プロローグ
「ねぇ、亜湖ちゃん。3A席のお客様、すっごく素敵じゃない?」
それは、定刻出発した福岡発羽田行きの国内線フライトで、ドリンク提供が終わりクルー達がホッと一息つける時間帯になった時のことだった。
お客様提供用の飲み物が保管されているギャレーで、来栖亜湖は先輩である相沢円香から内緒話をするようにこそっと小声で話しかけられた。
客室乗務員(CA)である2人は、飛行機の中で日々多くのお客様と接している。
お客様対応中はプロフェッショナルに徹しておもてなしをしているのだが、お客様の目が届かないギャレーではミーハー心が目を覚ます。
無理もない。
彼女達はまだ20代の女の子なのだ。
お客様でイケメンがいると、ついつい裏で盛り上がってしまうのはいつものことだった。
「なんていうか、雰囲気のあるイケメンよね! 顔がカッコいいのはもちろんだけど、オシャレでセンスもいいし、眼鏡も似合っててホントに素敵!」
相当にタイプだったようで、円香はうっとりとした顔をしている。
亜湖はお客様からオーダーされた飲み物の準備に手を動かしながら、顔だけ円香の方へ向けて「分かります。素敵ですよね!」と同意を示すように明るく微笑んだ。
「やっぱ亜湖ちゃんもそう思うよね! あーあ、彼女いるのかなぁ〜。普通に考えたら絶対いるよね〜。だってあんなカッコいいんだもん」
「どうでしょうね? あ、飲み物準備できたんで、私ちょっと持って行ってきますね!」
まだまだ円香は喋りたそうだったが、相槌をうちつつも、亜湖はお客様対応のために笑顔でその場を離れた。
そして予定通り、依頼されていた飲み物をお客様へ渡し終えてギャレーへと引き返す際。
ふと先程円香が言っていたことを思い出した。
……えっと、確か3A席のお客様だっけ?
あんなに「分かります!」と同意を示していたにも関わらず、実のところ亜湖はそのお客様をハッキリ覚えていなかった。
さっきはただ円香に話を合わせていただけだ。
ぶっちゃけイケメンに興味はない。
というか、お客様はあくまでお客様。
仕事だから接客しているだけである。
……でも円香さんの話はこの後も続きそうだからなぁ。ちょっと見ておこうかな。
ちょうど近くの席のお客様に応対していたこともあり、亜湖はビジネスクラスである3A席を通り過ぎる間際に件のイケメンをこっそり盗み見る。
男性はリラックスしながら席でコーヒー片手に何かの資料に目を通していた。
その顔立ちは横顔を見ただけでも非常に整っていることが分かる。
円香の話していた通り、ファッションやヘアスタイルもオシャレだ。
前髪を軽く流した、くせ毛風のゆるめのパーマは全体的に抜け感があり、なんともこなれている。
クラッシックなダークカラーフレームの眼鏡も髪型にマッチしていて、洗練された都会的な雰囲気の、そしてちょっとだけミステリアスな感じのする美形だ。
……黙ってても女が寄ってくるタイプ。女の扱いも上手そう。きっとなんでも器用にそつなく、スマートにこなす感じの人なんだろうなぁ。
心の中でそんな値踏みをしつつ、何食わぬ顔で亜湖は男性が座る席の横を通り過ぎた。
そのあとはお客様対応や着陸準備に追われ、結局円香と3A席のお客様について話すことはなかった。
だから亜湖もそんな出来事はすっかり記憶の隅に追いやっていた。
まさかそのお客様と今度はフライト以外の場所で出くわし、あんな変なお願いをされることになるなんて、この時は想像もしていなかった——。




