三十一、伊達巻、正盛、まどかと康仁
三十一
翌朝から、正盛の弟子入りが本格的に開始された。
「正盛さんは、どの程度料理ができるんですか?」
まず最初に、まどかは正盛の技量を確かめた。包丁の使いかたと調理の知識はそこそこあるが、それはあくまで『平安の』調理方法的である。
ゆえにまどかは、初歩中の初歩から教えることにした。
「まな板の前に立つときは、利き手側の足を半歩後ろに構えます」
「半歩後ろに?」
まどかに倣って正盛は右足を半歩後ろに引いた。
結果、右手に握る包丁が、まな板の右から左まで、有効に活用できることに気づいた。
「なるほど。まな板に平行に立つとまな板に対して右手が斜めになるな」
「そうです。半歩後ろに引くことで、まな板のすべてを有効に活用できます」
飲み込みが早い正盛に、まどかはだんだんと楽しくなってくる。
「今朝は伊達巻と焼いた魚、あつものの味噌汁風におひたしを作ります」
「伊達巻?」
「はい。ゆでた白身魚をすり鉢ですり潰して、卵と砂糖――甘酒で甘味をつけて焼き上げます」
本格的に作れば手間はかかるが、伊達巻は案外簡単に作ることもできる。
未来でははんぺんで代用していた。
小さめのはんぺんに卵三個、みりんと砂糖を混ぜたら卵焼き器に流し込む。アルミホイルで蓋をして蒸し焼きにして、焦げ目がついたら裏返す。
焼き上がったらおにすかアルミホイルで巻き込んで包み、そのまま冷ませば伊達巻のできあがりだ。
ポイントは、冷ますときはおにすに巻いたままにすることだ。巻かずに冷ますと生地がしぼんで薄くなる。
「へえ。なかなか手際がいいな」
「はい。大量調理に比べたら楽なものです」
「大量調理? まどかは一度にどれだけ作っていたんだ?」
「まあ、ざっと百ほど」
しゃべりながらも手は止めない。
伊達巻を一番最初に仕込んだら、次はおひたしを作る。あつものは豆腐とワカメと、油揚げと大根を入れた。
「あつものに昆布と煎汁を入れるのはなんでだ?」
「あ。はい。これは『だし』です」
「だし……?」
本当なら、鰹節があればいいのだが、この時代にはまだそこまでの技術はない。代わりに、煎汁という、堅煮魚を煮た汁を使っている。
昆布は献上品として康仁の屋敷にもたくさんあるため、まどかはそのふたつを使って混合だしにしている。
「だしは、二種以上をかけあわせると、単体より何倍にもおいしくなるんです」
「へえ。それは知らなかった」
切り込みをいれた昆布を三十分水につけたら、火にかける。沸騰直前に昆布を取り出せば、昆布だしのできあがりだ。
だが、まどかが使う昆布だしは、少し違う。
前日のうちに水に昆布をつけておいて、一晩抽出した昆布だしを使っている。
水出しの利点は、手間がかからないことである。
「だが、まどかの昆布だしの取り方は初めて聞く方法だな」
「いや、まあ。ちょっと楽したいっていうか」
「なるほど。手を抜くところは抜く、と」
「正盛さんは変なところも気がつくんですね」
そうこうしているうちに、朝御飯の支度がすむ。
まどかと正盛は、膳を持って康仁の部屋へと歩いていく。
不機嫌露に、康仁がまどかたちを出迎えた。朝は七時、健康的な生活である。
「皇子さま、朝御飯ができました」
「鬼食いをせよ」
「え……?」
いつもなら毒味などさせない康仁だが、今日は違った。正盛を警戒しているようだ。
まどかは言われるままに毒味をして、
「はい。終わりましたよ」
「わかった。ならば、正盛はさがれ」
「え。俺だけ追い出すんですかい?」
ぎろり。
康仁がにらみをきかせれば、正盛は渋々康仁の部屋を出ていった。
残されたまどかは居心地の悪さを感じ、押し黙る。
「今日の料理はまずいな」
「え。お口にあいませんでした?」
「ああ、ああ。アイツと一緒に作られた飯など、まずくて食えたもんじゃない」
悪態をつきながらも、康仁ははくはくと料理を口に運ぶ。やけ食いに近い。
まどかはかける言葉が見つからず、苦笑を浮かべるしかできなかった。
康仁が正盛を嫌うのは、正盛が天皇陛下の使いだからだ。
だか、正盛への態度を鑑みたとき、康仁が思いの外まどかに心を許していたことに気がついて、満更でもないと思ってしまった。




