25-3・脱力紅葉~燕真と有紀~里夢と猫~コテージの燕真
-数分後-
テーブルの上には、それまでと変わらない透明色のメダルが置いてあり、ソファーでは紅葉が脱力している。
「ふぇ~~~ん・・・体がバラバラになったみたぃに動かなぃょ~~~。」
水晶メダルは、紅葉が霊力を送り込んでいた間は鈍く輝いていたが、紅葉の手から滑り落ちた途端に元の無色に戻ってしまった。試しに雅仁が触れてみると、以前と質感は変わらない。
「やはり・・・底が深すぎて、紅葉ちゃんの霊力では足りず、
スイッチは入らなかったってことか?」
気が付くと時刻は23時半を廻っていた。紅葉の門限を豪快に振り切っている。
「流石にやばいな。」
「続きの話は明日や!燕真、送っていきや!」
「え!?俺が!?」
紅葉は、満足に足腰も立たない有様だ。バイクの後ろに乗れるのかすら解らない。門限を楽々振り切って、こんなフニャフニャな女子高生を家まで送ったら、親はどう見るのだろうか?色々と勘違いされそうだ。どう言い訳をすれば良いのだろう?「酒を飲んでこうなった?」「気付いたらこうなっていた?」、どちらも大人としての管理責任を問われそうだ。いっそのこと「娘さんとお付き合いさせて下さい!」と開き直る?・・ダメだ、名案が浮かばない。
「佐波木が送る気が無いなら、俺が送っても良いが・・・」
雅仁が送れば、燕真は紅葉の親から無用な恨みは買わずに済む。だが、それはそれで納得できない。
「解ったよ!俺が責任を持って送れば良いんだろっ!」
「送りオオカミすなや!」
「この状況でできるワケ無いだろう!マジで殺されてしまう!」
燕真は、グッタリ&フニャフニャな紅葉をタンデムに乗せ、「シッカリ捕まってろ!」と何度も言い聞かせ、それでも不安なので、紅葉が振り落とされないように、ゆっくりとバイクを走らせる。脱力中の紅葉は、いつも以上に、燕真にピッタリと密着している。・・・それはまるで、ラブラブな行為を終えて、少しでも長く一緒にいたいと考えて「帰りの道中をゆっくりと進む」カップルのような酷い有様だ。
-数分後-
自宅マンションの駐車場に到着したが紅葉は、燕真の背中にしがみついたまま、動こうとしない。それはまるで「家の前に着いても、まだ一緒にいたいと考える」カップルのような酷い有様だ。時刻は24時になろうとしていた。
「おい、紅葉・・・大丈夫か?」
「ん・・・・ゴメン、
もうチョットこぅしてれば、頑張って動けるょぅになるから・・・。」
「やれやれ・・・仕方がないか!・・・何階だ?」
「・・・ごかい」
女子高生を午前様で帰すわけにはいかない。燕真はバイクを駐車して、紅葉を背負い、エレベーターに乗って紅葉の住む5階まで上がり、どうにか紅葉を立たせて家の扉の前まで送ってチャイムを押した。
僅かに間があって、中から施錠が空き、紅葉と同じ面影を持つ年輩の女性=源川有紀が顔を出す。
「娘さんをこんな時間まで送り届けず、スミマセンでしたっ!」
「ママ、遅くなっちゃってゴメ~ン!」
道中も色々な言い訳を考えたが、疑われずに済む言い訳は1個も思い浮かばなかった。ならば、余計なことを言わずに平謝りをするしかない。エレベーターの中で、紅葉にも「とりあえず謝れ」と念を押しておいた。
「あら、佐波木燕真君、こんばんは。」
「ど、どうも・・・こ、こんばんは。」
燕真が有紀と面と向かって接するのは、これで2回目。引退した退治屋の先輩に聞きたいことは沢山あるが、今は、そのタイミングではない。
「紅葉、お風呂には入ったの?」
「まだぁ~~~」
「御飯は!?」
「まだぁ~~~」
「御飯」はともかく、何故、真っ先に「お風呂に入ったの?」なんて質問をした? 何を疑っている?もし紅葉が「入った」と言ったら、次にどんな対応が返ってくるのかと思うと、背筋が凍り付く。・・・針のムシロだ。
「もう少し早く帰ってきなさい。」
「・・・ぅん。気を付ける。」
「紅葉がいつもお世話になっています。」
「・・・あぁ、どうも」
紅葉とのヤリトリの後、燕真に向き直って丁寧に挨拶をする有紀。怒鳴りつけられることを覚悟していたが、考えていたのとだいぶ違う対応だ。
「いつも、紅葉からお話は伺っています。」
「・・・あぁ・・・・なんかスミマセン。」
「こんな時間でもなければ、上がって、お茶でも飲んで、
ゆっくりして欲しいところなんですが。」
「あ、あぁ・・・そうですね。もうこんな時間ですし、今日はこれで。」
有紀は有紀で、娘の前では「自分が過去の妖幻ファイターだった素振り」を見せない。だから、燕真も、あくまでも‘紅葉の母親’への対応で通す。
「いつでも遊びに来て下さいね。」
「は、はい、後日改めてっ!」
どうにか、ミッションはクリアした。燕真は、エレベーター前まで送ってくれた紅葉の母と深々と別れのご挨拶をして、「帰ってから食べろ」とリンゴを2個もらい、エレベータに乗り込んで、もう一度深々と頭を下げ、エレベータの扉が閉まると同時に脱力して壁に凭れ掛かる。
なんかもう、鬼とかマスクドウォーリアと戦ってる時の5倍くらい、生きた心地がしない数分間だった。
-翌日-
昨日の水晶メダルへの霊込で、体力が消耗しすぎたのだろうか?今朝は「燕真を叩き起こすアラーム」は粉木邸には訪れなかった。燕真は、少し心配だったので、紅葉にスマホでモーニングコールをして声を確認する。
「なんだよ?アンタも寝坊か?」
燕真が朝食を終える頃になって、ようやく雅仁が起きてきた。
「紅葉ちゃんの課題が、思い通りにクリアできなくてな。」
雅仁は遅くまで起きて、「魔力を見る」イメージトレーニングをしていた。紅葉は「簡単だ」と言ったが、長年に渡って「霊術→妖術への変換」を学んできた雅仁にとって、「別の視点で物事を見る」のは容易くない。ましてや、目の前に魔力を帯びた物があって、それを見る努力をするのならともかく、周りに存在しない物を意識せねばならないのだから、苦労をするのは当然だろう。
「あまり根を詰めるなよ。」
「そういうワケにもいくまい。」
燕真が街のパトロールに出掛けた数分後、モーニングコーヒーだけを飲んだ雅仁も‘離反者の隠れ家’調査に発つ。
-昼過ぎ-
燕真は、紅葉が通う優麗高が見える山頭野川の堤防上にバイクを駐めて、コンビニで買ったパンを食べる。紅葉はちゃんと登校をしたのだろうか?少し気になる。
「・・・・・・・・ん?」
正門付近で、派手なスーツの女性が野良猫を宥めている。顔はハッキリとは解らないが、あのワンレンロングなヘアスタイルは見覚えがある。
「アイツ・・・あんなところで何を?」
一昨日、砂影と一緒に粉木邸に訪れた女・大魔会の夜野里夢だ。「たまたま通りかかって野良猫を可愛がっている」と解釈することも可能だが、気の強そうな彼女には些か不釣り合いな行動だ。何よりも、「紅葉の学校の前で」というのが気に入らない。燕真は、昼食のパンを口の中に押し込んで、缶コーヒーで胃の中に流し込み、直ぐにバイクを走らせて優麗高正門に向かった。
「あっ!・・・くそっ!」
しかし、燕真が接触するより先に、里夢は路肩に停めておいた赤いレンタカーに乗って、移動をしてしまう。
「野良猫を可愛がる為に、わざわざ車から降りた?・・・有り得ない!」
里夢の車を追う燕真。追い着いたのは、優麗高から100mほど北に離れた赤信号だった。バイクを横付けして、ヘルメットのバイザーを上げ、運転席を覗き込む。
里夢は燕真の存在に気付き、サイドウィンドを下げて興味深そうに見つめる。
「君は確か・・・粉木さん処の?」
「あぁ!・・・佐波木燕真です。」
「そう、燕真君・・・。どうしたの?私に何か用でも?」
「・・・はい。」
信号が青に変わったので、里夢は車を発進させ、交差点を通過してからハザードを点滅させて路肩に寄せる。燕真は、里夢のレンタカーの前にバイクを駐め、ヘルメットを脱いで駆け寄った。
「こんな往来で、大魔会と退治屋が会うなんて、
関係者が見たら、なんて言うかしらね?」
「手短に済ませます。」
「そうしてもらえると助かるわ。・・・要件は?」
「今、学校の前で、何をしていたんですか?猫、好きなんですか?」
里夢は、燕真の直球の質問に対して、しばらく黙る。猫に触れていた理由は、それを支配下に置く為。彼女は離反者の行動を監視する為に、離反者が事件を起こしそうな場所に‘使い魔’を放っていたのだ。
「ふふっ・・・長話になりそうね。場所を変えましょうか?」
里夢は車のナビゲーションを起動させ、「後ろから着いてこい」と言って車を走らせたので、燕真は指示に従ってバイクで追う。里夢の運転する車は、国道に出て鈴梅市方面(南側)に向かい、やがて、小洒落た建物の背面を望んで、ウィンカーを出して細道に入る。
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
この道は、隣の鈴梅市までの抜け道にするか、幾つもあるコテージ風の小洒落た建物に入る為のルートだ。文架市に土地勘の無い里夢が、抜け道を目的として、この道を選んだとは思えない。
「あの女、何のつもりだ?」
案の定と言うべきか・・・里夢の乗るレンタカーは、小洒落た建物の中に入ってしまった。燕真はヘルメットの中で、眼をまん丸く見開いて赤面してしまう。要は、里夢が指定をしてきたのはラブホテルなのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジで?」
里夢が空室の車庫に車を入れたので、倣って空きスペースにバイクを駐める。そして、躊躇いなく部屋の中に入っていく里夢を追って、燕真は戸惑いながら部屋に入る。
彩られた部屋の真ん中でダブルベッドが存在感を発揮して、ベッドからでもソファーからでも見える位置に大型テレビがあり、奧には曇ガラスの浴室がある。この展開は、全く予想していなかった。
「申し訳ないけど、文架市には土地勘が無いのよね。
流石に、退治屋の君を私の宿泊している部屋に入れるわけにはいかないし、
関係者に見られるのはマズイから、ナビゲーションで検索して、
手っ取り早く、此処を選んだんだけど、拙かったかしら?」
「・・・い、いえ。」
「関係者には見られずに済むけど、恋人に怒られる?」
「・・・い、いえ。こ、恋人なんて・・・いませんし・・・。」
里夢は、ハンガーにスーツの上着を掛けてYシャツ姿になると、冷蔵庫から缶ジュースを2本出して1本を突っ立っている燕真に渡し、自分はダブルベットに腰を掛けて、もう1本のタブを開ける。
「貴方の質問の答えが先?それとも、終わってから?どちらでも良いわよ?」
「・・・あ・・・あの・・・・なにが?」
「せっかく、この様な場所に来たんですから、お話だけではなく、
大人の男女を楽しまないかって聞いてるんだけど。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「暗黙の不可侵。
私達の接触は表沙汰にはならない。この場限りよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
燕真は、狼狽えながら里夢の座っているベッドから距離を空けて、ソファーの端に腰を下ろした。
部屋の照明で照らされた化粧映えする綺麗な顔立ち、Yシャツからでも解る胸のボリュームと引き締まった腹。里夢のスタイルの良さと大人の色気はハッキリと解る。 しかも、タイトスカートからスラリと伸びた美しい足を時々組み替える。
「・・・え~と。」
燕真は、文架市に赴任してからは色めいた経験は何も無いが、学生時代は人並み程度には場数を踏んでいる。だから、スイッチが入れば、里夢に‘男らしさ’を見せることは可能。だけど、その後、汚れを知らない紅葉の眼を、真っ直ぐに見られなくなる気がする。
「さ・・・さっきは、学校の前で何を?」
里夢のペースに流されるのはマズイので、気持ちを切り替えて、直ぐに本題をぶつけてみる。
「何だと思う?私を満足させることができたら、答えてあげても良いわよ?」
里夢は挑発的な眼で燕真を眺めた。燕真は、再び、里夢のペースに流されそうになるが、慌てて理性にしがみつく。
「誤魔化すな!アンタ、学校に使い魔ってのを仕掛けていたんじゃないのか!?
あの猫がそうなんだろ!?学校を監視して、何をするつもりなんだ!?」
昨日、紅葉の指摘で知ったばかりの‘にわか知識’だ。確証は一つも無い。燕真には、魔力も見る才能なんて一欠片も無い。だが、里夢の甘い誘惑を跳ね除ける意志を込めて、駆け引き抜きで真正面から聞いてみた。
「ふふふっ・・・気付いていたのね?大した物だわ。
通りで、YOUKAIミュージアムに仕掛けた使い魔が追い払われるワケね。」
「・・・・え?やっぱり??」
燕真にとっては少々意外な対応だった。里夢は、一切誤魔化そうとせず、使い魔のことを簡単に認めた。里夢からすれば、魔術師でもない者に使い魔が見破られたのは注目に値するが、見破られても困る理由は無い。挑発を諦めてベッドから立ち上がり、ソファーの燕真の隣に腰を下ろした。
「だけど、私を疑うのは見当違いよ。私の目的は、離反者の監視ですからね。
私は、離反者がアナタ達を狙っているから、
粉木さんの家に使い魔を送り込んだの。
追い詰められた離反者を警戒して、
奴等が事件を起こしそうな場所に、使い魔を送っているの。」
「・・・それが、学校?」
「そうよ。純度が高い生命力・・・それは、強い魔力の源に選ばれやすいのよ。
若い命が集まる学校なんて、外道に落ちた魔術師からすれば、
真っ先に標的にされる場所よ!」
里夢の説明は、燕真からすれば思い当たるフシがある。これまで、同じ理由で、何度も学校が妖怪の標的にされた。紅葉が言ったように、霊術も妖術も魔術の根幹が同じならば、追い詰められた魔術師が学校を狙うのは、至極当然なのかもしれない。
「そっか・・・アンタ・・・いや、里夢さんは、離反者から、この街を守る為に。」
「そう言う事。アナタからの疑いは晴れたかしらね?」
「う・・・うん。変な聞き方してゴメン。」
「気にしてないわ。他に聞きたい事はあるのかしら?」
「いえ、・・・特には。」
「なら、私からも質問よ。
アナタは、暗黙の不可侵を無視して、私に接触をしてきた。その理由は?
私が使い魔を放っていたから・・・だけなのかしら?
離反者達に、何か動きがあったから・・・でしょ?」
「う、うん。
昨日、アイツ等から『一週間以内に事件を起こす』って犯行予告があって・・・。
それで、チョット焦っていて・・・。」
「やはり・・・追い詰められて、形振り構わなくなってきたわね。
解ったわ。私も、これまで以上に警戒をするわね。」
「お願いします。」
聞きたいことは聞き、伝えたいことは伝えた。もう、この場所で、妖艶な里夢と同席をする理由は無い。
「じゃ、俺はこれで!呼び止めたのは俺なんで、代金は払いますね。」
「あら?もう行くの?折角なんだし、もう少しゆっくりしていったらどう?
1~2時間程度なら、ノンビリしても良いんじゃない?」
「い、いえ、急いでいるので。」
「そう・・・残念ね。私は、もう少し休んでから行っても良いかしら?」
「ご自由にどうぞ。」
燕真は、動揺して震える手で財布から5千円を抜いてテーブルの上に置くと、興味深そうに燕真を見つめる里夢と眼を合わせないように一礼をして、足早に退室をした。
「くぅ~~~~~~~~~~!」
扉を閉めると同時に、髪の毛を掻きむしりながら、その場にしゃがんで悔しがる。 もし事件の調査中じゃなければ、もし里夢が大魔会の幹部じゃなければ、そして、源川紅葉という小娘に日常的に絡まれる状況じゃなければ、お言葉に甘えていた可能性は高かっただろう。




