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三十二、康仁の体調不良と心

三十二


 まどかがしみじみしていると、康仁が眉間にシワを寄せながら、


「オマエは危機感が足りん」

「危機感……?」

「オマエはあくまで巫女だ。それを正盛に悟られては、俺が困るとわからないか?」


 言われてみれば、失念していた。まどかは巫女だ。しかも、康仁の呪いを解くために未来から呼ばれた。

 巫女がそばにいるだけで大問題であるし、そもそも康仁の呪いの件はごく内密にされている出来事だ。


「そういえば、最近はお体の調子が――」


 よさそうですね。

 その言葉を発する前に、康仁がはらりとその場に崩れ落ちた。音もなく倒れた康仁に、まどかは慌てて康仁に近寄る。

 息はある。しかし、


「アザが……」


 失礼かとも思ったが、まず最初にまどかは康仁の左袖を捲りあげた。案の定、例のアザは広がって、胸までおかされた状況である。

 正盛を追い返したのは、体調が悪かったことも理由のひとつのようだ。それにまったく気づかなかった自分に、まどかは情けなくなる。


「ど、どうしよう。お医者さま!」


 ひとを呼ぼうと立ち上がるも、まどかの服の袖を康仁が摘まんだ。


「いい……じきに収まる」

「で、でも」

「呪いに医術は無意味、だ……」


 ひゅうひゅうと息苦しそうだ。

 まどかは迷わず康仁の衣の会わせ目を緩める。


「オマエ、ほんと役にもたたないな」

「……すみません」


 憎まれ口を叩く余裕など、本来ならばないに違いない。たが、康仁はどうしてもまどかに心配をかけたくなかった。それは意地なのだろうと康仁は思ったし、まどかもそう思った。


「また、あの九十九神が現れたんですか?」

「……ああ」

「なにか、してほしいことはありますか?」

「左手が……あつい……」


 ぼうっと康仁の焦点が定まらない。このまま康仁をおいていくわけにもいかず、まどかはそのまま、康仁の手をギュッと握りしめ、早くよくなりますように、と願うことしかできなかった。






 一時間ほどして、康仁が眠りにつく。家臣の男に康仁の看病を頼んだまどかは、くりへ走る。

 氷はすぐには手に入らないが、濡れた布巾で左手を冷やそうと考えたのだ。


「お。まどか。昼の準備か?」

「正盛さんすみません。お昼は正盛さんにお願いしていいですか?」

「え。ちょい、まどか?」


 忙しなく動くまどかは、正盛のことなど目に入っていない。

 たらいに水を張り、さらしを何枚か用意して、まどかは再び康仁のもとへと走った。

 その間、時間にして数分である。たった数分、康仁のもとを離れただけだとうのに、


「オマエは……俺をおいてどこにいってた」


 寝所の康仁は、けだるそうにしながらもその上座にしっかりと座る形で、まどかをなじった。


「や、皇子さまの左手を冷やそうかと」

「誰の許可を得て勝手に動いた」

「え、っと。私は……」


 ふうっと康仁がため息をつく。

 そして左袖を捲りあげると、


「冷やせ」

「あ。はい。失礼します」


 濡らしたさらしを絞って、康仁の左手にあてる。


「っ!」

「あ、痛いですか?」

「いや。冷たくて気持ちいいな」


 不機嫌なのか機嫌がいいのか。まどかにはもはやわからない。

 先ほどまでふくれ面をしていた康仁が、今はほのかに微笑んでいる。

 なにが康仁をそうさせるのか、まどかにはわからなかった。

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