六十、雨の九十九神
六十
ところ変わって。
愛知は熱田神宮。
「皇子さま。大丈夫ですか?」
鳥居をくぐり抜ける前に、まどかが心配そうに言う。しかし康仁はいつもと変わらぬ様子で、
「問題ない」
そう答える。
そうして四人で鳥居をくぐり抜けると、やはりあの、神主の姿があった。
「お待ち申し上げておりました」
しかし、まどかは気づいた。
隣に居たはずの康仁の姿がなくなっている。
「皇子さまを何処へ!?」
ばっと走って、神主に問い詰める。しかし神主はふっと笑うだけでなにも言わない。
気味が悪い。
そう思ったのもつかの間、ざああっと風が巻き起こり、さらには突然の豪雨。雷鳴も轟く夕立だった。
晴明が式神を顕現する。と同時、ぶわっとひときわ強い雨風が起こったかと思えば、そこに現れた九十九神に、まどかも黒雲も固まった。
「雨の九十九神……」
呟き、まどかはスマホを取り出す。そのまま風の式神を顕現すると、
「黒雲さん。私の体、頼みます」
ジリジリ。
まどかの意識が風の式神と同化していく。やがてまどかの体はくったりと力が抜け、その意識は式神のなかに宿った。
『早く皇子さまを助けないと……!』
風のかまいたちを放つ。しかし相手は『雨』だ。切れた体は直ぐに元通りにくっついてしまい、どうにもやりづらい。
まどかは素早く次の手をうつ。腕から生やした風の刃を使い、闇雲に九十九神を切り裂く。どこかに急所があると踏んだのだが、そう簡単にはいかないようだ。
「まどかどの! 雲です!」
式神を駆使してまどかを援助する晴明が、空を指さす。
まどか――風の式神が空を見上げた。
『雨は……』
雲の成り立ち、雨の仕組み。確かに学校で習った覚えがある。
周りの水蒸気を含めて、雲自体を吹き飛ばすことが出来れば。
『やるしか……ない……』
果たして、式神との同調でどの程度の力が使えるのか、まどかにはまだ未知の部分が多い。言ってしまえば賭けだ。
『風よ!』
ぐぉおお!、と風の式神が吠える。その咆哮にあわせるように、大きな風が巻き起こった。竜巻にも近い威力のそれは、空を、九十九神を、雨を巻き込んで轟轟と蠢いては、霧散する。
『ぎぃぃああ!』
耳をつんざくような雨の九十九神の声。
しかし雨の九十九神が抵抗する。自らの形を保つために、周りから雨粒を、水蒸気を集めようとするが、しかしまどかの力のほうが強い。
『もっと。もっともっともっと!』
ぐぉおお! ぐぉおお!
まどかの咆哮と共に、徐々に徐々に雨の九十九神が小さくなっていく。
やがて手のひら大にまで縮んだ雨の九十九神は、力なくくったりと地面に落ちた。
『グォぉおオ!』
しかし、まどかの咆哮は止まらない。
「まどかさん! 戻ってください!」
まどかの体とスマホを大事に抱える黒雲に、まどかははっとする。
今まどから、心までもが式神と同調していた。言葉を忘れて咆哮した自分自身にはっとしながら、まどかは自身の体に意識を集中する。
『戻れ。戻れ。戻れ!』
バンッと目の前に火花が散った。
「はっ!」
「まどかさん?」
生身の体の感覚に息を飲む。ほんの数分離れていただけなのに、自分の体に違和感すら覚えた。今後は同調のし過ぎにも注意を払う必要がありそうだ。
しかし今はそれよりも。
「雨の九十九神……!」
スマホを構えて、まどかは雨の九十九神を写真に収めた。
雨の九十九神はまどかが火の九十九神に対抗できる唯一の手段だ。
「皇子さまは!?」
しかし、そこにはあの神主も、康仁の姿も見当たらない。




