三十九、プリンと茶碗蒸しとヤギの乳のわらび餅
三十九
首を傾げながらくりに戻ったまどかに、正盛が気付く。
「まどか! ちょうどよかった!」
なにやらくりは忙しなく、正盛はくりに山積みにされた食材を指さし笑った。
「俺の発注間違いで、ヤギの乳と卵がこんなに」
悪びれる様子もなく言うあたり、もしかすると『わざと』なのかもしれないが、今のまどかはそこまで考えが及ばない。なにしろ、康仁の不機嫌の理由がいまだ見当たらない。
「卵とヤギの乳……」
何十個もの卵に、たらいいっぱいのヤギの乳。
「それじゃあ、プリンと茶碗蒸し、それからヤギの乳のくず餅にしましょう」
「ほう……聞いたことのない料理だな」
すぐさまレシピを口にしたまどかに感心する正盛。
そんな正盛をよそにまどかは動く。
まず最初にプリンた。
「卵を割ったところに、温めた牛乳を入れます。牛乳は人肌くらいに温めます」
本来なら底にカラメルを入れるが、砂糖は貴重品のため使わない。そもそもカラメルは、型抜きする際にきれいに抜くために入れられるようになったもので、本来のプリンにはカラメルはなかった。
「甘味は甘酒で代用します」
「で、この液体をどうするんだ?」
混ぜ合わせた卵液は、濾した後に油を薄く塗った器に注ぎ入れ、蒸し器で蒸す。ごく弱火で十五分程蒸せばプリンの完成だ。
「プリンは西洋のデザート……食後の甘味です」
「へえ。卵が甘味になるのか?」
「まあ、食べたらわかりますよ」
次に茶碗蒸しだ。
急だったため具材は揃わなかったが、適当な野菜をあしらって、作りかたはプリンとほぼ同じだ。ただ、プリンと違うのは、卵と液体の割合くらいだ。
「プリンも茶碗蒸しも同じじゃないか?」
「まあ、似てるんですけど、食感も味も違ってきます」
「へえ。面白いな。ところでまどか。今日は皇子さまの部屋から追い出されたか?」
忘れかけていたそれを言われ、まどかは苦笑するしかなかった。
「まあ、そんなところです」
「へえ。まどかでも追い出されることがあるんだな」
「まあ……基本的に嫌われてますから」
あはは、と乾いた笑いを漏らすまどかに、正盛も笑った。
嫌われてる。なにをどう勘違いしたらそうなるのか。
明らかに康仁はまどかを信頼しているというのに。
「あと、牛乳わらび餅は、ヤギの乳と甘酒を混ぜて、わらび粉を混ぜたら火にかけて練ります」
「なるほど。これは俺にもわかるぞ」
わらび餅は平安時代の天皇の好物だったことでも有名だ。
わらび餅は水と砂糖を練って作るが、それを応用して牛乳で作る方法もある。
未来ではくず粉は値が張るため、片栗粉で代用してわらび餅風のおやつをよく作ったものだ。
「まさか、ヤギの乳で作るとは。さすがの俺も思い至らなかった」
「そうですか。ひとまず、卵とヤギの乳は使いきれましたね」
蒸し器にはたくさんのプリンと茶碗蒸し。わらび餅は水に取って冷やしたものを器に盛った。
「温かいうちに、茶碗蒸しを皇子さまに届けてきます。わらび餅も」
「ああ。そうだ、まどか」
「なんです?」
膳に茶碗蒸しとわらび餅を乗せて歩き出すまどかに正盛は、
「できるだけ笑顔でいけ」
「ええ。嫌われてるのに?」
「だからこそ、だ。不貞腐れてたら余計に嫌われるぞ?」
一理あると思いつつ、まどかは苦笑を返すことしかできなかった。
嫌われている人間に愛想良くするなど、まどかにはできない。なぜならまどかは、生来嘘をつけない性格である。
「なんだ、追加の料理だ?」
「はい。卵とヤギの乳が余ってしまい、急遽作ったのですが」
「余り物を食えと?」
「あっ、違うんです……でも、そうですね。要らないのなら、皆さんでわけて食べてもらいます」
おずおずと膳を下げようとするまどかの手を、康仁が掴んだ。
「食わんとは言ってない」
「あ、はい……」
「それで、これはなんだ?」
膳を康仁の前に置き、まどかは下座に座る。康仁が茶碗蒸しをほふる。わらび餅も。
「……うまいな……」
「お口にあってよかったです。明日にはプリンも食べ頃かと」
「ほう。プリンとはなんだ?」
「はい。卵とヤギの乳を……」
なんのことはない、康仁はいつもの康仁に戻っていて、だからまどかも、普段通りに康仁に接することが出来た。
追い出されたことなど忘れて、まどかは料理の説明を、嬉々とした表情でするのだった。




