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12.湖の貴婦人



【夢メモ】

湖の貴婦人

 追:ベンウィックのバン王とエレインの子供である、後の円卓の騎士ランスロットを攫って育てる水の妖精。





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 今週もメリーは変身していた。侍従との束の間のデートも、ギィの可愛いプロポーズも、解呪にはいたらなかったのだ。


 昨夜は伯爵の能面顔を思い出してしまってなかなか寝られず、今日は寝坊してしまったので、いつもより手前にある湖で変身の時を迎えてしまった。広くて中央に小さい中島がある。


(やばいな〜。できるだけ水の中にいるようにしようかな。前回以上に足がヒレっぽくなっててちょっと歩き回れなさそうだし。)


 靴と昼食の籠を陰に隠して、ワンピースのまま湖に入った。





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〔ジョフロアの独白モノローグ





 俺は剣の鍛錬を抜け出して森を歩き回っていた。



 最近執事と侍従の監視が厳しい。やっと完成したアンジェ城に移ったからかと思っていたが、父親の指示だったらしい。


 領主たる父は尊敬している。祖父の代で子爵家から伯爵家に陞爵し、父の代で城を立てた。多忙な父に代わり政務がとれるように、俺も早急に領主の仕事も覚えなければならない。


 ひとたび戦となれば出陣しなくてはならないので、鍛錬も怠れない。


 とはいえ最近は戦もないため、武勲で領地を増やすことはできない。だから必要なのは政略結婚だ。俺にも伯爵令嬢の婚約者がいる。ほとんど会ったこともないが、成人したら結婚だ。拒否するつもりはないが、面白くもない。


 分かってはいるが、どうにも息苦しかった。


 特に父が黒い娘を拾ってきてからは、娘と母が散歩する庭に出ることすら禁止されてた。それは弟には伝えられていなかったのか、庭に出て二人の後をついて回っているかと思えば、娘の代わりに母の手を取り散歩するようになっていた。


 弟が今もって父に咎められていないということは、接触してはいけない相手は母ではなく娘だったのか、あの二人に接触してはいけない主体が俺のみだったかだ。


 母親とは幼い頃からほとんど触れ合わずに育ってきた。今更弟のように嬉しそうに手を取り散歩をする気にもなれないし、得体のしれない黒い娘とどうこうなりたいとも思わない。ただ自分だけが父親から押さえつけられているのが気に入らないだけだった。



 それもあって、今日こそはと侍従をまいて森に来た。部屋で食事を取るといって抜け出してきたのだ。


 湖沼が多いこの森は、午前中には霧がかかるが午後はそうでもない。危険な野生動物が出ることはほとんどなく、鳥や小動物の声がするくらいだった。


 露でしっとりと濡れた下草をかき分けてゆっくり歩いていると、ふっと視界が開けた。幼いころに水遊びにきたことがある湖だった。昔、中央の島に上りたくて水に入って溺れ、たまたま出会ったレイモンドに助けてもらったことを思い出す。


 苦労して俺を岸まで運んだレイモンドが、「今後はもっと水練をいたします」と言っていた。あの黒い娘を助けたのもレイモンドだというから、その水練が役に立ったのだろう。


 少々思い出に浸りながら湖の周囲をゆっくり歩いていると、目に金の光が入ってきた。ふと見るとそこには妖精のごとき可憐な乙女が湖の淵に座っていた。長い金の髪が土につくのも、植物で織ったであろう質素なドレスが水に浸るのも気にせずに、表情のない顔で水面を見つめていた。


 その乙女が身を傾けて湖に倒れこもうとした瞬間、俺は走りだした。





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「ダーム・デュ・ラック?」


(あれ、言葉は分かるようになったはずなのにまた謎言語??)


 メリーは突然現れた青年に抱きしめられていた。顔を上げてマジマジと観察する。青い髪、薄茶色の目、王子系の綺麗な顔立ち。この城の嫡男ジョフロア(14歳)だった。


 地球でいうところの中2とは思えないほど背が高くてがっしりとした体つきだった。腰と背中を腕で固定されているためにつま先立ち……そもそもつま先がなくヒレなのでしっかり立てず、全体重を掛けている状態であるがふらつきもしていない。


「美しいジェイドのような瞳だ……」


(あ、やっぱ言葉分かる。ジェイドって翡翠? 髪だけじゃなくて目の色も変わるんだ。ってうか魚類時代の目が緑だったって今初めて知ったわ。全身緑ってクサ〜。ん? この言い方誰がしてたんだっけ? )


「あぁ、愛しいひと。妖精は喋れないのか? でもこの溢れだす俺の気持ちを伝えるのに言葉はいらないな。」


 そう言うとジョフロアはメリーに口づけた。角度を変えて何度も何度も。深くはないが、バードキスと言えないくらい長かった。


 傾き始めた陽光の差し込む幻想的な森の湖のほとりで、湖水よりも青い髪の王子然とした青年と、ふわふわと広がる金の髪の華奢な少女が隙間なく寄り添い口づけ合う様は、まるで一枚の絵画のようだった。


(まつ毛長~、じゃなくて! え、どういうこと?? 待って落ち着いて。私はパンを食べ終わって水に入ろうとしたところだった。パンはジャムパンだった。ジャムはいちご……って違う! キスなんてうん十年ぶり……じゃなくて!)


 身じろぎするメリーを逃がすまいと、ジョフロアはより強く抱きしめ唇を食む。


(あ、呪い解けるかも。でもここに愛はあるのか? ……ないな。衝動的? なんかクサいセリフ言ってたけど、チャラいの? 愛の国の人なの? ……待って、このまま続けるのはマズいんじゃない? 今は私16歳だからセーフ? いや、貴族と使用人は……でも確実に呪いは解けるかも? でも愛は……)


 メリーが大混乱しているなか、ジョフロアはメリーの服から滴る水も気にせずに、時折宝石の瞳を見つめながらも唇を離すことはなかった。


(呪いってどのタイミングで解けるんだっけ? ……もしかしてすぐ? だとしたらヤバい!)


 まだ日が落ちるには時間があったが、もしも髪が短くなって黒く戻れば、ジョフロアは目の前にいる女が自分の家の使用人だと気が付くかもしれない。メリーにはそれは些か気まずいものだった。


(奥様は伯爵とのことはお勧めしてくれたけど、さすがに息子はだめでしょ〜。伯爵だって許さないでしょ〜。キスくらいならセーフ? それとも嫡男を誑かしたとか言って処罰?! いや、酷い! これは私のせいじゃないはず! 無理っ!)


 メリーはジョフロアの胸を人外の腕力でドンと押し、ヒレでなんとか踏ん張って湖にドブんと飛び込んだ。「待て」というジョフロアの声が聞こえた気もしたが、それどころではなかった。


 メリーは中島の向こう側まで泳いでいき、底の近くに息が切れる限界まで身を潜めた。息継ぎの際もそっと水上の様子を覗い、ジョフロアがいないことを確認しても、しばらく水からは出なかった。





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〔ジョフロアの独白〕





 最初は平民の身投げだと思った。だが思わず口をついて出たのは妖精の名前だった。伝説の騎士を庇護した水の精の名。それほどに儚げで可憐で……。水に帰したくなくて、飛び込む前に抱き上げた。


 水から出てはうまく力が入らないのか、俺にしなだれかかってきた。腰を抱えて背を支えると、妖精は驚いたように顔を上げた。けぶる金のまつ毛から現れたのは、宝石の様に輝く翠の瞳だった。驚きにうっすら開いた唇はそのきわまで赤くつややかで、俺は思わず口づけた。


 すると途端に妖精の神秘性が消えてなくなった。恥じらい慌てる様は確かに生身の乙女に見える。婚約者とは触れ合ったことすらない俺は、初めての口づけの甘さに酔いしれた。


 夢中でその感触を楽しんでいると、不意にドンと胸を押されて我に返る。目を開けると乙女が頭から水に飛び込むところだった。そのドレスの裾から、二股の金の尾びれが見えた。


 俺は驚いた。乙女は水の精ではなくて人魚だったのだ。


「待て!」


 乙女の姿を目で追おうとした俺に、大量の水しぶきがかかった。そして水面が再び静かになる頃には、人魚の姿は影一つ残されていなかった。


 俺はすぐさま潜って人魚を探したい衝動に駆られた。しかし溺れて以来、泳ごうと思ったことすらなかった。それに迷っている間にも、侍従たちがここを探し当てるかもしれない。そうなれば人魚との逢瀬は二度と叶わなくなるだろう。今後のためにも俺は後ろ髪を引かれつつ湖を後にした。



 その後いくらも戻らないうちに俺は侍従たちに捕まり、ずぶ濡れのまま城に連れ戻された。父からも事情聴取されたが、人魚の存在がバレれば見世物として王家に献上されてしまうだろう。折角の思い出を汚されたくなかった俺は、足を滑らして沼に落ちたと間抜けを演じた。



 これからは勉強に励み、なんとか早急に伯爵家の実権を握ろう。そして自由になる屋敷を用意して、次に彼女に会えた日には、湖には戻さず囲ってしまおう。そうだ、鍛錬にも精を出そう。絶対に父親には渡さない。あの輝く翠の瞳に映るのは俺だけでいいのだから。





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【夢メモ】

人魚

 上半身が人間で下半身が魚の形の海の生物。マーメイド(英)シレーヌ(仏)メロウ(愛)ハヴリュー(丁抹)メーアユングフラウ(独)マルスカーヤディーヴァ(露)など各国で呼び名が色々ある。

 ちなみにギリシャ語の半人半魚はゴルゴーナで、セイレーンは半人半鳥。メドゥーサたち三姉妹の怪物グループ、ゴルゴーンは複数形だからゴルゴーネス? ちなみにゴルゴーン三姉妹とハーピー三姉妹は父方の従姉妹。


2022.10.11 初稿


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