである。


朝6時には起きなきゃいけない上に、泊まりの準備も必要だ。


こんなに遅くなるつもりはなかったのに、予想以上に心に色々溜まっていたらしい。


 ……早く帰って寝なきゃ!



急いでコーヒーを飲み干すと、私は会計を済ませて足早に『珈琲ろまん』を後にした。


あまりに慌てすぎて、そこに大切なものを置き忘れていることにも気づかずに——。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ