13.シレーヌ
【夢メモ】
シレーヌ
Sirène フランス語で人魚。半人半鳥のいわゆるセイレーンも同じスペル。
セイレーン
半人半鳥の姉妹。歌や美、魅了の要素を持つ。元は水・愛・死に関する女神。ペルセポネ誘拐に関連し翼を得る。猛禽類。
ハーピー
人頭鳥の姉妹。掴む、掠め取るを意味し、貪食や不潔、下品の要素を持つ。元は死の女神の擬人化としての竜巻。猛禽類。
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ジョフロアと湖で遭遇した数日後の夜、メリーは伯爵に呼ばれていた。レイの案内で執務室に辿りつくと、無情にも中に入ったのはメリーだけだった。
(どうしよう、どうしよう! 嫡男を誑かした罪で処罰かな?? 人外ってバレて売られる??)
ビクビクしながら部屋の様子を覗うと、伯爵は窓辺で何かをつまみながらワインを飲んでいるようだった。
「来なさい。」
呼ばれたメリーは気が進まないながらも、一歩一歩窓の方に近寄った。
「もうこの城にはなれたかな? 言葉を覚えるのも早いようで、これなら君を助けたレイモンドも鼻が高いだろう。」
「あ、ありがとう。」
イケオジに褒められて、メリーはほっとした。
「伯爵夫人やギィとも仲良くしているようだね。ロアとアディとはどうだい?」
ほっとしたのも束の間、雲行きが怪しくなってきた。
「う……、貴族、使用人、仲良い、ごめんなさい。」
メリーは罰せられる前に勢いよく頭を下げて謝った。それを見た伯爵は陶器のゴブレットを置き、メリーの肩に手を掛けて起き上がらせる。
「謝らなくてもいい。ただ私とも仲良くして欲しくて今日は呼んだのだよ。」
(えっ? 嫡男様とキスして抱き合っちゃったことはバレてないの? それとも黙認??)
メリーが顔を上げると、いつもの目が笑っていない貴族的な微笑よりも、照明が暗いせいか伯爵の目元が優しく見えた。
「そうだな……お近づきのしるしにブドウをあげよう。」
そう言って、先ほどから伯爵が食べていたブドウを一粒、伯爵の長い指がつまんだ。……が、もらえると思ったメリーをよそに、伯爵はブドウを自分の口に運んでしまった。
「あっ……」
期待していたメリーが思わず声を上げると、伯爵の口に入ったはずのブドウの粒が、メリーの開いた口に入ってきた。そのまま舌の上で潰されると、上質で新鮮な栽培された果物の味が前世ぶりに口内に広がった。
(これは……めっちゃ美味しいやつだ! 和紙に包んでひと房ずつ売られてるタイプのお高級なやつだ! うまい~)
「美味しいかい?」
メリーの感動の顔を確認してから伯爵は顔を離して聞いた。
「美味しい!」
「ではもっとあげよう。」
優しく微笑んだ伯爵は、次のブドウを自分の口に放り込んだ。
(いや……ちょっと待って! これはどういう展開? 分かるけど! でも美味しいけど! 息子といい伯爵といいこの世界のこれは普通? でも美味しいけど!)
次からのブドウは口の中に入ってもすぐには潰されず、何度か行き来したのちにやっとメリーの舌に広がった。
「また明日来るといい。」
メリーの視線は唐突に終わりを告げる伯爵の顔と、まだ器に残るブドウとを行き来したのちに、やっと足元に向かった。
「はい、伯爵。」
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礼をとって廊下に出たメリーが見たものは、廊下の陰に佇むレイの姿だった。
「レイ?」
「大丈夫でしたか?」
ゆっくり歩み寄りながら悩まし気な顔をするレイに、メリーもなんと答えようか思案するが、とにかく語彙が少ないので端的に答える。
「美味しい、した!」
「……何が美味しかったのでしょうか?」
「うー、ブドウ! また明日!」
「そうですか……。部屋まで送りましょう。」
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次の夜にメリーは再び伯爵の執務室を訪れた。
「ああ、来たな。こちらにおいで。」
窓辺ではなくソファーに呼ばれたメリーは、テーブルの上に目をやる。
(ワイン〜!! でもゴブレットは一つ……。さすがにお相伴はないかぁ、残念。)
「さあ、ブドウをあげよう。」
昨日のごとく何個かブドウを食べさせてもらい、伯爵が少し離れた。メリーは今日もまだ残っている器のブドウをじっと見てしまう。
(はぁ~、私確実に意地汚くなってるよね。沼で食べた中で一番のごちそうはエビだったかな……。人間の食べ物はやっぱり美味しいし、魚類だった時にはもう戻れないよ〜。今は好きに買い食いできるわけじゃないし、前世のことも思い出すのは食べ物のことばっかり……)
「君は本当にブドウが好きだね。このお酒はブドウで作られてるんだよ。少し味見してみるかい?」
「はい!」
例のごとく口移し、ではなく、ワインを飲んだ後の伯爵がメリーに深く口づけをする。久しぶりのワインの味は格別だったが、前世のメリーは安いワインでいいからゴクゴク飲みたい派だった。
「お酒をいきなり飲むのは危険だからね。少しずつ慣らしていこう。」
腑に落ちないものを感じ、声には出さずただ頷いた。それから時間をかけて何度も慣らされたメリーは、伯爵がゴブレットのワインを飲み干すのをじっと見つめる。
(伯爵のゴブレットはやっぱり金属じゃないんだ……)
「明日はもう少し進めよう。さあ、今日は部屋にお帰り。」
「はい、伯爵。」
メリーが執務室を出た時、廊下には誰もいなかった。メリーが部屋に帰ろうと歩き出すと、どこか遠くで言い争う声と扉が閉まる音がした。
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休みの日、今日もメリーは人魚になっていた。
(先週は二股だったのにもうノーマル人魚か……。そろそろ真剣に解呪を考えないとヤバそう。っていうかロア青年のピュアキスでも伯爵の大人キスでもダメだったしな。やっぱ情欲行為じゃなくて心情重視なのかな。とはいえまだ試してない行為もあるわけで……)
伯爵夫人にはあれから何度も伯爵のお相手を勧められていて、執務室に呼ばれた時にはあらゆる覚悟を決めて行ったメリーだったが、伯爵の行為には熱がなかった。
(私を愛してて大切にしたいってわけじゃなし、色事への興味っていうには手慣れてらっしゃる様子だったし、オジ様とはいえその手のことはもう卒業というわけでもなさそうだったし……。何がしたいのかよく分からないな。)
メリーが観察していたのはブドウとワインだけではなかった。
「メリー?」
「はい?」
普通に返事をしてから、ゾッとした。ここは池である。二股でなくなったこと、解呪の方法、伯爵の行動など考えていたら水に潜ることを忘れていたのだ。しかも今は金髪の長髪で恐らく翠の目。黙っていればメリーだと分からなかったはずなのに、まんまと返答してしまった。
「あなたが湖の貴婦人ですか?」
「いいえ!」
そこは断固否定したいメリーであった。確か母女神の呼び名だったはずだからだ。そこまで答えてから恐る恐る顔を向けると、案の定レイが立っていた。
「ロア様……ジョフロア様はずぶ濡れで帰ってきた日から、急に勉強や鍛錬に力を入れ始めたんです。一方で湖の貴婦人や金の乙女と呟きながら何かと森に行きたがるので、秘密の恋人でもいるのかと調べていたのですが……それはあなたですか?」
「う……、いいえ。」
目が泳ぐメリーであったが、恋人ではないので否定する。
「メリーは毎週土曜日にはパンを持って明け方から森に行くと聞いていましたので、何か知らないか聞きにきたのですが、ロア様の秘密の恋人を見たことはありますか?」
「いいえ!」
「ロア様が落ちたのはこの湖ですか?」
「いいえ!」
「ではどこでしょう?」
「あっち……はっ! 分からない!」
「メリーですよね?」
「い……いいえ。」
「メリー、私は今日、あなたが城を出た時から後を付けてきていたんですよ。」
「うー……」
尾行されていたことに全く気づいていなかったメリーだった。
2022.10.11 初稿




