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五十八、こちら側

五十八


 まどかの心中を他所に、康仁が起き上がる。


「鏡は……」

「それが、まだ……」


 晴明が答えるも、康仁は間髪入れずに、


「もう一度、伊勢神宮に行くぞ」

「皇子さま……?」


 さしもの晴明もハテナ顔であるが、康仁にはなにか心当たりがあるようだ。すぐさまそれを理解して、式神を顕現する。


「それでは、行きましょう」


 まどかと黒雲もまた、式神にまたがって、再びの伊勢神宮へと足を向ける。





 鳥居には神聖なものが宿るのだろうか。まどかはそんなことを考えながら、それをくぐり抜けた。

 相も変わらず鳥居をくぐる前には誰も見当たらないのに、鳥居をくぐり抜けるとその神主はいた。


「お待ち申し上げておりました」


 先日と同じ文言だ。しかし、その手には八咫鏡が握られており、神主は恭しく頭を下げると、それを康仁に渡した。


「この先、熱田神宮の草薙剣、皇子さまのお住まいの勾玉……どちらを手にするにも、皇子さまには試練を受けていただきます」

「……だろうな」


 八咫鏡に写る自分の姿を見ながら、康仁は眉間に皺を寄せた。


「鏡は真実を映すもの。すなわち、火の九十九神を封印する器になります」


 神主が告げる。


「同様に、剣は九十九神を封印する傷跡に、勾玉は持ち主の霊力を一度きりだけ上昇させます」

「はっ。だから三種の神器は各々別の場所におさめるのか」

「左様です」


 神主がふっと笑ってまどかを見る。


「一度きりの力ゆえ、失敗すればイザナミは『こちら側』のものになります」

「こちら側……?」


 まどかが訊き返すと、神主は笑みを消した。


「わたしは神でもひとでもなく、うつしよと黄泉の狭間を司るもの」

「ふざけるな!」


 まどかが理解するより先に、康仁がほえた。

 まどかも、晴明も黒雲も、驚き康仁を見ている。


「みすみすコイツをそんな所に縛らせると思うか?」

「ですが皇子さま。九十九神の封印――皇子さまだけが封印できる火の九十九神の討伐が失敗すれば、即ちこの世界から九十九神がいなくなることはないでしょう」

「ちょっと待って。皇子さまだけが封印出来る……?」


 まどかが説明を促す。康仁はぎくりと肩を震わせ、神主を睨み見るも、神主は顔色ひとつ変えずに、


「そのままの意味です。イザナミは唯一火の九十九神を封印できない。ゆえに、イザナギの生まれ変わりが必要なのです」


 呆然とするまどか、青ざめる康仁。

 しかし、神主はまた微笑を浮かべて、やがて消えていく。


「イザナミもイザナギも。運命からは逃れられません」


 神主の笑みが、頭にこびり付いて離れない。





 次の目的地を熱田神宮に据えて、まどかたちは再び式神で空を翔ける。しかし、その道中は無言である。

 康仁は、火の九十九神の件を黙っていたことにまどかが腹を立てているのだと思ったのだが、実際はそうではない。

 康仁の呪いを解くために、改めて覚悟が必要だと痛感したのだ。

 現に、八咫鏡を手に入れる際、まどかはなにもできなかった。

 丸一日寝入っていた康仁は、なにか決心したような顔をしていた。

 さらには、神主との間に、まどかたちからは見えないなんらかのやり取りがあったようにも思えてならない。


「……」


 話してくれたらいいのに、と思う。康仁とまどかはそんなヤワな関係じゃない。


「お腹、空きましたか?」


 聞きたいことは山ほどある。だと言うのに、まどかの口から出たのはそんな、どうでもいい言葉である。


「ああ。今日は疲れた。オマエの飛び切りの料理を作れ」


 やはり、康仁から返ってくる言葉もまた、なんら意味のない言葉だけであった。

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