四十七、岩の九十九神といみな
四十七
すぐさままどかは動く。肌身離さず持ち歩いているスマホを起動し、画像フォルダを選択する。
「……風の式神……」
外に感じる九十九神の属性は分からない。そして、まどかの手持ちの式神は全部で五体。そのうち、能力を持つ式神は風の式神しかいない。
修練でも、風の式神を中心に同調の練習をしてきた。
「……はー」
深呼吸をして、まどかは式神を顕現する。
ひゅおっと風が巻き起こり、そこに現れたのは風の式神だ。
「集中……!」
そして、まどかの本体に危害がないよう、くりの奥から式神に意識を集中する。バチバチ、チリチリ。
ドンっ! とまどかの体に電気が走る。と同時、まどかの意識が式神のなかに流れ込んだ。
『岩……?』
式神を通して見えた九十九神は、岩のような頑強な肌を持ち合わせている。
式神――まどかに気づいた九十九神が、まどかに食いかかる。
ぶぉっと空気を切り裂いて、九十九神がまどかに急接近した。まどかは構えるも、なかなか上手くいかない。
修練と実践では雲泥の差がある。
『いっ!?』
出遅れたまどかの右腕を、岩の九十九神が握りつぶす。ブチブチブチ、と音を立てながら、まどかの右腕がへしゃげて行く。
『うぁああ!』
けたたましい叫び声に引き寄せられるように、御殿のなかから康仁が顔を出す。
すぐさままどかの危機を感じとった康仁は、
「逃げろ!」
まどかに叫んだ。しかし、岩の九十九神の力は尋常ではない。逃れようにも逃れられず、やがてまどかの右腕を引きちぎった。
『っあ……』
想像を絶する痛みだ。まどかの意識が白む。
それと同時に、まどかの式神との同調が切れた。
「いやぁああっ!」
叫び、右腕を左手で抑える。ある、右腕が。
しかし、同調でまどかにダイレクトに伝わった痛みの感覚は消えない。暫くはこの場から動けそうにない。
「無事か!?」
式神と九十九神のあいだをぬって、康仁が駆けつける。
しかし、その背後に九十九神が迫っていることに、康仁は気づかない。
逃げて、と叫ぶべきところを、まどかは一瞬のうちに思考を巡らす。
式神に命じたところで、九十九神のほうが速く康仁にたどり着く。ならば、康仁が九十九神の攻撃を避ける他に道はない。だが、康仁に危険を知らせたとして、そこから回避に回るにしても遅すぎる。
なにかないか、なにか。
まどかの体は一向に動かない。動くのは口だけだ。
せめて、康仁の体を自由に動かせたら。
自由に?
思い出せ、なにか。なにか。
「康仁さま! 逃げて!」
危険を知らせるための言葉ではない。もっと言えば、康仁を『皇子』ではなく名前で呼んだのは、まどかの賭けである。
「なん……!?」
ふわりと康仁の体が浮く。背後に迫る九十九神の攻撃を避けたのだ。
諱。
まどかは以前、晴明によってその力を目の当たりにした。
諱を呼ばれた人間は、その人間の言いなりになってしまう。もちろんそれは、霊力の高い人間が使う場合に限られるのだが。
「康仁さま、そのままお逃げください!」
浮いた体が地面に着地するや、康仁の足は勝手に動いた。本当ならば、まどかの傍に走りたいのだが、身体が全く言うことをきかない。
思いとは裏腹に走り出す自分を恨みながら、康仁は走った。走って走って、そうして康仁が安全な場所に行くのを見届けた時、バンっとひときわ大きな音が辺りに響いた。
「遅くなりました、まどかどの」
「晴明……さん……!」
呪符を展開する晴明、まどかに走りよる黒雲。
「まどかさん、動けますか?」
「……腕だけならなんとか」
震える手でスマホを構える。その先には、九十九神をおさえつける晴明の姿がある。
あとどれだけの修練を積めば、あれ程の力を手に入れることができるのだろうか。
不安と葛藤をなぎ払い、まどかは岩の九十九神を写真に収め、封印した。




