26-2・氷柱女の呪印講座~紅葉の潜在力
燕真が首を傾げていると、換気扇から事務所内に雪混じりの冷たい風が吹き込んできて、しばらく吹雪が吹き荒れ、気が付くと、スマホを耳に当てた氷柱女がソファーに座っていた。
「なんで・・・氷柱女がスマホを?」
「じぃちゃんにぉ願ぃして買ってもらっちゃったの!
時々、ぉ氷が、電波の繋がらなぃところに行っちゃうから、
連絡取れなくて不便だけどね!」
「げーむとやらは暇潰しになって良いが、小娘からの‘らいん’が多すぎる!
返信をしきれないから、もう少し減らしてくれ!」
「妖怪のクセに、文明の利器に馴染みすぎだろう?」
氷柱女がスマホを持たされてゲームに嵌っていることなど、注意しなきゃならない問題は多々あるが、今、優先すべきは、そんな日常的なことではない。
「鬼の呪印か・・・
あれは、妖怪でありながら人間に近い鬼族だからこそ可能な技術。
特に、幹部クラスの鬼しか扱わない技術だ。
‘周到に準備をする’だの‘搦め手から敵を攻める’等と言う行為は、人間の思考だ。
我等のように、本能的に行動をする一般妖怪の概念には無い。」
「ぉ氷にもできなぃの?」
「その様な事ができれば、鬼に住処を奪われるような醜態は晒さずに済んだ。
真似事は可能だが、呪印に長けた鬼でもあるまいし、
山頭野川沿いの建物(文化会館)にある魔法陣とやらを、
邪魔するほどの呪印を敷く事はできぬ。」
「なんや、お氷にも見えとったんか?」
「あぁ・・・煩わしい術だ。嫌でも眼に入ってくる。
粉木や、鬼の退治屋には見えないのか?・・・紅葉にも見えているのだろう?」
「ぅん、見えてるょ。
でも、マホージン消すとか、ジュインのモヤモヤ出すのは、
どうやればィィのか解らなぃんだょね。」
氷柱女を呼び出しても、解ったのは鬼が他の妖怪とは一線を画した存在ってことだけだった。「これ以上話しても進展は無さそう」と諦めかけたが、氷柱女は、何か言いたげな表情で、紅葉を見詰めている。
「言っただろう。鬼族が呪印に長けるのは、思考が人間に近いから・・・と。
確証は持てないが、あるいは紅葉ならば・・・可能かもしれんな。」
「ぇっ!?ァタシっ!!?できるかなっ!?」
「真似事ならば教えられる。試してみるか?」
「ぅ、ぅん!ゃるゃるっ!!」
紅葉は嬉々として、燕真&粉木&雅仁は驚きの表情で眺める。普段ならば、そんな危ないことはさせたくないのだが、魔法陣に対抗策が無い現状では、紅葉の潜在力に頼るしかない。
「なにを、ど~やればイイの?」
「先ずは、黙って観察しろ。」
氷柱女が事務所の床に手を充てて呪文を唱える。すると、掌から闇の玉が出現をして床に半分潜り込み、氷柱女が手を離すと、空気に溶け込むようにして直ぐに消えてしまった。
「おいおい・・・退治屋の事務所の床に、妖怪の呪いを沈める気かいな?」
「安心しろ。私は鬼のように呪印に長けているわけではない。
それに、この建物は邪気に対する防衛が施されているのであろう?
見た通り、私の弱い呪印では、地に沈む前に防御に弾かれて消滅をしてしまう。」
「ふぅ~~~ん・・・
ここって、そんなの(邪気防衛)がしてあったんだ?知ってた、燕真?」
「いや、初めて聞いた。」
「霊力が強すぎて些細な干渉では違和感が無い紅葉ちゃんと、
霊力が全く無いので気付きすらしない佐波木・・・両極端だな。」
「さぁ、小娘。今と同じ事をやって見せろ。」
「えぇ!?もぅやるの!?呪文とかゎ教ぇてくれなぃの!?」
「オマエに呪いの言葉を覚えさせるつもりはない。呪文など何でも良い。
強い気持ちを封じ込めれば、それで良いのだ。
興味のある事や、心に強く思う事を念じながら、掌に呪印を作ってみろ。」
「ぅ・・・ぅん。やってみる。」
皆が見守る中、紅葉が床に手を充て何やら小声で呟く。燕真が「どんな呪文を唱えているんだろう?」と耳を傾けてみる。
「・・・とカラオケ
・・・とお寿司
・・・と焼き肉
・・・と遊園地
・・・と海
・・・と旅行
・・・と一緒に住む」
様々な願望らしき言葉が聞こえる。「・・・」の部分は良く聞こえないが、おそらく名詞だろう。「・・・」は「亜美」とか「ママ」だよな?と考えつつも、燕真には嫌な予感しかしない。
しばらくすると、掌から白い玉が出現をして床に半分潜り込み、直ぐに空気に溶けて消えた。
「ぁりゃ?ぉ氷の時と同じになっちゃったっ!失敗?
もっと強く念じなきゃダメなのかなっ??」
「いや、今はそれで充分だ。あとは、呪印の種類の問題だからな。」
「・・・種類?」
「粉木・・・先日、紅葉が大きな霊力を発したようだが、アレは何があった?」
「・・・・・ん?」
「急激に霊力を枯渇させただろう?
派手に霊力が動いたからな、気付かぬワケがなかろう。」
「・・・聞いてどうするんや?」
「言いたくなければ言う必要は無い。だが、アレと同じ事をしてくれ。」
氷柱女が、「水晶メダルへの霊封」を言っていることは、その場にいる全員が直ぐに解った。
「え~~~~~~~~~~~~っっっ!!!マジでっっ!!?またァレやるのっ!?
体がバラバラみたぃになって、
次の日の昼くらぃまでヘロヘロで動けなくなるから嫌なんだょな~~!」
「ならば、明日の昼まで、佐波木の部屋で寝ていれば良かろう。」
「ぅん!ならィィ!」
「ダメだダメだ!何が何でも自宅に送り返す!!
グッタリ&フニャフニャな女子高生なんて部屋に転がしておいたら、
世間様から、どんな凄まじい誹謗中傷を受けるか、
考えただけでもゾッとする!!」
「え~~~~~~~~~っ!燕真のケチっ!!」
「グッタリ&フニャフニャ無抵抗な物が部屋に転がってたら、
俺が100%間違いを起こす!!
オマエは、俺が健康的な男って認識と、自分が年頃の女って自覚を持て!!」
粉木は、「水晶メダルを使え」と言う指示に困惑をしてしまう。昨日は、紅葉に今の状況を知ってもらう為に金庫から出したが、紅葉がメダルに念を込めたのは想定外だった。安全性が確かめられない物を、何度も紅葉に預けたくない。
「お嬢にアレをやらせる以外の方法は?」
「無い。この方法が、成功するかも解らぬ。」
「ワシや狗塚ではダメなんか?」
「可能性があるのは紅葉だけだ。」
「解った・・・しゃ~ないか。」
粉木は、大きな溜息をついて立ち上がり、金庫の中から水晶メダルを出して、紅葉に差し出した。質感は昨日と同じまま、エクストラの力を発現させるスイッチは起動していない。
水晶メダルを受け取る紅葉。昨日と同じように全身が熱く高揚する。流石に不安なのだろうか?紅葉は「握っていてくれ」と、空いている方の手を燕真に差し出した。
燕真は、何も言わず、紅葉の手を両手で握り締める。途端に、紅葉に握られていたメダルが、鈍く光を放つ。
「き、昨日と同じ!ゃるょ、燕真!」
「・・・あぁ!」
「うにゃぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」
紅葉は、腹を括り、奇声を発しながら水晶メダルに霊力を注ぐ。
「その緊張感の無い掛け声は、もう少し何とかならんのか?」
-数分後-
昨日と全く同じ・・・テーブルの上には、それまでと変わらない透明色のメダルが置いてあり、ソファーでは紅葉が脱力している。
「ふぇ~~~ん・・・体がバラバラになったょぉ~~~~~~~~~。」
もちろん、本当にバラバラになったワケではなくて、紅葉が体感をその様に形容している。こんな状態で、何ができるのだろうか?
「そうか!メダルを使って呪印を作るんだな!!」
「才能が無い奴は黙ってろ!」
燕真が発言したら、即座に氷柱女から一喝される。
「さぁ、準備はできた。行くぞ、紅葉。」
「ほへぇ~~~~~・・・どこぇ~~~?」
「決まっているだろう。魔法陣とやらが施されている場所だ。
オマエはその為の準備をしてのであろう?」
「・・・今からか?紅葉がガス欠なのに?」
「そうだ、今行かずに、いつ行くつもりなのだ?
佐波木、オマエが責任を持って、小娘を連れて行けよ。」
「おいおい・・・こんな有様で文化会館に行って、何ができるんだよ!?」
「先に行っている。」
質問の途中なのだが、氷柱女は聞く耳持たず・・・体を吹雪に変化させて、窓から飛び出して行った。
紅葉が足腰の立たないフニャフニャ状態なのに、バイクで慌てて氷柱女を追い掛けていくのは危険だ。粉木が車を出すことになり、後部座席に紅葉を転がし、助手席に燕真が乗り、マスクドウォーリアの襲撃に備えて雅仁に留守番を頼んで、文架文化会館に出発する。
-文架文化会館-
到着をすると、氷柱女が幾つもある魔方陣(燕真と粉木には見えない)のうちの一つを指で示した。
「先ほどと同じように、魔法陣があるこの場所に、オマエの呪印を沈めてみろ。」
紅葉に「自分で動けるか?」と尋ねたが、まだ無理っぽかったので、粉木の手を借りて燕真が紅葉を背負い、氷柱女の指定する場所に運ぶ。
「んぇ~~~~・・・?まだ体がバラバラだからムリだょ~~。」
「良いからやってみろ。今のおまえにできなくば、できる者は誰もいなくなる。」
「ん~~~~~~~~~~~・・・死んじゃぅょぉ~~~。」
「死ぬ事はあるまい。
今以上に動けなくなったら、動けるようになるまで、
何日間でも、佐波木の部屋で寝ていれば良い。」
「ん~~~~・・・ワカッタ。なら、頑張ってみる。」
「ダメだダメだダメだ!俺が監禁罪で逮捕されるっ!!!
・・・てか、そんなことを許可したら、
コイツは、元気になっても、そのまま居座り続けるっ!!」
紅葉が燕真の肩をポンポンと叩いて「降ろしてくれ」と言うので、燕真は紅葉の体調を気遣いながら降ろす。地面にペッタリと腰を下ろしたまま、怠そうにして動けない紅葉。直ぐにでもその場に寝転がりそうだ。
「さぁ・・・やってみろ。」
「・・・・ん。」
紅葉は、モヤモヤ(燕真達には見えない)が上がる地面に掌を置き、先ほどの事務所と同じように呪印を念じてみる。しかし案の定、既に霊力が枯渇している紅葉からは、何も放出されない。
「ダメみたぃ・・・。」
「以前、闇に食われかけた佐波木を救った時・・・
おまえは、何かを感じなかったか?」
「・・・・ぇ?」
「あの時を思い出せ。」
「・・・燕真を助けた時?」
あの時の紅葉は無我夢中だった。「自分の内包霊力が足らずに、燕真が助からない可能性」は考えていなかった。霊力を放出して急速的に力が抜けていったのに、気持ちが高揚して、枯渇のあとに強大な霊力が溢れ出した。
「そっか、ぁの時ゎ、今よりも、もっともっとスゲーの出せたね!」
紅葉は、地面に置いた手の甲を見つめ、「死にかけていた燕真に霊力を注いだ時」をイメージして意識を集中させる。
「んんっ!」
紅葉の中で「ドォォォンッ!!」と音を立てて、何かが弾けたような気がした!そして、ダムが開かれて堰き止められていた物が流れるように、霊力は次から次へと溢れ出し、地面に注がれていく!
「わっ!わっ!できたよ、燕真!できたょ、お氷!これで、ィィんでしょ!?」
「そうだ。それで良い。」
氷柱女は紅葉の霊力発言を見てコクリと頷いたあと、粉木に視線を移す。粉木は驚いた表情で紅葉を眺めたあと、氷柱女と視線を合わせる。
「お氷・・・、お嬢がこれほどの霊力を潜在していたんを、知っとったんか?」
「上辺の霊力に覆われて隠された真の力・・・。
上辺を枯渇させなければ発揮はされない。
粉木よ・・・小娘はこれで良い。
あとは、おまえや佐波木が、小娘を確りと支えてやる事だな。」
「どういうこっちゃ?」
「それは、私が言うべき事ではない。
有紀は、おまえ等に期待をしているから、私を紅葉に会わせた。」
氷柱女は、外灯に照らされた紅葉の影を見つめる。紅葉の影は、紅葉の姿とは僅かに違う。多方向からの照明で薄く象られた影の頭からは、まるで、角のような物が生えているように見える。木の枝や植樹の影が重なっているからなのだろうか?
「あとは、おまえ達で気付き、おまえ達で納得せねばならぬことだ。」
紅葉と氷柱女は、「地面に隠された魔法陣が、紅葉の霊力で丸々覆われた手応え」を感じる。魔法陣の消去はできないが、これでこの魔法陣は、周囲を霊力に邪魔をされて直ぐには発動できない。
「終わったぁ~~~!疲れたょぉ~~~・・・もぅ死んぢゃぅ!」
「小娘・・・あと幾つ出来る?」
「ぇっ!?まだ、ゃるのっ!?」
「もちろんだ。魔術の印は、腐るほど有る。1つ妨害した程度ではどうにもならん。
全部覆えとは言わぬが、可能な限り覆え。
そうすれば、建物を囲むはずの巨大魔法陣は発動が遅くなり、効果も薄くなる。」
「マジでっ!?1個ぢゃ、ぁんまり意味無ぃの!?
きっつぅ~ぃ!人殺し~~~!!!」
呪印を消滅させるなら、同程度の相反する霊力を送り込めば良い。だがこの度は、消す技術が無い為に魔力呪印を丸々覆わなければならない。消費霊力量にすれば、消滅させる場合の3~5倍は必要になる。しかも、紅葉が普段使い慣れていない「眠っている力」なので、コントロールが上手くいかず、無駄に浪費をしてしまう。これは、類い希な才能を持つ紅葉でも、凄まじく燃費の悪い対応策なのだ。




